第331話 接敵と掃討
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サウラーン王国、ジェスム国、パルディーン商国の三ヶ国による連合軍は、総勢で約四万の兵を動員している。
この連合軍は周辺国家と黄金都市アヴァロンを繋ぐ砂漠の中の交易路、通称アヴァロンロードを使って進軍していた。
各国とゴベール大砂漠の境界線から伸びているアヴァロンまでの道を、それぞれの国が用意した一万以上の兵が進軍を開始して四日目。
広大なゴベール大砂漠を横断するアヴァロンロード上で、遂に連合軍とエクスヴェル公爵軍が接敵した。
連合軍の進軍ルートは、連合軍を構成する三ヶ国それぞれとアヴァロンを繋ぐ交易路だ。
そのため、当然ながら進軍ルートは三つ存在しており、連合軍の軍勢も各国ごとに分かれていた。
このように分かれて行動しているのは、血で血を洗うほどに争っていた国同士の歴史を考慮したのと、進軍ルートの狭さが理由だ。
交易路であり街道でもあるアヴァロンロードは、十台の馬車が横並びで進めるほどに広い道幅を持つ。
だが、軍が進行するには狭く、単独ならまだしも多国籍軍の進行ともなれば、その狭さ故に各国の兵士達による様々なトラブルが起こるのは明らかだった。
街道の外はオベリスクによる環境操作が行われていないため、ありのままの砂の海が広がっており、万を超える軍勢が歩調を合わせて進むのは非常に困難だ。
それでも、元より砂漠地帯の国々に住む彼らならば可能だろうが、此度の戦争は自国だけで行うのではない。
自国の軍勢のみで進軍するならばまだしも、完全な協調の難しい他国軍と共に、全軍で固まって砂漠の中を進軍しても問題ないと楽観視するほど彼らは浅慮ではなかった。
そういった歴史、地形、環境、民心などの様々な要素を考えた結果、各国は侵攻タイミングだけは合わせると、後は個々でアヴァロンロードを通ってアヴァロンへ進軍することに決まったわけだ。
「数の優位性を最大限に発揮できないなんて、厄介な環境ね。オベリスクを介して遠方から環境を操作できるそうだけど、アヴァロンロード内の空間では何も仕掛けないの?」
戦場となるゴベール大砂漠の東に位置するパルディーン商国。
そのパルディーン商国を挟んで東にはアムラー王国という国があり、そのアムラー王国の更に東に存在するとある国の国境近くにて、俺はロンダルヴィア帝国の第七皇女であるアナスタシアと密談をしていた。
密談とは言っても、本体ではなく彼女の護衛役である分身体を通しての会話なので、これを密談と表現していいかは微妙なところだが。
アナスタシア達が今いる国はロンダルヴィア帝国の属国の一つであり、その国境には彼女の派閥の戦力が密かに集結し待機していた。
彼女達の目的は、今いる国と西に隣接しているアムラー王国を侵略するためだ。
このアムラー王国は、ロンダルヴィア帝国やその属国との戦において、西のパルディーン商国や近くのジェスム国から様々な支援を受けていた。
だが、今はその両国が俺の領地と戦端を開いているため、これまでのような支援を受けられない状態だ。
その隙にアナスタシアの派閥が侵攻するために、この場所に彼女の派閥の戦力が集結していた。
ロンダルヴィア帝国とアムラー王国は停戦をしておらず戦争中のままなので宣戦布告も必要なく、アナスタシア次第でいつでも侵攻が可能だった。
今はそのタイミングを見計らうべく、ランスロットの身体を通して展開した映像にて、ゴベール大砂漠内の現在の様子を見ていたのだ。
「アヴァロンロードの環境操作機能を使って内部の軍勢を撃退なんてしたら、アヴァロンロードが危険視されるし、利用者も不安になるだろ?」
「確かにそうかもしれないわね」
「だから交易路としての価値が損なわれるような使い方をするわけにはいかないのさ」
「なるほどね。つまり、連合軍の各国一万の兵は、各方面に展開した三百余の兵だけで本当に撃退するつもりなのね」
「まぁな」
各方面には白星騎士を二人、一般騎士を四小隊、兵士を一大隊ずつ配備しており、その総数は全部で三百二十六人しかいない。
アークディア帝国では、六人で一小隊、十小隊で一中隊、五中隊で一大隊となっており、エクスヴェル公爵家でも同様の編成形式を採用している。
白星騎士は現状の総数である六人を全て動員しているが、一般騎士と兵士達の残りの人員はアヴァロンとアルヴァアインにそれぞれ配備していた。
戦場に近いアヴァロンはともかくとして、アルヴァアインにも置いているのは、エクスヴェル公爵領の領都であるため公爵家の兵力を全く置かないわけにはいかないからだ。
エクスヴェル公爵家に下賜されてからも、神造迷宮の維持管理のためにアルヴァアインに駐在している帝国軍──神造迷宮の所有権自体は国が保有したままであるため──がいるが、彼らに対する指揮権は俺にはない。
都市の治安維持を担っている衛兵達はいるが、防衛戦力というには頼りないので公爵家から兵力を派遣する必要があった。
俺が製作した騎士型ゴーレムなどの兵力は配備されているが、領民や衛兵達の心情的にも人間の兵を全く置かないというわけにはいかなかった。
そんな騎士型ゴーレムといったゴーレム兵も、やろうと思えば前線に配備することが可能だ。
ゴベール大砂漠の警邏を行なっているギガゴーレムなどは特に活躍してくれるだろうが、此度の目的にはそぐわないので、住民を安心させるためにアヴァロンの周囲に配置していた。
それに、ゴーレム兵を動員せずとも、各方面の数の上での戦力比は一対四十ほどしかない。
一人あたり敵兵を四十人倒せば済むうえに、肝心の兵の質はこちらが上だ。
連合軍にも一騎当千の強者はいるが、そういった者達には白星騎士を当てれば対処できる。
後詰めとして、密かに黒星騎士も配備しているため万事抜かりはなかった。
「ま、お手並みを拝見させてもらうわ。戦闘開始と同時に私達も国境を越えてアムラーへ侵攻を開始するとしましょう。パルディーンとジェスムが引き返せないように頼むわね」
「任せておけ。誰一人として逃しはしない。増援の心配を気にすることなく攻めるといい」
目の前に展開されている映像画面上で両軍が向かい合っているのを眺めながら、そうアナスタシアへ告げた。
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ジェスム国方面のアヴァロンロードの路上にて、エクスヴェル公爵軍の第一方面軍はジェスム国軍と相対していた。
戦場というには狭い街道上に横陣で展開するジェスム国軍へ、第一方面軍の隊長を任された白星騎士は厳しい眼差しを向けていた。
総勢で六人いる白星騎士は、騎士団長である白星騎士を除けば、彼らが仕える主であるリオンから白星騎士に任じられた順に『番号+星』という仮の名前を与えられている。
現在の六人の中で最もリーダー適性のある白星騎士は一星、一星以外を順番に二星、三星といったように呼称しているわけだ。
白星騎士自身が自ら明かさない限りは彼らの身元を知るのは同僚の白星騎士か、主であるリオンだけなので、この呼称は個人を識別するために便宜上付けられたものであることが窺える。
第一方面軍の隊長である白星騎士の一星は、共に第一方面軍に配属された同僚の四星と同じく、全てが白一色の全身鎧〈白威ノ星浄霊鎧〉に身を包んでいる。
その聖なる白き鎧の兜にあるスリットから敵を見据えながら、自らの主からの下知を待っていた。
程なくして、脳裏に声が聞こえてきた。
『向こうの陣形も整ったようだし、そろそろ良さそうだな。戦闘を開始しろ』
『了解しました。予定通り雑兵の排除から開始します』
『ああ。任せたぞ』
『ハッ。お任せください』
頭部を覆う兜の下、耳に装着したイヤーカフス型の通信系魔導具〈念信機〉を通して発せられたリオンからの命令に従い、一星が第一方面軍に指示を出す。
「前衛、構え」
他の方面軍の指揮官を士官が務めているのに対して、第一方面軍では白星騎士達のリーダーである一星が第一方面軍の指揮官も兼ねている。
この違いは、単に一星の指揮能力が第一方面軍の士官よりも高いからであり、指揮能力に秀でていれば、士官や一般騎士でも指揮官を任されるのはエクスヴェル公爵軍の特徴だった。
一星の指示に従って、敵軍と同様に横に広がっていた前衛の兵士達が抜剣する。
兵士達は鞘から抜き放った剣の切っ先を敵軍に向けると、その剣の柄を握る手を支えるように反対の手を手首に添えて構えていた。
エクスヴェル公爵軍一般兵用装備〈魔剣銃スターダスト〉は、魔剣銃の名の通り魔剣と魔銃の両方の能力を有している。
一般兵用の装備に変形機能はないが、上級兵用装備である〈魔剣銃コンステレーション〉には武器の形状を変化させる機能が備わっており、彼らは前衛の一般兵の後方にて指揮官である一星の命令を待っていた。
一星は彼らの士気の高い様子を確認すると、視線をジェスム国軍へ向けた。
ジェスム国軍の奥に見える魔力炉と魔法使い達の姿を見据えながら、一星は口を開いた。
「オベリスク。【魔法消去領域】、起動」
そう告げた瞬間、周辺一帯が魔法の使えない領域と化し、ジェスム国軍が発動させようとしていた軍団魔法が消失する。
オベリスクには環境操作機能、魔物避け機能以外にも、迷宮秘宝〈魔壊杖レベントイン〉と同じ能力が組み込まれていた。
平時は発動していないためアヴァロンロード内でも魔法は使えるが、今は戦時下であるため、オベリスクへの命令権を持つ白星騎士からの要請に従って発動された。
軍団魔法が発動しないことに困惑しているジェスム国軍を前に、一星は兵士達に命令を下す。
「前衛、放て」
一般兵達が構える魔剣銃スターダストの剣先に術式陣が展開される。
その術式陣から生成・発射された魔力弾の雨が、ジェスム国軍の兵士達へと降り注いでいった。
軍団魔法が発動せず浮き足立っていたジェスム国軍の兵士達が、無数の魔力弾に次々と穿たれては地面に倒れ伏していく。
ジェスム国軍の前衛が構えていた頑強な大盾も、止む気配のない魔力弾の数の暴力の前に破壊されていった。
無数の魔力弾を生成する魔力を供給しているのは、一般兵士達自身が保有する魔力ではない。
やがて、一部の兵士達の斉射が止むと、その兵士達の魔剣銃スターダストの柄頭が自動的に開かれ、内部に装填されていた薄型濃縮魔力板が排出された。
その魔力板を取り出すと、兵士達は新たな魔力板を装填して再び魔力弾の斉射を続けた。
一連の手際の良い動きに満足そうに頷くと、敵の雑兵を殲滅すべく更なる命令を発した。




