第326話 英雄帝
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これまでに別の隠し宝物庫から得た書物の中には、初代ドゥームディス皇帝の墓について書かれた物もあった。
それには墓の場所こそ記されていなかったが、初代ドゥームディス皇帝である英雄帝と共に墓に葬られたアビスエルフ族の兵士達に関する情報が記されていた。
英雄帝に対する厚い忠誠心から、心だけでなく魂と肉体までも捧げた同族の兵士達は、〈不死隊〉という名称で後世にて讃えられていたらしい。
状況的にも目の前のアビスエルフ族のアンデッド達がそのアタナトイなのだろう。
「墓守の役割のためとはいえ、魔物であるアンデッドにして墓を守らせるなんて思い切ったな」
まさか、文字通りの不死を意味する兵士達だとは思わなかったけど。
おそらく、英雄帝の墓が異界に築かれた理由の一つは、これらのアンデッドの存在だと思われる。
ドゥームディス帝国はアビスエルフ族至上主義だったみたいだから、当然ながら周りには敵が多かったはずだ。
そんな敵国からすれば、ドゥームディス帝国は機会があれば滅ぼしたい目障りな国だし、そのように考えている国の数も決して少なくなかっただろう。
そのことを自覚していたからこそ、彼らが連合軍を組んでドゥームディス帝国を攻める大義名分を与えないために、魔物であるアンデッド兵やアンデッド化した英雄帝の存在を異界に秘匿していたのではないだろうか?
ただの予想でしかないが、大国を滅ぼす手段の一つとして、その大国を魔物の国と拡大解釈して人類一丸となって侵攻し滅ぼすのは、個人的には悪くない手段だと思っている。
まぁ、実際にはその魔物の王である〈魔王〉の手によってドゥームディス帝国は滅んだのは面白いところだな。
「『断罪する光域』」
眼前まで迫っているアタナトイ達に向けて対アンデッド用の戦術級神聖魔法『断罪する光域』を発動させた。
術者である俺を起点に大広間──アンデッドとはいえ死体が安置されていたから玄室と言うべきかもしれない──中に広がった光が、アンデッド兵であるアタナトイ達を浄化していく。
そのはずだったのだが、目の前のアタナトイ達は浄化の光が身体を突き抜けていっても、何のダメージを負った様子もなかった。
「ふむ。やはり対策はされているか」
予想の範疇ではあるので一切慌てることなく二振りの神刀を閃かせ、次々と襲い掛かってくるアタナトイ達を両断していった。
【魔賢戦神】の【情報賢能】でアタナトイ達を解析すると同時に、後方で踏ん反り返っている英雄帝にも解析をかける。
十数体のアタナトイを倒した十秒の間にどちらの解析も終了した。
アンデッドであるアタナトイ達に対アンデッドの魔法が効かない理由は、英雄帝の左眼と同化している神器にあるようだ。
その神器による加護がアタナトイ達には付与されており、『断罪する光域』の浄化の光を無効化していた。
「月の眼は此処にあったか。そりゃ見つからないわけだ」
古代にドゥームディス帝国が大国となり得たのには、二つの神器の存在があった。
今も昔も〈太陽の眼〉と〈月の眼〉という略称で呼ばれている人体同化型神器で、正式名称は〈太陽神の霊眼〉と〈月神の霊眼〉と言う。
ドゥームディス帝国崩壊時の混乱で行方不明になっていたが、〈太陽神の霊眼〉の所在については判明しており、近々手に入れられる見通しが立っている。
残る〈月神の霊眼〉の行方だけが分からず、隠し宝物庫のいずれかにあるのではと考えていたが、まさか英雄帝のアンデッド〈深淵なる月貌の死妖精〉が所持しているとは思わなかった。
となると、書物に書かれていた歴代のドゥームディス帝国が〈月神の霊眼〉の力だけは必ず使えた理由は、この英雄帝が子孫に与えた加護にあったのだろう。
「神刀で倒したアタナトイが復活するとは、情報通りの面倒くささだな」
アタナトイ達が装備している魔導具を出来るだけ傷付けないように首を刎ねてたおしたのだが、首無しで倒れていたアタナトイ達が青白い光を発した後に起き上がり、自分の頭を拾って胴体にくっ付けていた。
神器による加護の力も使って二重の意味での不死だったとはな。
流石に全身を粉微塵にしても復活するとは思えないので、倒そうと思えば倒せるが、そうすると装備している魔導具も一緒に粉微塵になってしまう。
あまりにも細かくしてしまうと【造物主】の【復元自在】でも元通りに復元させることができないため、出来ればやりたくはない。
まぁ、一つ朗報なのは、二振りの神刀〈財顕討葬の神刀〉と〈龍喰財蒐の神刀〉が共に有する能力【財ヲ顕ス強欲ノ刃】が、アタナトイ達を倒す度に発動していることだ。
これらの神刀でアタナトイ達を倒す度に顕在装具である魔導具が手に入っており、復活したアタナトイからも再び魔導具を入手することができている。
「面倒ではあるが美味しい敵だから、終わらせるのが惜しいな」
「フッハハハハッ! 負ケ惜シミヲ。ソノ虚勢ガイツマデ保ツカナ?」
「別に負け惜しみではないんだが……まぁ良い。過去の遺物に笑われるのも不快だから状況を打開するとしよう」
「一体何ヲ、ッ!?」
倒しては復活するアタナトイ達を何度も倒し続けている最中に、【天空至上の雷霆神】の【瞬身ノ神戯】を使って一瞬で英雄帝の目の前へと転移する。
何度も復活するのなら、復活の加護を与えている根源を奪えばいいのだ。
配下が復活して神器の所有者が復活しないとは思えないので、まずは神器を剥奪して無効化するべきだろう。
神器〈月神の霊眼〉が同化している英雄帝の左眼へと手を伸ばすと、英雄帝の左眼が強い魔力を発した。
すると、今いる玄室内の時が止まった。
どうやら咄嗟に〈月神の霊眼〉の時間操作能力を使ったようだ。
たぶん字面的に第三能力の【刻限の眼】の力だろう。
神器が発する力なだけあって強力ではあるが、俺にはスキルやアイテムによる各種耐性があるため、ほんの一瞬の間しか動きを止めることは出来ない。
だが、その一瞬でも英雄帝にとっては十分だったようで、素早く後ろ腰から抜き放った二振りの短剣で俺が伸ばした手を斬り裂いていた。
「おお、良い動きじゃないか。伊達に英雄帝などとは言われていないんだな」
「グッ、余ノ剣デ斬リ裂ケヌトハ、ソノ鎧ハ神器カッ!?」
「まぁ、そんなところだ」
英雄帝の迎撃の挙動が見えた瞬間、指環形態の〈聖金霊装核〉を二つある戦闘形態の一つである漆黒の全身鎧の形態へと変化させた。
俺専用キトリニタスであるキトリニタス=トライアには、【聖霊錬装】【星金の加護】【神器共鳴】【黄金ノ星骸】【黒威ノ神翼手】の五つの能力があるが、英雄帝の伝説級の双剣の刃を無傷で防げたのは【神器共鳴】のおかげだ。
英雄帝の双剣は強化されていても伝説級の範疇だが、【神器共鳴】によって一つでも神器を装備していれば本来は伝説級であるトライアも神器と化する。
不壊特性のある神器となったトライアの全身鎧は同じ神器でもなければ傷付けることは出来ない。
「──砂よ」
再びアタナトイ達が殺到してくる直前、ユニークスキル【砂柩と嵐禍の戦王】の【砂漠王権】を発動させた。
魔力を消費して生み出された砂が英雄帝とアタナトイ達へと襲い掛かる。
「砂ダトッ!?」
「お前の帝国を滅ぼした魔王の力だよ」
「何ッ!?」
「【砂柩絶刑】」
周囲に大量に生み出した砂を英雄帝とアタナトイ達に纏わり付かせる。
これだけでもアタナトイ達だけならば拘束できるだろうが、神器を持つ英雄帝には大した時間稼ぎにもならない。
そこでユニークスキルと同じく〈地刑の魔王〉から獲得した力である権能【地刑神域】〈地刑の王砂〉を使用した。
〈地刑の魔王〉が使用していた時は『干渉した砂を自らの肉体にできる』という力だった。
俺が使用した場合は、『干渉した砂を造り変えられる』という力になっている。
かなり大雑把な概要だが、そうとしか言いようがない力だった。
この力を使って【砂漠王権】の砂を神性属性への封印効果を持つ砂へと造り変え、英雄帝の拘束を強めた。
「ヌッ、身体ガ」
「動かないだろう?」
対神効果を持つ封印の砂に胴体を硬められた英雄帝に近付くと、彼の左眼の部分に手を当てて【強欲神皇】の【発掘自在】を発動させて強制的に神器〈月神の霊眼〉を現出させた。
「貴様ッ、不敬ナグアアァァァッ!?」
「奪い盗れーー【強奪権限】」
現出した〈月神の霊眼〉に触れながら【強奪権限】の超過稼働能力である【強欲なる盗奪手】を発動する。
手から青白い球体へと黄金色の魔力が流れ込む。
非常に強い抵抗を無視して魔力を流し続けていると、魔力全体の八割を消費したところで脳裏に情報が浮かび上がってきた。
[対象を強奪します]
[神器の帰属化の解除に成功しました]
[神器〈月神の霊眼〉の帰属化に成功しました]
良し、上手くいった。
この方法なら既に他人が帰属化した神器を奪えると思っていたが予想通りだったな。
「バ、馬鹿ナ……私ノ神器ガ」
「これは有り難く使わせてもらおう」
神器〈月神の霊眼〉を自分の左眼に押し当てると、そのまま俺の左眼と同化した。
感覚的にはコンタクトレンズを付けたような感じだったが、その感覚もすぐに無くなった。
アタナトイ達が復活しなくなったか確かめるべく、拘束している砂でアタナトイ達の首を捩じ切ってみたが、アタナトイ達は復活せず活動を停止させたままだ。
「やはり神器が無くなれば加護は消えるか」
「返セガッ!?」
何か言おうとしていた英雄帝の頭部を神刀で刎ねた。
だが、それでも英雄帝は死んでいなかった。
「コノヨウナコトデハ余ハ」
「死なないんだろう? アレがあるからな」
顔を向けた先は英雄帝が納められていた棺だ。
あの棺の名は迷宮秘宝〈不死の生命櫃〉。
英雄帝の生命の源であり、アレさえ無事なら英雄帝は死なないらしい。
他の隠し宝物庫にあった書物由来の情報だが、この様子だと事実のようだな。
「止メ」
英雄帝の言葉の最中に神刀エディステラを〈不死の生命櫃〉へと投擲する。
棺はかなりデリケートなようで、エディステラが棺に突き立った瞬間、英雄帝の動きが止まった。
レベルも九十八になったので倒せたのは間違いないようだ。
「……まさか二重どころか三重で不死とはな。恐れ入ったよ」
英雄帝の頭部を見下ろしつつ、英雄帝から獲得したスキルを確認した。




