第317話 地刑の魔王 後編
神杖ガンバンテインの基本能力である【魔導権源】の魔法効力と効果範囲の超強化能力を発動させつつ、事前に仕込んでおいた仕込みを発動させた。
「拡張術式陣、起動」
神杖ガンバンテインを魔導操作鍵にして空間を越えて起動句を遠方へ伝播させると、遙か遠くに見える地平線から幾つもの光の柱が立ち昇った。
俺がいる現在地を中心に、全方位三百六十度の遠方にて等間隔に天高くまで伸びる十二本の光柱が発生していた。
この光柱の一つ一つは、俺が分身体で事前に設置した仕込みである儀式魔法陣によるものだ。
「変数入力、反映」
起動句と同様にガンバンテインの力で術式が送信され、十二本の光柱が放つ光の波長が変化する。
これで範囲の指定と同調は完了した。後は魔法を発動させるだけだ。
「貴様、一体何をしているッ!?」
やっと俺が何かしていることに気付いた魔王が、砂漠の砂で肉体を再構築して襲い掛かってくるが、俺の近くの砂からは魔王の力が除去されているため、魔王が出現したのは少し離れた場所だった。
魔王が何をするにしても距離の問題があるため、狙い通りに魔法発動までの時間を稼ぐことができた。
一度発動させれば後は放置するだけで自動的に魔法は発動し続けるため、発動した瞬間が俺の勝利が確定した時だとも言えるだろう。
「世界は我が手に在りーー『偽神が嗤う掌中の世界』」
神杖ガンバンテインと儀式魔法陣を連動させることで効果範囲を数百倍に拡大させた上で、【始源魔法】の一つ『偽神が嗤う掌中の世界』を発動した。
空間封印系戦略級空間星魔法『閉ざされた世界』と似た性質も持つこの魔法によって、魔法の効果範囲の内側と外側は空間的に完全に断絶される。
全ての光柱は大砂漠の手前にある砂漠化していない場所から立ち昇っており、それらが結ばれ構築された境界線の内側にはゴベール大砂漠が丸々と入っている。
その結果、始源魔法『偽神が嗤う掌中の世界』の効果範囲はゴベール大砂漠全域にまで及んでいた。
「な、なんだ? 砂漠と一体化した我の力が何故この肉体に集まってくるのだッ!?」
触媒であるガンバンテインを通じて俺の意思通りにゴベール大砂漠が変化する。
魔王の力で満ちていた大砂漠から魔王の力が取り除かれていき、目の前に顕現している魔王へと強制的に集められていた。
始源魔法『偽神が嗤う掌中の世界』は、『効果範囲内の領域に干渉し、領域内の環境を好きに変化させることが出来る』というものだ。
生き物の生き死にを支配することこそ出来ないが、それ以外ならば大抵のことは出来るため、この力を使って大砂漠に魔王の力が染み込むのを禁止したことで、魔王の力は元々あった場所ーー魔王の魂と肉体ーーへと強制的に還っているのだ。
大砂漠の外縁部から順に魔王の力が取り除かれており、あと数分もしない内に大砂漠の砂に溶けている魔王の力は魔王自身の元へと還るだろう。
「言ったろ。力不足だって。その擬似的な不滅特性が失われたらどうなると思う?」
「【神災嵐風】ッ!!」
魔王が上空へと長杖を翳すと、上空の雲が凄まじい速さで渦巻き、超巨大な嵐の塊と化して俺に向かって落ちてくる。
〈魔王〉の称号で強化されているからか、帝王権能級ユニークスキルの内包スキルなのに神域級並みの力がありそうだ。
攻撃範囲も大都市ぐらいならば容易く崩壊させられるほどに広く、生半可な方法では打ち消すことはできないだろう。
「神敵灼滅ーー【黄昏ノ焱神剣】」
迫り来る嵐塊へと神刀エディステラの切っ先を向け、ヴィクトリアからコピーさせてもらった彼女のユニークスキルの力を解き放つ。
エディステラの刀身から伸びた黄昏色の炎神の刃が超巨大な嵐塊を真っ二つに両断し、嵐を構成する大気を丸ごと焼滅させた。
上空に突如として広大な真空空間が発生したことにより、空中にいた身体が強制的に引き寄せられていく。
同じように真空空間に引き寄せられている最中の魔王を炎神の剣と化しているエディステラで両断し、肉体を構成していた砂ごと焼却する。
発動中の始源魔法の力を使って大気の状態を正常に戻すと、近辺の大砂漠に僅かに残っている自分の力が溶け込んだ砂を使って肉体を再構築したばかりの魔王を見下ろす。
「残りの力がこの程度なら纏めて灼けるな」
神杖ガンバンテインも手放して神刀アメノハバキリと同じように身体の近くに滞空させると、空いた左手に大量の魔力を集める。
左手に集められた魔力が雷電へと変化し、周囲の空間を震わせるほどの莫大な雷気を発し出したのを確認すると、最早上空から見渡せる範囲の砂にしか自らの力が及んでいない〈地刑の魔王〉へと左手を翳した。
「神鳴顕現ーー【界滅ノ神霆】」
左手から解き放たれた神の雷霆が、視界に映る範囲の地上全域を白く染め上げて灰燼と化する。
神域権能級ユニークスキル【天空至上の雷霆神】の根幹と言える内包スキルなだけあって、その破壊力は絶大だ。
まだ魔王の力が及んでいた残りの砂漠の砂を魔王の力ごと灼いており、その殆どが消滅または昇華していた。
消滅しなかった極僅かな砂もガラス化しており、宿っていた魔王の力は失われ、神域の雷の力を受けて生み出されたガラス結晶は、超希少なアイテムと化して地上に残っていた。
そんな数あるガラス結晶の一つの前へと転移すると、炎神の剣を解除した神刀エディステラで両断した。
防御に使った砂がガラス結晶化し、その中で瀕死状態だった〈地刑の魔王〉にトドメを刺したが、これまでのように他の砂を使って復活することはなく、目の前には真っ二つになった魔王の死体が残ったままだった。
[スキル【砂漠葬送】を獲得しました]
[スキル【枯渇征手】を獲得しました]
[スキル【砂侵風化】を獲得しました]
[スキル【水分不要】を獲得しました]
[スキル【砂漠同化】を獲得しました]
[スキル【古代王の叡智】を獲得しました]
[スキル【砂海の王】を獲得しました]
[ユニークスキル【砂柩と嵐禍の戦王】を獲得しました]
[権能【地刑神域】〈地刑の王砂〉を獲得しました]
[権能【地刑神域】〈地刑の王砂〉は神域の主に帰属します]
[〈強欲/創造の勇者〉と〈地刑の魔王〉による〈星戦〉が終了しました]
[勝者は〈強欲/創造の勇者〉です]
[勝利した〈強欲/創造の勇者〉には〈星域干渉権限〉が与えられます]
[勝利した〈強欲/創造の勇者〉には追加でアイテム〈魔王の宝鍵:地刑〉が与えられます]
[アイテム〈魔王の宝鍵:地刑〉を使って勝利報酬を選択してください]
[アイテム〈魔王の宝鍵:地刑〉は〈強欲/創造の勇者〉に帰属します]
[アイテム〈魔王の宝鍵:地刑〉は指定回数の勝利報酬を選択後に消滅します]
砂漠に満ちていたのと同質の魔王の魔力が目の前に集まると、目玉のような装飾が特徴的な煌びやかな金色の鍵が出現した。
「ふむ。ま、砂漠を使った擬似不滅特性さえ無ければこんなもんだよな」
それにしても、純聖星剣の斉射によって瞬殺した魔王配下の魔物の中には先に敗れた超越者候補達の死体を使ったアンデッドもいると思ったんだが、何一つとして新規スキルが得られなかったな。
まぁ、既に数多の種類の高位スキルを持っているから、強者の死体製のアンデッドを倒したからといって必ず新規スキルが手に入るとも限らないか。
だが、件の亡くなった二人の超越者候補はユニークスキルを持っていたはずだが……。
「……なるほど。アンデッドと言うよりも死体を使ったゴーレムであるフレッシュゴーレムに近いのか」
まだ原形が残っていた人型アンデッドの死体を調べてみたところ、この包帯で全身を巻かれたアンデッド達の包帯の下の身体は損壊が激しかった。
古い傷痕なので俺の攻撃によるものではないだろう。
【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】に納められている各種魔権系ユニークスキルの中から【死操と死奪の魔権】を使用して死体の記憶を読み取ってみた。
すると、思った通り、このアンデッドの身体の古い傷痕は俺ではなく〈地刑の魔王〉との戦闘で付いたものであることが分かった。
アンデッドとして再利用出来ないほどに損壊が激しかったが、〈地刑の魔王〉の権能や種族能力などの力によって手駒として使えるようにしたようだ。
そういった経緯故か、生前持っていたスキルは失われていたが、生前の戦闘技量や肉体性能だけは残っていたらしい。
というか、記憶を見て気づいたがこの死体が亡くなった二人の超越者候補の片割れだった。
超越者候補故に肉体が丈夫だったのと魔王の力で強化されていたおかげで、戦闘の余波ぐらいでは消滅しなかったのだろう。
「道理で原形が残っていたわけだ」
同じような状態の良いアンデッドの死体はもう一つあり、その正体も案の定あと一人の超越者候補だった。
低下した戦力を補うためか、二人が生前身に付けていた装備もそのまま装着されていた。
二人のユニークスキルは手に入らなかったが、それを補って余りある戦利品だ。
「それにしても、〈地刑の魔王〉から得た能力の中に擬似不滅的な力が見当たらないな。【戦利品蒐集】では獲得できなかったのか?」
一見すると【砂漠同化】がそれっぽいが、これはあくまでも砂漠、正確には砂と同化できるだけで、滅んだ肉体を捨てて、自らの力が及んだ砂を素材に肉体を再構築できる力ではない。
〈魔王〉の称号でパワーアップした結果と言われればそれまでだが……。
「なんとなく何か秘密がある気がするんだが……うん?」
真っ二つになった〈地刑の魔王〉の死体を調べようと近寄ってみると、死体の断面に何か輝いているモノが埋まってるのが見えた。
戦闘の影響によって辺りに満ちている魔力で気付かなかったが、辺りの魔力の一部はあの輝いているモノから発せられているようだ。
死体の断面から僅かに覗いていたモノを引き抜くと、それは仄かに黒く光り輝く結晶体だった。
不吉でありながらも何処となく懐かしい輝きを放つ結晶体に対し、【情報賢能】の鑑定能力を使用した。
鑑定によってアイテム名が明らかになった瞬間、目元がヒクついていたのが分かった。
「……〈◼️神の欠片〉、か。まさかな……チッ」
舌打ちとともに思わず全身から漏れ出た殺気と魔力によって大地が震え出したので、深呼吸して気持ちと魔力を落ち着かせた。
色々思うことはあるが、取り敢えずコレは【天威封印術】で封印処置を施し、更に【萬神封ずる奈落の鎖】の黒鎖でグルグル巻きにしてから【無限宝庫】に放り込んだ。
続けて、人型アンデッド達の装備品などの戦利品や魔王の死体やらも収納し、最後に神の雷霆と魔王の権能砂の衝突によって生まれた神秘的なガラス結晶も回収していった。
「はぁ……あー、気分転換に勝利報酬を選ぶか」
帰還する前に〈魔王の宝鍵〉を使用し、勝利報酬を選択していく。
選択した勝利報酬は全部で三つ。
一つ目は、足装備型神器〈大地神の偉大なる足跡〉。
二つ目は、設置型神器〈天空神の聖域法晶〉。
最後の一つは、伝説級アイテム〈失われし秘宝酒創典〉だ。
二つの神器はまだしも、最後の伝説級アイテムを選んだ理由は、神器を二つも選んだ所為で残りの選べるアイテムが限られており、その中で魅力的なのがコレしかなかったからだ。
軽く中身を見てみたが、思っていたよりも面白そうなので不満はない。
二つの神器に関しては言うまでもないだろう。
今後大いに役立ってくれることだろう。
「ふぅ。一難去ってまた一難、いや、別に一難というほどでもないか」
誰に問い掛けるわけでもなく独り言ちると、戦場の影響が僅かに残るゴベール大砂漠を後にした。




