第332話 白星騎士
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ジェスム国が派遣した侵攻軍と白星騎士の一星率いる第一方面軍が開戦したように、他の場所でも同様の戦闘が起こっていた。
連合軍のうち、サウラーン王国軍と相対しているのは、エクスヴェル公爵軍の第二方面軍だった。
その第二方面軍の指揮を任されていた上級士官のロンメルは、自軍の兵士達が放つ魔力弾の弾幕によって敵兵が次々と倒れていくのを眺めている最中に入った副官からの報告に思わず眉を顰めた。
「敵の騎兵部隊が砂漠に出たのか? 騎獣は馬……ではなかったな?」
「はっ。どうやらこの辺り特有の騎獣のようで、砂漠の砂の上であってもかなりの速度で駆けることができるようです」
「ふむ。それらの騎兵部隊の姿が、アヴァロンロードの外に出てすぐに掻き消えた、と」
「はい。敵の陣営を監視していた偵察部隊から上がってきた報告なので、間違いないかと。砂漠に出れば魔法が使えることに気付いたのだと思われます」
「なるほど。本陣周りの索敵機器に反応は?」
「今のところ反応はありません」
「……閣下の仰られた通りの流れだな」
開戦前に主と仰ぐリオンから告げられた通りの敵の動きに、苦笑混じりの感嘆の声が漏れた。
敵の情報を集め、戦場となる舞台を整えてやれば自ずと敵が取れる戦法は限られてくるとはいえ、その前提条件を揃えるのが最も難しい。
それを実現できる力を持ち、活用できる頭脳を持つ主がいることは得難い幸運だ。
祖国では敗戦の責任を無能な上官である王子より押し付けられ、一族共々処刑されそうになっていたロンメルは、正体を隠したリオンより救い出された。
小国とはいえ、平民の出で将軍まで登り詰めた経験を買われたロンメルは、大恩に報いるべく敵の殲滅の指示を出す。
「砂上でも機動力が高いならば、迂回して我らの本陣を強襲するつもりだろう。左右それぞれに敵の騎兵が消えたのだったな。ならば、魔導砲の砲身を本陣の左右真横へ向けて斉射せよ。砲弾は拡散式雷轟弾に設定し、姿を隠した敵騎兵部隊を炙り出せ。索敵機器の反応も見逃すなよ」
「了解しました!」
ロンメルからの指示が副官より砲兵部隊へ伝達され、本陣に配置されていた四機の移動式魔導砲台が起動する。
本陣左右へ二機ずつ割り振られた魔導砲台は、その砲身をアヴァロンロードの外に広がる砂の海へと向けた。
間もなく、指示通りに設定された砲弾が発射されていく。
空中へと発射された魔力製の砲弾は、一定距離まで飛翔すると、その砲弾の形を崩壊させて、地上の砂漠に向けて雷の雨を降らせた。
周辺一帯へ放射された雷の雨と、それに伴う轟音によって、魔法が使えるアヴァロンロードの外にて姿隠しの魔法を使い、密かに本陣に接近していた敵の騎兵部隊が姿を現した。
雷撃によるダメージだけでなく、轟音による衝撃でラクダに似た騎獣が暴れたことによって隠蔽の魔法が解除されてしまったからだ。
「上級兵は狙撃形態にて左右の砂上にて接近中の敵騎兵部隊を処理せよ」
指揮官のロンメルの指示を受けて後衛で待機中だった上級兵達が即座に動き出す。
上級兵用装備〈魔剣銃コンステレーション〉を鞘から抜き放つと、長剣形態のコンステレーションが狙撃銃形態へと変化する。
一般兵用装備〈魔剣銃スターダスト〉とは異なり、根本的に武器の形態が変化したコンステレーションを構えた上級兵達が、左右の砂上にいる敵の騎兵部隊に向けて次々と発砲していく。
砲撃された拡散式雷轟弾によって、大なり小なりダメージを受けて足が止まっていた敵の騎兵部隊は、なす術なく一方的に狙撃されていき、砂漠の上へ屍を晒していった。
「出現した騎兵部隊の反応が全て沈黙しました」
「そうか。砲撃から逃れた騎兵がまだ残っている可能性がある。後数回ほど砲撃を行なって確認しておけ」
「よろしいのですか?」
「何がだ?」
「その、砲弾のコストが……」
「ああ、それか。問題ない。閣下より許可は得ている。気にせず砲撃せよ」
「了解しました」
ロンメルは、副官が砲兵部隊に追加の指示を伝達するのを聞きながら、視線を自分の傍に控えている二人の白星騎士へと向けてから口を開いた。
「二星様、五星様。敵軍の雑兵の掃討は粗方完了したかと思われます」
「あー、そうだな。そろそろ良さげな感じだ。なら、俺達の出番か?」
「はい。お任せしてもよろしいでしょうか?」
「おう。任せておけ」
ロンメルの言葉に二星と呼ばれた白星騎士が反応する。
頭部を覆う白兜の一部を変化させることで露出した頬を掻きながら、二星は同僚の五星に声を掛けた。
「ほら、出番だ。行くぞ、五星」
「……眠い」
「さっさと終わらせれば寝られるから頑張ろうぜ」
「……そうだね。ふぁ」
フルフェイスの白兜の中から聞こえてきた五星の欠伸に二星は肩を竦めると、本陣の守りを一般騎士達に任せて五星と共に自軍の先頭へと歩いていく。
二人の白星騎士が歩いていくのに合わせて、第二方面軍の兵士達が左右に退き、二人が通るための道ができていった。
前衛の兵士達による射撃も停止しており、緊張した面持ちの彼らに見守られながら前に出てきた二星と五星は、前方に見える敵軍のサウラーン王国軍を見据えた。
「だいぶ減ったな。気配からすると残り約七千ってとこか」
「早く終わらせてリオンに褒めてもらう」
同僚が告げた言葉の真意を察した二星は、呆れ気味に気になったことを尋ねた。
「……眠いんじゃなかったっけ?」
「それはそれ。これはこれ」
睡眠欲は睡眠欲、性欲は性欲ってことね。
口には出さず意味を理解すると、納得したのを示すように数度頷いた。
「なるほど。ま、残りを殲滅すれば否が応でも昂ぶるか」
「そういうこと。流石は二星。理解力が高いね」
「お前は欲求に正直だな」
「それが私だから。二星も奥さんと頑張るといいよ。じゃあ、はじめよう」
「そうだな。〈抜剣〉」
「〈抜剣〉」
二人の白星騎士が鞘から剣を抜き放ち、起動句を唱える。
すると、二人が鞘から抜き放った同型の白き長剣は、その形状と質量を一瞬で変化させた。
白亜の色合いはそのままに、二星の長剣は長弓へ、五星の長剣は大剣へと変貌する。
二人はそれぞれの得物から白いオーラを立ち昇らせると、個々に行動を開始した。
二星が弓を構え、静かに魔力製の弦とオーラ製の矢を形成した時には、五星は自軍の先頭から姿を消しており、瞬く間に距離を詰めてサウラーン王国軍の眼前に出現していた。
「ッアァ!!」
空間を断つ勢いで大剣が横薙ぎに振るわれる。
その動きから一瞬遅れて顕現した剣圧が、サウラーン王国の兵士達の身体を上下に両断し、そのまた一瞬後に真っ二つになった百体以上の死体が飛散した。
空中を舞う死体の山の間を縫うように同時に放たれた十の矢が、サウラーン王国軍の中衛の辺りにいる兵士に着弾する。
特級騎士たる白星騎士専用の〈白威ノ星浄霊鎧〉により精製される浄化のオーラを凝縮して放たれた矢は、一人を射抜いただけでは止まらない。
着弾した兵士の後方にいた数十人を瞬時に貫いていき、一度に放たれた十の矢による被害は数百にも及んでいた。
ここまで被害が広がったのは、アヴァロンロードに大量の兵士達が縦列に連なっていたことが原因だった。
そのことに気付いた一部の者達は、堪らず隊列を崩して左右の砂漠へと逃れようとする。
だが、威力重視から手数重視へと切り替えた二星の弓撃により、アヴァロンロードの外へと飛び出した者から順に射殺されていく。
視界の開けた砂漠の上は拙いと考えたサウラーン王国軍の強者達は、前方へと進撃して射手との間合いを詰めるために、示し合わせたように駆け出した。
彼らの中には冒険者で例えるならAランク相当の実力を持つ者も数名おり、それ以外の者達もBランク相当の実力者達だ。
砂漠地帯という過酷な環境下で修練した彼らが、自らの力に自信を持つのは自然なことだろう。
ましてや、確認できる相手側の強者は二人だけ。
対してこちらはBランク以上が数十人もいるのだから、勝てる可能性はある。
そんなことを考えている彼らの前に死神の鎌の如き白刃が襲い掛かる。
初撃よりも荒く、だが更に勢いが上乗せされた五星の斬撃は、彼女の小柄な体格からは信じられないほどの暴威を生み出し、彼女の前方にいる兵士や強者達ごと大地を爆散させていた。
「おーい。あまり交易路を壊すなよー」
「大丈夫。修復作業で領民に雇用が生まれる。だから問題はない」
「いや、問題だらけだと思うんだが……」
イヤーカフス型通信系魔導具〈念信機〉を使った口頭での遠距離会話を行いながら、二人の白星騎士はサウラーン王国軍を蹂躙していく。
淡々とした口調の五星とのんびりとした口調の二星による会話を聞いただけでは、二人の戦闘の激しさを想像するのは困難だろう。
「決戦戯〈銀星剣〉」
五星が頭上に掲げた白亜の大剣から、見上げんばかりの白銀色のオーラ製の巨大な剣が形成される。
着用者のオーラを聖気と同じ性質を持つ白いオーラへと変換し増幅させる〈白威ノ星浄霊鎧〉の力と、主であるリオンによって与えられたレンタルスキルにして擬似ユニークスキル【乙女座の権星】の【白銀戦気】を統合することでオーラを更に強化させた。
より強靭になった巨剣状のオーラが空に向かって放たれると、オーラに込められた術式の如き意念に従って上空でオーラが再構成される。
巨剣状オーラの放出から数秒と経たずに、無数の白銀色のオーラ製の剣が流星の如く地上に向かって降り注ぐ。
サウラーン王国軍へと降り注ぐ銀の剣雨は、まだ半数以上残っていた彼らの命を容赦なく奪っていった。
「一定の格以上のオーラに強固な意思を込め、完全に支配することで魔法の如き力を顕現する、主君が編み出した奥義〈決戦戯〉……最初に聞かされた時は出来るわけがないと思ってたんだけどなぁ」
二星は初め決戦戯について懐疑的だった。
仙術から発想を得て生み出した戦士のための大魔法、といった説明をリオンから受けたが、二星自身が仙術に馴染みがなかったためイメージが湧かなかったからだ。
しかし、『戦の勝敗を決するほどの力を持つ戯れの如き奥義』から〈決戦戯〉と名付けられ、その名の通りの効果を発揮する技を本当に習得できてからは、より一層のリオンに対する畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
「二星は使わないの?」
「んー、過剰攻撃だから止めとくわ。国内外に力を見せ付ける目的としては十分過ぎるからな」
「そう? なら、私が戦功一位だね」
「……第一方面軍でも決戦戯を使ってるみたいだな」
「なっ!?」
「今回の戦の目的を考えれば同じ手段に辿り着くのは当然だわな」
悔しそうな様子の同僚の後ろ姿を見た後、視線を背後の空に姿を隠した状態で浮遊している〈黒星騎士〉の一人へ向けた。
今回の戦の主な目的は、エクスヴェル公爵軍の戦力を国内外に見せ付けることにある。
だが、思っていたよりも敵軍が弱く、自分達が強すぎた。
今回の戦では黒星騎士の御披露目までは出来なさそうだ。
「……いや、まだ結論を出すには早計だったみたいだな」
リオンより与えられたスキルオーブで取得した【千里眼】で視た他の戦場の様子から、二星はそう判断する。
二星は他の戦場の様子を眺めながら、〈銀星剣〉に込められたオーラが尽きるまで、オベリスクに直撃しようとする分の銀の剣雨を相殺し続けた。




