第324話 特使との謁見
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「──ふむ。貴国の首都で起きている異常気象か。それについては私も噂には聞いているぞ。何せ、ここアヴァロンには毎日多くの者達が訪れている。彼らが持ち込むのは物品に限らないのでな。そういえば、他にも幾つかの国が似たような被害にあっているとも聞いたな。それらの国々もだが、貴国で起きている異常気象が解決されることを祈っているよ」
アークディア帝国本土では冬の時季らしい肌寒さと降雪が到来し出した頃。
俺は黄金都市アヴァロンの領主の城にある謁見の間にて、サウラーン王国からやってきた特使達を迎え入れていた。
領主である俺のみが座れる豪奢な椅子の上から、眼下で跪いている彼らに対して労いの言葉をかけた。
俺の発言を聞いた特使達の表情は一見すると変化はない。
内心はともあれ、この程度の返しは想定の範囲内なのだろう。
我ながら白々しい言葉だ。
「感謝致します、エクスヴェル公爵閣下」
「気にしないでくれ。同じ地に住まう仲間のことを心配するのは当然だ。勿論、私や私の領地を害するような相手ならば仲間ではないがね」
言外にアヴァロンに破壊工作を仕掛けたお前らは仲間じゃない、と告げたのだが、ちゃんと伝わっただろうか?
事の経緯も含めて親切丁寧に説明してやったから流石に分かるよな。
「……閣下の慈悲深き御言葉を聞けば、我らが王の御心も慰撫されることでしょう」
「そう願っているよ。して、此度の訪問の目的を聞いてもいいかな? 急かすようだが、これでも忙しい身でね。自国の現状を報告しに来たわけではないのだろう?」
「恐れ入ります。閣下が仰られるように、私どもは閣下にお願いしたきことがあり、アヴァロンへ参りました」
「ほう。お願いか。聞かせてもらおうか」
「ありがとうございます。この度の訪問目的ですが、我らが国サウラーンにて起きている異常気象の解決に閣下の気象を支配する御力をお借りしたく参りました」
ふむ。やはり、そういう形で事態を収束させにきたか。
サウラーン王国の特使達の少し前に来たジェスム国とパルディーン商国の特使達と内容は大体同じだし、それならば俺の返事も予定通りでいいだろう。
「なるほど。確かに私ならば貴国の異常気象を解決できるかもしれないな」
「はい。我が国の王都で起きている異常気象を解決していただけましたら、閣下への感謝の意を示すため、こちらに書かれているモノをお支払いする用意があると、我らの王より仰せつかっております」
そう言って特使が一通の書状を差し出してきたので、傍らに侍るメイド服姿のメルセデスに受け取らせた。
かつてこの辺り一帯を治めていた今は亡きドゥームディス帝国の支配者種族であるアビスエルフの姿を間近で見ても、サウラーン王国の特使達に変わった反応はない。
初見の種族に対面したことによる物珍し気な顔を浮かべる者と、メルセデスの絶世の美貌と肉感的な肢体に釘付けになっている者しかいなかった。
外国への特使に選ばれるような者達でもアビスエルフのことは知らないらしい。
古代帝国と呼称されるぐらいの昔に存在した国だから、その支配者種族のことも忘れられていても不思議でもないか。
「ご苦労」
メルセデスからサウラーン王国の君主から送られた書状を受け取る。
サウラーン王国では貴重な高級紙が使われた書状の封蝋を割って中身を確認する。
ふむ……迂遠な言い回しも読み解いた上で要約すると、破壊工作などに対する賠償を支払うからサウラーン王国への異常気象を止めてくれ、ってところか。
感謝の意という名の賠償の中身は、金銀財宝以外だとサウラーン王国君主スランディス三世の娘をアヴァロンへ奉公に出すことと、サウラーン王国内でのアヴァロンの商人に課される関税の一部免税らしい。
サウラーン王国の宝石と呼ばれるほどの美貌の持ち主であるスランディス三世の娘には、奉公という役目以外にも人質や俺の女という人身御供的な役目があるのだろう。
書状の最後には、これらの賠償を受け入れて異常気象を解消してもらえなければ、抗戦派の臣下をこれ以上抑えることが出来ないということも書かれていた。
この最後のは一種の脅しだが、スランディス三世自身も本気で脅しになるとは思っていないだろう。
サウラーン王国の君主は〈太陽王〉という名で国民から敬われているだけあって、太陽と王権の結びつきが非常に強い。
そのため、太陽王のお膝元である王都から長期に渡って太陽が失われていることで、スランディス三世の権威が下がり続けていた。
抗戦派の臣下を抑えられないというのも、彼の権威に陰りが出たことを証明している。
自分の大事な愛娘を俺に捧げる選択をするほどだから、かなり切迫した状況なのだろう。
影の中に潜む眷属ゴーレムのラタトスクを使った情報収集によって確認している裏事情を思い返しつつ、書状に落としていた視線を特使達へと向ける。
「内容は確認させてもらった。スランディス陛下の国の安寧を願う切実な思いが伝わってきたよ。君達はこの中身については?」
「異常気象解決に対する御礼の品が記されているとしか伺ってはおりません」
「ふむ、そうか。では、私の返事もスランディス陛下へ直接届けてもらうとしよう。明日の朝までに返事の書状を用意する故、今日のところは城の方で旅の疲れを癒やしてくれ」
「閣下のご温情に感謝致します」
それから特使達を謁見の間から退室させると、【無限宝庫】から予め書いておいた書状を取り出して中身を再確認していく。
想定にはなかったサウラーンの姫が追加されていたが、それ以外は予定通りの内容だったから返信の書状はこのままの内容で構わないだろう。
そう簡単には話は済まないことを教えてやらないとな。
「……サウラーン王国の書状も事前に用意していたんですか?」
「ん? まぁな。予定通りの流れというやつだ」
傍らに立つメルセデスからの呆れた声に返事をすると、書状に垂らした蝋にエクスヴェル公爵家の家紋の印璽を押す。
封蝋に手を翳して熱を奪ってからメルセデスに手渡した。
「日が暮れてから特使達に届けておいてくれ」
「かしこまりました」
メルセデスに俺の正体を明かして、彼女がアヴァロンの城で俺付きのメイドとして働くようになってからそれなりに経つが、一つ一つの所作が板に付いてきたな。
「あ、そうだ。サウラーンからの特使も来たし、近いうちに最後の宝物庫に行くから準備をしておいてくれ」
「分かりました。やはり最後の宝物庫にも守護者はいるのでしょうか?」
「まぁ、入り口を覗いた限りでは最後の隠し宝物庫は規模が最大っぽいから守護者はいるだろうな」
去年からメルセデスと共にドゥームディス帝国が異界に隠した宝物庫を探し回ってきたが、それも遂に残りは一つ。
レギラス王国の人工勇者達から奪った隠し宝物庫の正当な鍵の力によって道中の罠が解除されたおかげで、宝物庫内の財物の回収作業が一気に楽になった。
また、鍵には隠し宝物庫の位置を指し示す機能もあったため、メルセデスも知らなかった宝物庫の位置も知ることができた。
そんな隠し宝物庫の中には鍵があっても機能を停止しない侵入者対策の罠が幾つかあり、その中でも最大の罠が〈守護者〉だ。
守護者と名付けた最大の罠は、鍵とアビスエルフがセットであれば襲わなくなる番人と同じアンデッドやゴーレムだが、番人とは違って高位の魔導具を装備して戦闘力が強化されている。
装備している魔導具を壊さないように倒すのが大変なだけで特に脅威ではなかったが、隠し宝物庫の規模に比例して守護者の強さが上がっているのが気になった。
「最後の宝物庫はこれまでで最大の規模の宝物庫だ。最後の宝物庫の次に規模の大きい宝物庫の守護者が伝説級のアイテムを装備していたことを考えると、もしかすると最後の宝物庫の守護者は神器を装備しているかもしれないな」
「神器ですか……」
「おそらくな。番人は俺がアビスハイエルフになれば無力化できるから、なんなら残ってもいいぞ」
「ここまで来たら、ドゥームディス帝国の末裔として最後まで見届けます」
ドゥームディス帝国の宝物庫を暴き、そこに納められた財物を奪うことに対する義理立てとして隠し宝物庫にはメルセデスを伴ってきたが、最後の隠し宝物庫の危険度は未知数だ。
そのため、メルセデスの身を案じて言ったのだが、彼女は最後まで付き合うつもりらしい。
一抹の不安はあるが、保険として大量の防御系魔導具を装備させておけば大丈夫だろう。
「それに……ご主人様が守ってくださるのでしょう?」
領主の椅子の肘掛けに置いている俺の手に、メルセデスが自分の手を重ねてきた。
最近メルセデスからのボディタッチが増えてきたな。
俺が領主の仕事で忙しくなかったら、もっと早く関係が進んでいただろう。
まぁ、メルセデスは結構奥手みたいだし、まだ夜が忙しくなるような関係になるまでには時間がかかるかな?
「勿論さ。メルセデスには傷一つ付けないから安心してくれ」
「はい……」
何となくそのまま互いに見つめ合っていると、メルセデスの背後から咳払いが聞こえてきた。
「コホン。仲が良いのは構いませんが、場所を選んだ方がいいと思いますよ」
「っ!? し、失礼しました!」
いつの間にか背後に近寄っていたリーゼロッテから声を掛けられ、メルセデスが驚いたように身体を震わせてから慌てて謝っている。
リーゼロッテは一応他国の王族であるため、特使との謁見には同席せず、別室から謁見の間の様子を眺めていた。
特使達が謁見の間から離れたのを確認してから此方にやってきたようだ。
「メルセデスに言ったわけではありませんよ。騎士達の前でメイドを口説いている底なし領主に向けて言ったのです」
「そういえば、解散させてなかったな。お前達も解散していいぞ」
「「「ハッ!」」」
特使を歓迎するために謁見の間の左右の壁際に並ばせていた騎士達を解散させる。
領主になって初めの頃は近くに騎士達がいるのを気にしていたが、今では殆ど気にしなくなってきた。
慣れって怖いな。
「まぁ、彼らもリオンの欲深さには見慣れた頃でしょうけど」
「そうかな?」
第一正妻予定の婚約者からの小声を聞きながら、絶世の美女である白と黒のエルフ種の二人を引き連れて俺も謁見の間を後にした。




