第322話 暗天始動
◆◇◆◇◆◇
アークディア帝国エクスヴェル公爵領第二都市アヴァロン。
ゴベール大砂漠の中心部に位置するこの黄金都市には、広大な砂の海を越えて今日も多くの人々が訪れている。
白亜の城壁に囲われた都市内の通りを行き交う彼らの殆どは、ゴベール大砂漠の周辺諸国から来た者達だが、その中には少ないながらも大砂漠から遠く離れた国からわざわざやって来た者達までいた。
そんな国籍も人種もバラバラな来訪者達だが、彼らは各々の来訪目的で大体三つに分けられる。
一つ目は、何といっても交易だ。
アヴァロンは地理的にも交易都市として恵まれており、アークディア帝国本土と地続きではない飛び地という立地から、複数の領地を介さないため交易品にかかる関税も少なく、街中でも商会関係者の姿が最も多い。
交易都市であるため周辺諸国の品が集まるだけでなく、アークディア帝国産の交易品も取り扱われており、それらの品はドラウプニル商会を通して仕入れられていた。
ドラウプニル商会が属するドラウプニルグループでは飛空艇の生産だけでなく、飛空艇を運用して人だけでなく物も運んでいる。
自社グループ内で構築された流通網によって、商会の利益を考慮したとしても実際の販売価格は非常に安く済んでいた。
その上、帝国産の交易品を扱うドラウプニル商会のオーナーは領主である俺なので、領内の都市間の移動に掛かる税も最低限に設定することができる。
こういった仕組みによって、帝国産の交易品を仕入れるために帝国本土に向かうよりも、アヴァロンという交易都市へ向かった方が格段に安く仕入れることが可能になっていた。
勿論、ゴベール大砂漠という地理的にも今まで通り帝国本土で仕入れた方が安く済むという者達もいるため、帝国内の他の商会などが被った影響は大きくはない……まぁ、少なくもないのだが。
そのため、アヴァロンが出来たことで実際に一番影響があったのは今まで帝国産の品を扱っていた者達ではなく、新規に帝国産の品を取り扱うことができるようになった他国の商人達だ。
これまで遠方にあるアークディア帝国本土まで交易の手を伸ばせるのは大規模の商会ぐらいだったが、帝国よりも近い場所に交易都市であるアヴァロンが新しく出来たことによって、金も人もコネも武力も劣る中小規模の商会であっても参入しやすくなっていた。
そのことはアヴァロンを訪れる人々の内訳にも現れており、城壁の門のところにある関所から得られた情報によれば、大体七割ほどが帝国本土から遠い国に拠点を構える中小規模の商会に所属する商人達だった。
物理的に遠い場所にある大国の品ならば簡単に利益を出すことができるので、これはある意味当然の流れとも言えるだろう。
二つ目は、アヴァロン内にある施設の観光だ。
アヴァロンへと通じる砂漠内の交易路であるアヴァロンロードを構築するオベリスクからはじまり、アヴァロンを囲む美しい白亜の城壁、大砂漠内を循環するギガゴーレム達と、実際に市内に入る前から目新しいモノに溢れている。
肝心の市内には、芸術品のように輝く黄金色の領主の城、砂漠内とは思えない規模の魚の生け簀も兼ねた豊かな湖、周辺諸国だけでなく遠方の地の品まで手に入る大市場などといった場所が存在しており、これらだけでも一見の価値があるだろう。
だが、それら以上に衆目が集まるのは、俺がユニークスキル【祝災齎す創星の王】の内包スキル【迷宮創造】で生み出した死なずのダンジョンである黄金迷宮〈キャメロット〉だ。
黄金迷宮〈キャメロット〉は、アークディア帝国の帝都エルデアスにある欲望迷宮〈フォールクヴァング〉のアヴァロン版であり、白を基調とした各部を黄金に飾られた塔という外観をしている。
人造迷宮とも言えるキャメロットを一目見る目的でアヴァロンには商人以外の者達も多く、実際にダンジョンに挑まずとも魔物が出現しないエントランスエリアまでは入ってみたいという者は珍しくなく、キャメロットのエントランスエリアまで入れる高い入場料もアヴァロンの少なくない収入源になっていた。
本当に死なないことが確認されてからは、大砂漠の周辺諸国だけでなく遠方の国々から訪れ、キャメロットのダンジョンエリアへと潜っていく人々の姿も見えるようになっていた。
ダンジョンエリアの使用料に関しては、帝都エルデアスにあるフォールクヴァングよりも高額に設定しているのもあって、利用する者が増えたおかげで目に見えて収入が増えていた。
ダンジョンエリアに挑む者達の中には、死なずのダンジョンという性質からレベル上げ目的の者達が殆どであり、その中には冒険者や傭兵だけでなく、他国の貴族や王族の姿があるのも珍しくなかった。
他国の貴族や王族達は、キャメロットでレベル上げを行うだけでなく、そのまま滞在を続けて多額の金を落としていってくれるのでとても感謝している。
主な目的がキャメロットでの安全なレベル上げとはいえ、彼らも観光客と言っても間違いではないだろう。
そして最後の三つ目だが、これは他二つとは異なり、アヴァロンに害を齎すための工作活動での来訪だ。
周辺諸国最大の交易都市という認識が人々に広がるに連れて周辺諸国の工作員の数は増えており、アヴァロンに入り次第監視し、現行犯で即座に捕まえてはいる。
だが、工作員に対する予算も安くはないのと、最近になって時間に余裕ができてきたので、そろそろ根幹を叩いても良いと考えていた。
「ドラウプニル商会の商品へのクレームぐらいならまだ可愛いものだが、商会の従業員や行政の職員などに身分を偽って他の来訪者へ詐欺行為を働くのは流石に目に余るな」
「商材や施設への破壊工作は未然に防げましたが、遂には直接的な手段を以てアヴァロンに手を出してきましたね」
「そうだな……」
アヴァロン内でも極一部の者しか存在を知らない秘密の空間内にて、リーゼロッテと共に関係各所から送られてきた報告書に目を通していく。
視線を前方に移すと、そこには巨大な蒼穹色の球体が設置されており、球体の表面からは様々な情報が表示された半透明の情報板が複数個浮かび上がっていた。
その情報板の一つにはアヴァロン内の精密な地図が表示されており、時折その地図の中に赤い光点が灯り、暫く点滅したと思ったら消えるといったことが起こっている。
赤い光点はアヴァロンに対する直接的な悪意を持つ者の位置を示しており、点滅は市内の警備隊へと通達したことを示していた。
そして、この赤い光点の点滅が消えることは、対象を捕らえたことを表している。
「〈天空神の聖域法晶〉が無ければ色々と大変でしたね」
「ああ。本当に便利な神器だよ」
俺が聖域法晶を見ていたことに気付いたリーゼロッテからの言葉に深く同意する。
この神器がなくても似たことは出来ただろうが、その場合は俺の負担が桁違いに増していた。
神器名に天空神を冠するだけあって、万能と言っても過言ではない多機能性を持つ素晴らしい神器だ。
天候支配だけでなく、影響を及ぼせる領域内の治安管理まで可能にする神器は、多くの為政者が欲することだろう。
そんな管理系神器の初期設定には一ヶ月以上も掛かったが、その労力に見合う性能を発揮してくれている。
初期設定に力を入れていなければ、神域級下位の等級そのままの性能しか発揮できなかったに違いない。
天候支配機能はまだしも、少なくとも領域内の監視機能に関しては大したことは出来なかっただろう。
俺が常時監視していなくても工作員の捕縛率が百パーセントなのは、実際に現場で対象を捕える警備隊の兵士や騎士達の尽力のおかげだが、それも瞬時に発見・通達する聖域法晶がなければ不可能だ。
「とはいえ、そんな便利な神器の方は大丈夫でも、現場で動く者達の方は疲労が溜まってきているみたいだな」
「夜間でも緊急出動してますからね。寧ろ昼間よりも夜間の方が出番が多いかもしれません」
「ああ。最近は特に多いから無理もないか……」
「どうするのですか?」
そう言いながらリーゼロッテが手渡してきたのは、周辺諸国の情報が纏められた書類の束だった。
これまでに捕らえた工作員達から様々な方法を使って聞き出した彼らの所属国家の情報が記載されており、書類の束の一番上には工作員の所属国家の一覧が記されていた。
羅列された国名に視線を落としながら再考するが、この秘密の場所に来る前に決めていたことを変える気は起きなかった。
「幾つか考えているが……そうだな。まずは警告程度のレベルからはじめる」
椅子から立ち上がると、聖域法晶の前に立つ。
聖域法晶に触れると魔力を流していく。
「〈接続〉」
起動句を告げた瞬間、蒼穹色だった聖域法晶が紫水晶色へと変貌した。
特殊ジョブスキル【接続者】による補正もあって、神器〈天空神の聖域法晶〉の【能力接続】の性能は強化されている。
「【情報蒐集地図】、接続」
神域権能級ユニークスキル【魔賢戦神】の能力と神器が繋がる。
聖域法晶の巨大な情報板が出現すると、ゴベール大砂漠の周辺諸国の全ての地形が載った地図が表示された。
それらの地図の中に複数の赤い光点が灯る。
これらの赤い光点は、それぞれが捕らえた工作員達が属する国家の首都を示していた。
「【星羅万象】、接続」
特殊系スキル【星界の大君主】の【星羅万象】と神器を繋げたことにより、神器が持つ天候支配能力【天空神の威光】が強化される。
これで聖域法晶単体では出来ないことが可能になった。
「【天空神の御手】、発動」
【天空神の御手】は、聖域法晶が認識している地点へと距離を超えて聖域法晶の能力を発動する、という聖域法晶自体が持つ能力だ。
だが、同神器の【能力接続】を発動させることにより、神器の主が持つ力も一時的に聖域法晶の力として扱うことができる。
【能力接続】はどのようなスキルでも接続対象にできるわけではないが、今回使ったスキルは対象内だ。
この力によって繋がった二つの所持スキルが効力を発揮し、遠方の地にある他国の首都の天候を長期間に渡って支配することが可能になった。
「【世界ノ天眼】、接続」
ユニークスキル【妖星王眼】の力を聖域法晶と繋げたことにより、周辺諸国の首都上空のリアルタイムの映像が表示された情報板が次々と展開される。
どの国の上空にも突如として分厚い灰色の雲が出現しており、あっという間に首都一帯の空が暗天と化した。
「プリセット名〈暗天計画〉、登録。〈暗天計画〉、始動」
それから時間経過と共に発生する現象を設定していくと、その一連の現象予定の名称に〈暗天計画〉と名付けてから、聖域法晶から手を離した。
今後発生する現象に必要な分のスキルの力と魔力は既に注入したため、後は俺がいなくても自動的に能力が行使され続けるはずだ。
「ふぅ。この使い方はやっぱり燃費が悪い」
魔力燃費が悪くなかったらオベリスクを作ることもなかったかもしれないな。
いや、交易路の指定とアヴァロンまでの道標は必要だったから、どのみち似たようなモノは作っていたか。
「各国の首都から太陽を奪ったのですね」
「ああ。太陽を神聖視するこの辺りの国家には効果覿面だろう」
「リオンのことですから他にも狙いがあるのでしょう?」
リーゼロッテからの問いには答えを返さずに肩を竦めると、彼女を連れてアヴァロンの領主の城へと転移した。
天候が支配されたことから、俺が関わっているのに気付くのは時間の問題だろう。
まぁ、俺がやったという証拠はないから知らぬ存ぜぬを貫くけど。
俺がこのようなことをした理由にすぐに辿り着ける者はいるかな?
各国がどんな反応を示すか今から楽しみだ。




