第316話 地刑の魔王 前編
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大陸中央部にあるゴベール大砂漠は、その発生時から毎年少しずつ範囲を拡大し続けている。
その砂漠化によって滅んだ国の数よりも、砂漠化を止めるべく元凶である〈地刑の魔王〉を討とうとして返り討ちに遭い、魔王から報復されたことによって滅んだ国の数の方が圧倒的に多い。
そういう意味では、〈地刑の魔王〉は現存する魔王の中でも屈指の、数多くの生命を奪ってきた魔王だと言えるだろう。
「無数の生命と数多の強者の生命を奪った〈魔王〉か。〈勇者〉と交戦した記録がないことだけが不幸中の幸いだな。〈勇者〉まで敗れていたら、今頃新たな〈大魔王〉が生まれていただろう」
眼下に見えるゴベール大砂漠の中心部を見下ろしながら、標的の戦力を分析する。
〈魔王〉が〈大魔王〉となる明確な条件は明らかになっていないが、これまでに出現した〈魔王〉と〈大魔王〉の情報を調べれば自ずと答えは導き出すことができていた。
大雑把に言えば、無数の生命と〈勇者〉の生命を奪うことが〈大魔王〉となるための条件だ。
つまり、〈勇者〉さえ〈魔王〉に殺されなければ〈大魔王〉は生まれ落ちないということになる。
おそらく先日の神前試合にて古参の〈勇者〉ではあるが魔王討伐に興味がない〈護槍の勇者〉と〈剛剣の勇者〉が対戦相手に選ばれたのには、まだ新参の勇者達を牽制する意図もあったのだろう。
未熟な勇者が魔王討伐に挑んだ所為で新たな〈大魔王〉が誕生したら最悪だからな。
「これは責任重大だ。確実に魔王討伐を果たさないとな」
「カッカッカッカッカッ!! 随分と荒唐無稽なことをほざくではないか黒き〈勇者〉よ!」
突如として辺りに嗤い声が響き渡ると、目の前の空間に大量の砂が集まり、次の瞬間には一体の人型魔物が出現していた。
その魔物はミイラのように干涸びた身体を漆黒色の包帯で覆い尽くし、その上から豪華絢爛な金と砂色のローブを纏っている。
手には黄金の猛禽類と蛇の装飾が施された長杖を持っており、他にも指環や首飾りなど様々な装身具で身を着飾っていた。
外見上の特徴からも分かる通り、アンデッド種の中でも〈屍包骸体〉に属する魔物であり、その中でも最上位に位置する個体だった。
「そうでもないさ、〈地刑の魔王〉よ。〈大魔王〉ではないお前では力不足だからな」
「カカカッ……先日倒した二人も大した自信家だったが、奴らでもここまで自らの力を驕ることはなかったぞ」
事実を言っただけなので驕ってるわけじゃないんだがな。
準備不足ならばまだしも、俺の〈聖者〉であるシャルロットからも〈聖者〉の祝福をもらってきてるし、対〈地刑の魔王〉用の仕込みも予め用意しているので、驕ることなく勝利のための準備は万全だ。
「客観的な事実を言ったまでだ。すぐに俺が言うことが事実だと身を以て知ることになるだろう」
「ホウ、それは楽しみではないか」
目の前に現れた〈地刑の魔王〉を挑発した直後、脳内に中性的な音声によるアナウンスが響き渡ってきた。
[ーー〈強欲/創造の勇者〉が〈地刑の魔王〉と戦闘状態に入りました]
[ーー〈地刑の魔王〉が〈強欲/創造の勇者〉と戦闘状態に入りました]
[ーー〈勇者〉よ。〈魔王〉を滅ぼし、〈人類〉に繁栄を齎してください]
[ーー〈魔王〉よ。〈勇者〉を滅ぼし、〈魔物〉に繁栄を齎してください]
[両陣営以外の勢力の該当地域への接近が阻害されます]
[勝者には一定範囲内でのみ使用できる〈星域干渉権限〉が与えられます]
[勝者は〈星域干渉権限〉を使用し、各勢力を栄光へと導いてください]
[これより、〈強欲/創造の勇者〉と〈地刑の魔王〉による〈星戦〉を開始します]
〈勇者〉と〈魔王〉による〈星戦〉の始まりを告げる狼煙が上がると同時に、周囲に大量の砂塵が集まり俺を擦り潰そうとしてきた。
「【暴風神魔】」
全身から発した暴風によって周りの砂塵を吹き飛ばす。
砂塵が晴れた先に魔王の姿はなく、遠く離れた場所で長杖を高く掲げていた。
その杖の動きに呼応するかのように砂塵を大きく上回る規模の砂嵐が発生し、俺が纏う暴風ごと呑み込んでいく。
「カッカッカッ! 成す術無しとはこのことだなッ!!」
「そうだったら良かったのにな」
「何ッ、グアァッ!?」
【天空至上の雷霆神】の【瞬身ノ神戯】で魔王の背後へと転移すると、抜き放った二振りの神刀で魔王の身体を幾重にも斬り刻む。
【神喰と終末の獣神】の【神滅ノ終喰牙】の力を付与したことで黒金色のオーラを纏った神刀の斬撃が、分割された〈地刑の魔王〉の身体を滅ぼしていく。
だが、次の瞬間には魔王の肉片が砂化し、その大量の砂が意思を持つように俺の四肢を拘束しようとしてきた。
それらの砂の拘束具を【神喰と終末の獣神】の【黄昏ノ貪喰】で粉砕すると、視線を地上へと向ける。
そこにはたった今倒したばかりの魔王の姿があった。
パッと見た限りでは身に纏う装備も含めて肉体に斬撃痕一つとして傷が見当たらない。
「噂通り砂漠自体が〈地刑の魔王〉の肉体なんだな」
「カカカッ、知っておったか。その通り。この砂漠こそが我が城である固有侵食領域〈魔王迷宮:無命の砂海〉よ。確かに驕るだけはある実力の持ち主ではあったが、それだけでは我を討つことなど出来ぬ! 我が砂漠がある限り、何人たりとも我を滅ぼすことなど出来ぬのだ! カーッカッカッカッカッ!!」
呵々大笑する魔王を視界に入れつつ、戦闘開始前から発動させていた【情報賢能】で解析して得た情報を精査していく。
【大賢者の星霊核】の演算能力も駆使して調べるが、まだデータが足らないな。
「ーー〈天地壊帝〉」
【星気宝晶】によって保管していた大量の星気を用い、戦略級仙技を【根源星霊仙戯】で瞬時に発動させる。
魔王の近くに出現した多数のエネルギー体が大爆発し、地上にいる魔王だけでなく周囲の地形ごと爆炎に呑み込んでいった。
あっという間に上空まで膨れ上がってきた爆炎を【瞬身ノ神戯】の転移で回避すると、転移した先で地上の砂が隆起してきて巨大な砂の巨人となって襲い掛かってきた。
この砂の巨人を構成する砂からは妙な魔力を感じる。
並列発動させた【情報賢能】で解析したところ、砂の巨人に使われている砂は〈権能〉によって変質したものだった。
権能名は【地刑神域】〈地刑の王砂〉。
具体的な能力までは不明だが、長く活動している魔王だからか、〈地刑の魔王〉は〈大魔王〉でもないのに〈権能〉を取得していた。
まぁ、〈地刑の魔王〉のステータスを見た時から把握していた既知の情報だが、さっそく使ってきたか。
右手に持つ〈財顕討葬の神刀〉を振り下ろし、刀身から伸ばした刃状の黒金色のオーラで権能製の砂の巨人を両断する。
両断した砂の巨人が流砂となって崩れ落ちる間に、新たに数十体の砂の巨人が立ち上がってきた。
左手の〈龍喰財蒐の神刀〉も使って全ての砂の巨人を斬り裂いていく。
「【砂柩絶刑】」
何処からか〈地刑の魔王〉の声が聞こえてくると、周りの砂の巨人達を構成する砂が一瞬で俺を取り囲んできた。
先ほどと同じように転移で脱出しようとしたが、何かの力に邪魔されて転移が出来なかった。
先日の神前試合でも経験したことなので原因は周囲の環境、つまり砂の巨人を構成していた権能【地刑神域】の特殊な砂によるものだろう。
「来い、我が下僕達よ!!」
魔王の呼び掛けに従うように、砂中から全身を包帯で覆った人型のアンデッドや蠍や蛇系などといった、砂漠の環境ならではの魔物が次々と飛び出して襲い掛かってきた。
もしかすると、この中には〈地刑の魔王〉に敗れた二人の超越者候補のアンデッドもいるかもしれないな。
「魔を満たせーー【竜聖炉心】」
全身から解き放った黄金魔力の物理的な干渉力を以て権能製の砂と魔物達を強引に吹き飛ばすと、再び迫り来る前に空中を蹴って更に上空へと脱出する。
「【勇聖覇剣】」
続けて同じく【竜血聖躰ノ超越勇者】の内包スキルである【勇聖覇剣】も発動させ、両手の神刀エディステラと神刀アメノハバキリから莫大な量の純聖気を発生させる。
「ーー〈錬星〉。〈純聖ノ剣〉」
二振りの神刀から迸る黄金色の純聖気を素材にして、周囲の空間に権能【錬星神域】で同色の星剣〈純聖ノ剣〉を大量に生み出した。
「さて、聖気はどれほど効くかな?」
全ての純聖星剣を【其を満たす豊穣神の光威】で強化すると、純聖星剣を構成する純聖気が更に爆発的に膨れ上がっていく。
純聖気の増大と共に巨大化した純聖星剣を地上へ射出し、数多の魔物達を一蹴しつつ周辺へと等間隔で突き立てていった。
眼下の砂漠は現実の砂漠でありながらも魔王の力が及んでいる魔王の迷宮でもある。
それを証明するように、純聖星剣が突き立った地点から拡散された純聖気が砂漠から魔王の力を消滅させていく。
数ヶ国規模の広さがある大砂漠からすると、この程度の魔王の力の除去は焼け石に水だろうが、今の俺が欲しいのは魔王の力の有無による砂漠のデータだ。
「……なるほど。これなら少しの修正で良さそうだな」
左手に持つ神刀アメノハバキリを手放して【強欲神の虚空権手】ですぐ近くの空間に滞空させると、代わりに【無限宝庫】から取り出した〈魔源災戦の賢神杖〉を手に取った。




