第321話 トライア
◆◇◆◇◆◇
レティーツィアと共に彼女の実兄にしてアークディア帝国の皇帝であるヴィルヘルムの元に赴いた後、彼に連れられて城内にある鍛練場の一つへと案内された。
鍛練場には十数名の様々な種族の男女が集められており、訪れた時は各々がウォーミングアップをしている最中だった。
ヴィルヘルムが来訪したのを受けて、彼らはすぐさま眼前に整列しようとしたが、俺達と一緒にここへ来た軍務卿のアドルフからの言葉を受けて再びウォーミングアップへと戻っている。
高所に設けられた観覧席から眼下の鍛練場にいる彼らを改めて見渡す。
「彼らが〈聖金霊装核〉の使用候補者達ですか」
「うむ。アドルフ達武官の意見を参考にして、帝国各地の騎士団や兵士達の中から集めた」
「そうでしたか……実力にそこまで差はないようですね」
冒険者に換算すると大体Bランクぐらいか。
Aランクに近い実力者もいるから、順当にキトリニタスの使用者を選ぶなら彼らになるだろう。
「ああ。見ての通り、この者達の中に飛び抜けて高い実力を持つ者はいない。今回リオンを招んだのは、彼らの中に将来的に飛び抜けた強者になり得る可能性を持つ者がいるかどうかを見定めてもらいたいからだ」
「私にですか?」
「うむ。冒険者クランの入団試験だけでなく公爵家の騎士登用などにおいても、リオンは見えているモノが常人とは異なるようだからな。専門家を頼るのが一番確実だろう」
所謂、餅は餅屋というやつか。
貴重なキトリニタスの使用者枠を決めるのだから理に適ってはいるな。
大っぴらに公開していたヴァルハラクランの入団試験はまだしも、エクスヴェル公爵家の騎士登用試験のことも把握しているとは思わなかったな。
特に隠していたわけではなかったが、だからといって明かしているわけでもなかった騎士登用試験のことを把握しているとは恐れ入った。
まぁ、登用した騎士の中から、エクスヴェル公爵家の特級騎士として育てるに相応しい者を選出するという真の目的については知らないだろうけど。
特級騎士専用の全身鎧である〈白威ノ星浄霊鎧〉の存在に至っては言うまでもない。
「なるほど。だから彼らは身体をならしていたのですね」
「そういうことだ。引き受けてもらえるか? 勿論、相応の礼はしよう」
元よりキトリニタスの使用候補者について意見を聞きたいと言われて城に招ばれていたため、そこまで予想外の話ではない。
都市国家クラスの二つの都市と神造迷宮、そして大砂漠の大地も含めた広大な領地を持つことになった新米公爵としては、欲しいモノは色々ある。
それは物品といった形ある物に限らず、権限など形の無いモノまで様々だ。
資金だけは潤沢にあるので時間と手間をかけさえすれば、それら全てのモノはいずれ手に入れることができるだろう。
だが、その中にはヴィルヘルムの皇帝としての権力を使えば一気に解決できるモノもあった。
それらの損得勘定を素早く終えると、ヴィルヘルムからの依頼に是と答えた。
礼である報奨の内容については後で詳細をまとめた上で述べることを告げると、さっそくキトリニタスの使用するに相応しい者を調べていくことにした。
「陛下はキトリニタスの使用者に求める実力の基準は、冒険者のランクに例えるならばどの程度をお望みでしょうか?」
「キトリニタス無しでAランク。キトリニタス使用でSランク並みならば申し分ないな」
「無しでA、有りでSですか。そうですね……」
ユニークスキル【天空至上の雷霆神】の【偽・全知全能】、同じくユニークスキル【魔賢戦神】の【情報賢能】、そして通常スキルの【万物を見通す眼】を重複発動させて、ウォーミングアップ中の候補者達を注視していく。
先ほどは感覚的に現在の実力を簡単に把握する程度だったが、今は一人一人の潜在能力に至るまで看破していった。
「大体のところは分かりましたが、情報の精度を高めるために、実際に彼らが戦っているところを見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「任せる。ゴーレムと戦わせるのか?」
エクスヴェル公爵家の騎士登用試験では、俺が作った騎士型ゴーレムと戦わせていた。
最低でも騎士型ゴーレム以上の実力や才覚を持っていてくれなければ登用する価値がないからだ。
その試験を知っていたから事前に候補者達にウォーミングアップをさせていたのだろう。
だが、今回はウチの騎士登用試験とは事情が異なるので騎士型ゴーレムは使わない。
「いえ、私自身が相手をして確認致します。せっかくだから私のキトリニタスを使おうと思います」
「ほう。面白そうだな。アドルフ」
「はっ。全員集合せよ!」
鍛練場に響き渡るアドルフの号令を受けて候補者達が再び眼の前に集まった。
ヴィルヘルムに向けて最敬礼をする彼らに楽にするよう告げたアドルフが、これから行われることを簡潔に説明した。
「これより新規格武装の開発者であるエクスヴェル公爵自ら、お前達が新規格武装の使用者足り得るかを確かめてくださることになった。各自、後悔のないよう全力で挑むように」
「「「はっ!!」」」
公的にはキトリニタスはまだ非公開であるからか、まだ候補者でしかない彼らには新規格武装としか説明していないようだ。
「では、エクスヴェル公爵よろしくお願いします」
「分かりました」
他人の目があるため俺に対する言葉遣いが普段と違うアドルフから場を譲られて前に出る。
俺が公爵でアドルフが侯爵だから仕方がないとはいえ、どうしても慣れないな。
永代公爵になったこと自体は良いことだが、公の場で爵位が下である恋人の父親とやり取りをするのは中々大変だ。
公の場で互いの友好性を周囲に見せていけば少しはマシになるだろうか?
そんなことを考えながら、キトリニタスの使用候補者達に向けて言葉を発する。
「リオン・ギーア・ノワール・エクスヴェルだ。今から君たちの実戦での動きや臨機応変力などを確認するために、君たちには私と戦ってもらう。君たち全員と俺一人による試合だ。死なないように手加減はするが、大怪我程度は覚悟して臨むように」
俺の言葉を聞いて候補者達の緊張感が高まったのが感じられた。
「先ず、この試験の結果の良し悪しが、新規格武装の使用者の合否に直接繋がるわけではないことを最初に告げておく。だが、判断材料の一つにはなるため全力で挑んだほうが良いだろう。私が試験終了を告げるか、君たち全員が動けなくなるまで試験は続ける。五分後に試験を開始するため、それまでに各々の装備を身に付けて再び集合してくれ」
「「「はい!」」」
予め持参してきたらしき装備が鍛練場の端に置かれており、それらを取りに向かった候補者を見送ると、登城用に羽織っていた貴族的なローブをレティーツィアに手渡してから観覧席から鍛練場へと飛び降りた。
【無限宝庫】に収納せずにレティーツィアに手渡したのは、そうした方がなんか婚約者っぽいかなと思ったからだ。
候補者達を待つ間に俺も軽く身体を解していると、あっという間に五分が経った。
ヴィルヘルム達がどんな説明をしたのかは知らないが、候補者達の装備は普段の仕事で使っている国から支給された物ではない。
私物か家の物か分からないが、大半は現在の実力に見合った魔導具を身に付けていた。
国から支給される騎士や兵士の正式装備よりも強力な物が殆どのようで、先ほどよりも少し余裕が生まれたようだ。
「アーベントロート侯爵閣下。試合開始の合図はお任せしてもよろしいですか?」
「承りました。では、全員準備は良いか? 試合……はじめッ!」
鍛練場にいる全員が首肯したのを確認したアドルフが試合開始を告げる。
候補者達が動き出す直前、一瞬早く指環型の待機形態のキトリニタス=トライアをローブ型の戦闘形態へと変化させた。
更に次の瞬間には、俺のキトリニタスに構築させた能力を発動した。
「【黒威ノ神翼手】」
身に纏った金縁の黒いローブの背中部分からカラスのような黒い翼が具現化する。
俺を守るように前に回り込んだ黒翼へと試合開始と共に放たれてきた攻撃魔法や矢が直撃していく。
魔法と矢は黒翼に触れた途端に崩壊し、黒翼は微塵も削られることはなかった。
「ふむ。流石に〈黒滅〉は切っておくか」
【黒威ノ神翼手】の力の一つを制限すると、ローブから次々と黒翼を生やして手のように動かして遠距離攻撃を弾いていく。
全てのキトリニタスのプロトタイプであり、俺専用のキトリニタスであるキトリニタス=トライアの等級は伝説級最上位だ。
だが、キトリニタスの代名詞たる能力【能力構築】で構築されたトライアの能力の一つ【神器共鳴】の力によって等級が神域級下位へと変化していた。
この能力は、神器を装備していた場合に限りトライア自体も限定的に神域級になるという効果を持つ。
神器化したことで不壊特性を得た黒翼を傷付けるには最低でも同格の力が必要なため、候補者達では黒翼の壁を突破することはできない。
仮に黒翼を掻い潜って間合いを詰めたとしても、俺のトライアの能力の一つ【黄金ノ星骸】によって全能力が超強化されているだけでなく、凡ゆる物理、魔法、属性ダメージが大幅に軽減されているため、俺を傷付けることは不可能だろう。
「……まぁ、やりすぎた感はあるな」
大小様々なサイズの黒翼が伸縮自在に候補者達の攻撃を防ぎ、彼らを打ちのめしていく。
黒翼は自動操作ではなく思考による任意操作なので、【高速思考】や【並列思考】などのスキルがなければ十全に力を発揮させることは出来ない。
【天地狩る暴食の覇王】の【狩り屠る貪喰の竜王】による暴食のオーラや、【混源の大君主】の【混沌源祖】の情報が使われているだけあって【黒威ノ神翼手】の因子は非常に強力だ。
他にも様々なスキルの因子が使われているだけあって、部分的には大元のオリジナルよりも強力になっている。
そのため、特殊系スキル【生殺与奪権】がなければ殺さないように手加減するのが大変だっただろうな。
【生殺与奪権】のおかげ直感的にどれほど手加減すればいいかが理解できる。
「〈黒滅〉だけじゃなく〈黒化〉と〈黒翅〉のテストも出来なさそうだな」
【強欲なる識覚領域】で鍛練場全体を俯瞰的に見ながら、候補者一人一人の情報を集める。
俺の黒翼に対する候補者達の攻防が進むに従って、彼らに関する情報の精度が上がっていく。
国に献上したキトリニタス達の担い手を選出する手伝いをしつつ、俺のトライアのテストまで行える。
後日貰う予定の報奨も含めれば一石三鳥な現状に、思わず上がりそうになる口角を【無表情】で抑えながら、候補者達の力を引き出すために死なない程度に攻撃を仕掛けていった。




