第318話 領主と婚約者
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「ーー今年は帝国にとって喜ばしいことの多い年であった。国土の奪還から始まり、皇子と皇女の誕生、そして我が国の勇者によって二体の魔王が討伐されるという偉業が成された。その勇者であるリオン・ギーア・ノワール・エクスヴェル公爵の婚約者の一人として、余の同腹の妹たるレティーツィアの名を挙げることができたのは、今年を締め括るに相応しい慶事である」
皇城の大広間で催されている年末パーティーの場に、今代アークディア皇帝ヴィルヘルムの言葉が響き渡る。
つい先程、ヴィルヘルムにより俺の婚約者の名が発表された。
この場で明かされたのは、婚姻後の地位が正妻かつ、実家や所属国家が有力な婚約者の名前のみだ。
彼女達以外の婚約者については、俺の新聞社であるミーミル社が年明けに発行する最初の日報にて明かすことになっている。
現時点で確定している正妻と側妻となる全ての婚約者の名が紙面に載る予定だが、妾の地位の者達の名まで載せたら、一面だけではスペースが足らなかっただろうな。
「最後に、今宵の催しまで公表を控えていたエクスヴェル公爵に下賜する土地を発表しよう。これは、先の〈地刑の魔王〉討伐によって公爵自らが獲得したゴベール大砂漠とは別の物である。アークディア帝国の大貴族としてエクスヴェル公爵が治める領地は、帝国南東部にある神迷宮都市アルヴァアインとその一帯の土地だ」
ヴィルヘルムが告げたまさかの都市名に、パーティー会場が騒めき立った。
公爵とはいえ、神造迷宮がある都市を臣下に下賜するという発表は、大半の者達にとっては青天の霹靂だろう。
公表前の上層部内での話し合いでも、帝国の生命線に近い財源である神造迷宮がある大都市を下賜するというヴィルヘルムの決定には当然ながら少なくない反対があった。
だが、神造迷宮を内に抱えるアルヴァアインは常に他国から狙われる要所であることや、アルヴァアインの防備に毎年投じている多額の国費が軽減できることが挙げられた。
そして、他国であるファロン龍煌国では、神造迷宮のある都市を〈天喰王〉リンファに自らの領地として治めさせることで外敵から神造迷宮を守っている、という実例があるなどといった理由が挙げられ、最終的に上層部からの同意が得られた。
第二正妻という家門内で高い地位に皇妹であるレティーツィアが就くこと以外にも、俺自身が他国へ強い影響力を持つこと、二度の魔王殺しを果たした〈勇者〉であり超越者候補でもあることが、最後まで反対していた極一部の上級貴族達を頷かせる決め手になったらしい。
「エクスヴェル公爵よ」
「はっ」
「聞いての通りだ。以後、アルヴァアイン一帯の守護と統治を任せる」
「帝国貴族として、国と領地の繁栄、そして民の安寧のために尽力致します」
アルヴァアイン一帯が俺の領地となることを文官と武官それぞれの大臣達は歓迎していた。
文官側大臣はアルヴァアインに割いていた国費が減ることで浮いた分の費用を公共事業などに投入できると考え、武官側大臣は軍事費に回せると考えているのが主な理由だった。
〈勇者〉であり〈賢者〉である俺は武官とも文官とも言えるが、どちらか一方にのみ肩入れするわけにもいかないため中立を保つつもりだ。
おそらくは、〈地刑の魔王〉討伐で得た〈星域干渉権限〉をアルヴァアインの霊地化に使った後に、残りの力は国に譲渡する予定であるため、その使い道あたりが浮いた費用の運用を決める際に関わってくると思われる。
元々は拠点としているアルヴァアインでの活動を良くするための霊地化を目指していたが、結果的に俺の領地運営に大きく役立つことになりそうだ。
領地運営については、アルヴァアインとゴベール大砂漠と二つの土地があるため、色々と考えることが多い。
アルヴァアインに関しては既存の体制や人材が流用できるため比較的楽だが、ゴベール大砂漠に関しては一からのスタートになる。
しかも、飛び地であるため周囲は帝国領ではないのも領地運営の難易度を大きく引き上げていた。
考える時間は十分あったので何をすべきか悩んではいないのだが、暫くはアルヴァアインとゴベール大砂漠を行き来することになりそうだ。
「リオン。考え事があるようですが、そろそろ挨拶回りに行きましょう」
「皆が待っているわよ」
主要となる婚約者として発表されたリーゼロッテとレティーツィアに声を掛けられ、思考の海に沈んでいた意識を現実へと向ける。
ヴィルヘルムの開催の挨拶などで一時中断してパーティーが再開されており、皆が思い思いに他者と交流を深めていた。
今年の年末パーティーの主役の一人として、何よりも新米領主として他領の領主や貴族との交流は重要だろう。
確かに今はこちらの方に集中すべきだな。
「ああ、すまない。それじゃあ、挨拶回りに行こうか」
婚約者二人を連れて動き出すと、聡い者達が我先へと俺達の近くに寄ってきた。
挨拶回りと言うからには俺の方から動くつもりだったが、公爵かつパーティーの主役なだけあって相手の方からやってくるようだ。
婚約者二人の慣れた反応からして当たり前のことなのだろう。
このあたりの細々としたことも、これからは覚えていかないとな。
内心で苦笑を漏らしつつ、三人で次々とやってくる人々の対応をこなしていった。
◆◇◆◇◆◇
年末パーティーが終わった後。
俺の権能【強欲神域】の固有領域〈強欲の神座〉へと移動した。
異界にあるこの場所にやって来たのは、後回しにしていた実験の一つを実行するためだ。
「実験の準備は?」
「万事抜かりなく整っております」
「よし。では、さっそく試してみるとしよう」
使い魔であるエジュダハが見守る中、【無限宝庫】に収納しておいた〈地刑の魔王〉の死体を目の前に取り出す。
これから行うのは、本物の魔王の死体と特殊系スキル【魔王似戯】を使った、魔王の偽物の創造だ。
今後他国であるロンダルヴィア帝国の地で、第七皇女の派閥の戦力とともに変装した姿にて〈太母の魔王〉を討伐することを予定している。
その際に、ランスロットが〈勇者〉持ちであることを隠すためには、勇者側が勝利した時に得られる〈魔王の宝鍵〉をどうにかする必要があった。
〈勇者〉以外が倒した際に出現する〈魔王の宝櫃〉は、宝鍵使用後に出現する巨大な宝箱と見た目に違いはない。
つまり、魔王討伐後に宝鍵で勝利報酬を選択する時間さえ稼げれば誤魔化すことが可能というわけだ。
そのため、〈太母の魔王〉死亡に合わせて、その魔王の死体を使った偽物を用意する必要があった。
新たに作った分身体と偽物の魔王で戦闘を続行させて時間を稼ぐという計画のためには、この実験が成功してくれなければ困る。
「【魔王似戯】」
〈地刑の魔王〉の死体に手を翳してスキルを発動させると、大量の魔力の喪失と共に発生した黒と白に光り輝く二色の粒子が、点滅しながら魔王の死体へと纏わり付いていく。
本番でも【魔王似戯】を使ってこの目立つ現象が発生するならば、倒した直後に魔王の死体を周囲から見えなくする目眩しを用意する必要がありそうだな。
まぁ、そこは追々考えるとしよう。
死体に纏わり付いた黒と白の光の粒子は、やがて溶け合って灰色の光となってから、魔王の死体の中へと沈んでいった。
全ての灰色の光が魔王の死体に同化した次の瞬間、魔王の死体が強い気配を放ってきた。
〈地刑の魔王〉の光の失われた双眸に灰色の光が灯ると、重さを感じさせないフワリとした動きで〈地刑の魔王〉の死体が起き上がった。
起き上がった魔王の死体は、俺の姿を視認するとすぐさま床に下り立ち低頭平身の体勢で跪いてきた。
「卑賎な身でありますが、ご挨拶させていただきます、偉大なる創造主様!」
「……お前ってそんな性格だっけ?」
あまりの予想外の反応を受けて、思わず素でツッコミを入れてしまった。
いや、まぁ、創造主というのは合ってはいるんだが……。
「今の私はこんな性格です!」
「えらく元気だな……今の、と言うからには生前の記憶はあるのか?」
「アンデッドの魔王の死体から作られた私の生前の記憶というのも面白い話ですな!」
そう表現するしかないとはいえ、確かに面白い質問をしているな。
「まぁ、そうだな。それで?」
「あ、はい。記憶というよりは記録というのが正しいでしょうな。例えるならば、〈地刑の魔王〉の一生が記された書物を持った、魔王と姿形がソックリの他人というのが近いかと思われます」
「ふむ。エジュダハと似たような感じだな」
「はい。そのようですね。まぁ、私の元になったエンジュも私自身もコレのように騒がしいタイプではありませんが」
物静かなタイプであるエジュダハが辛辣な言葉を吐くのを初めてみた。
だが、研究者気質なエジュダハもテンションが上がったら似たような感じだったので、わりと同類な気もする。
アンデッドであり精霊でもあるエジュダハと、アンデッドであり偽物の魔王でもある目の前のコレ……やはり似ているな。
ま、話が進まないので黙っておこう。
取り敢えず、この様子なら制御不能だった時用にエジュダハに準備させていた各種設備は使う必要はなさそうだ。
平伏状態から立ち上がらせてから対話を続行する。
「魔王の力は使えるのか?」
「全てではありませんが、大体の力は使えると思います。ユニークスキルは私の中から失われていますが、創造主様との繋がりを通して限定的に行使することが可能です」
「ほう。そのユニークスキル以外の俺の力は使えるのか?」
「いえ、使えません。使えるのは生前の力のみのようです。その力自体も本物の〈魔王〉ではないからか、大きく弱体化しているようです」
「ふむ……」
〈魔王〉の称号も弱体化した一因だろうが、弱体化した一番大きな要因は体内から〈◼️神の欠片〉が失われたからだろう。
魔王戦から年末パーティーまでの空いた時間で可能な限り調べたところ、あの黒い結晶体には神性存在の力たる〈神気〉が内包されていることが判明した。
この神気、またの名を〈神力〉とも呼ばれる力によって〈地刑の魔王〉が強化されていたのは間違いない。
本質的には神器に宿る力と同じモノだが、結晶体に宿るのは神気だけではなく、何らかの意思のようなモノも感じられた。
十中八九、アイテム名にある◼️神とやらだろうから、【強欲神皇】を使って力を丸ごと剥奪したら余計なモノまで取り込むことになりそうだ。
どうにか神気のみを抽出する方法を考えないといけないな。
「今は偽りの魔王ですが、創造主様の下僕として新生していただいたからには、本物の魔王にも決して負けませぬ! 砂と風、そして死の王として創造主様が歩む覇道のお手伝いを致しますぞ!!」
「マスター、スキルの検証は済んだので、もうコレは破棄で良いのではないでしょうか?」
「何ですとッ!?」
喧しいアンデッド達の口論を聞き流しつつ、壁際で待機している〈魔精人形〉達に幾つか指示を出す。
指示を受けて退室していくオートマタ達を見送ると、エジュダハ達に視線を戻した。
全身から魔力を放ちながら睨み合う二体を暫く観察すると、部屋に設置してある制圧用の設備を起動させた。
「「アバババババッ!?」」
足元に展開された術式陣から放たれた微量の聖気を含んだ電撃を受けて、エジュダハと魔王モドキが数秒痺れた後に床へ倒れ伏した。
取り敢えず、〈地刑の魔王〉の死体は素材として使い難いので、この魔王モドキには新たな名前を与えて使い魔にして有効活用するとしよう。
さて、どんな名前にしようかな……。
☆これにて第十二章終了です。
名前が初出しのキャラも含めて、個人的には新たな登場人物が少し多めの章でした。
毎度のことながら名前を考えるのが大変です。
非常に大変なので、リオンの婚約者一人一人の名前が明かされることはありません。
名前のストックが無くなってしまうのでご理解いただけると幸いです。
次の更新日に十二章終了時点の詳細ステータスを載せます。
称号欄の表記形式を変更していますので、よろしければご覧ください。
十三章の更新はいつも通りステータスを掲載する次の更新日の、その更に次の更新日からを予定しています。
十三章では領地持ちになりましたので領主として領地を運営していくなどといった内容になる予定です。
引き続きお楽しみください。
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