第315話 各方面の準備
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黄金色の六対の翼を持つ天使系魔物〈熾天使〉種に属する四体が立体的な軌道で襲い掛かってくる。
青色の天使の環を持つセラフが杖を掲げると、自らと他の三体のセラフ達に黄金色の光が降り注ぐ。
Sランク魔物であるセラフ達が高位支援強化を受けて動きが更に鋭くなった。
そんなセラフ達に対して白地に金飾の魔弓〈射殺す必中の弓〉を構え、基本能力【必滅魔弾】により生成された治癒阻害効果を持つ高火力の矢を連続で射掛けていく。
その際に用いる弓術は、神前試合にて〈月天公〉アイラが見せた技だ。
他の二人と戦っている間も【強欲なる識覚領域】と【並列思考】で彼女の動きは観察し記録していた。
容易いことではないが俺の技量と能力ならば、彼女の超人的な技能を模倣することは可能だ。
セラフ達それぞれの武器と翼を狙い撃つことで行動を阻害しつつ、間合いを詰めさせないように後退していく。
接近しながら炎に水、風に土、そして光と、五属性の魔法が次々と放たれてくるが、それらの魔法が現出する前に魔法の起点である魔法陣を射抜き破壊していった。
「……もう少しかな?」
そうした攻防を繰り返しているうちに望んでいた通知が脳裏に浮かび上がってきた。
[ユニークスキル【天空至上の雷霆神】の【偽・全知全能】が発動します]
[既知の情報を元に対象の能力の一定以上の再現に成功しました]
[新規に能力が形成されます]
[スキル【月天公の弓神術】を取得しました]
スキルが形成されると、オリジナルであるアイラの技量に限りなく近い弓術を行使することができるようになった。
この【偽・全知全能】は、【天空至上の雷霆神】の発現に消費された【万能と守護の伝令使】の一部の内包スキルが混ざり合い昇華されたような効果を持つ。
卓越した各種技能が使える【万能ノ技神戯】に、他の情報系スキルなどで集めた情報などを集約・蓄積・精査し答えを導き出す【至高ノ三賢智】、多くの技能に補正を齎す【権威ノ守護杖】といった内包スキルと同じことができるだけでなく、それらの力から新たなスキルを生み出すことまで可能だ。
どんな力でもスキル化できるというわけではなく幾つか条件はあるものの、〈偽〉の文字があるとはいえ〈全知全能〉を騙るだけはある規格外の内包スキルと言える。
「これで今後弓術で困ることはないだろう」
元より模倣できていたところにスキル化による後押しまで受けたため、今では長年使ってきたかのような錯覚を覚えるほどに馴染む。
【神煌天星の極光剣槍】にて光輝く剣槍を具現化すると、フェイルノートの第三能力【魔弾錬成】を使用してブリューナクを一本の光の矢に造り変える。
その光の矢をフェイルノートに番え、第四能力【汝射殺す王の一矢】を発動させて矢弾の一撃の威力と弾速を超強化してから、支援能力を持つ青色の天使の環を持つセラフを射抜いた。
【汝射殺す王の一矢】の効果の一つである『急所に命中した場合は高確率で対象を即死させる』により、胸の中央を射抜かれた青色のセラフが即死する。
「あと三体」
【無限宝庫】にフェイルノートを収納して、フェインに伝説級の魔槍〈疾風穿覇の龍牙槍〉を作ってやった際に一緒に作った黒い魔槍〈悪毒魔王の龍骨槍〉を代わりに取り出す。
後退するのを止めて待ち構えると、赤色の天使の環のセラフと黄色の天使の環のセラフが即座に距離を詰めて武器を振るってきた。
二体のセラフからの同時攻撃を〈聖槍公〉セイラスの槍を使った防御術を模倣して防いでいく。
味方の攻撃の間隙を突くように後方にいる緑色の天使の環を持つセラフも風の矢を射掛けてくるが、その動きは視えているため問題なく魔槍一本で防いでみせた。
三体のセラフからの猛攻を防ぐこと暫し。
先ほども聞いた通知が脳裏に浮かび上がる。
[ユニークスキル【天空至上の雷霆神】の【偽・全知全能】が発動します]
[既知の情報を元に対象の能力の一定以上の再現に成功しました]
[新規に能力が形成されます]
[スキル【聖槍公の護槍術】を取得しました]
目的のモノが手に入ったので一息に前衛のセラフ二体を弾き飛ばすと、その場から上空に向かって高く跳び上がり、セイラスからコピーした【審判ノ聖槍】を発動させた。
裁きの聖槍の力が宿った魔槍ゲイボルグを空中で大きく振りかぶり、後衛のセラフに向かって全力で投擲する。
ゲイボルグ自体が持つ必中能力により、放たれた魔槍は緑色の天使の環のセラフの急所を穿っていった。
「三本じゃなくて二本でもいけるかな」
ゲイボルグを【無限宝庫】に収納すると、この世界に来た初めの頃に使っていた魔剣〈拒み喰らう覇王の剣〉を打ち直し、新たに真竜ファブルニルグの素材も使って新生させた魔剣〈掻き屠る竜葬の覇剣〉を取り出す。
更に魔剣〈無垢なる命喰の霊剣〉も取り出してから、黒き長剣型魔剣グラムと白き長剣型魔剣アルヴドラを両手に取ったまま地上にいる二体のセラフへと襲い掛かる。
今度はこっちの番だとでも言うように〈剣星公〉エーギルの剣術を模倣してセラフ達に猛攻を仕掛けていく。
やろうと思えばすぐに斬り倒せるが、スキル形成が済むまで倒すわけにはいかないので上手く調整する必要がある。
「地味に一番大変だな」
倒し切らないように手加減しつつ全力で超越者候補の技を模倣し振るうのは難易度が高い。
まぁ、これはこれで楽しいので別に構わないのだが。
斬り結ぶ度にセラフ達に傷が増えていく。
発動している能力はグラムは基本能力【竜覇魔刃】のみ、アルヴドラは第三能力【王牙斬り】のみであるが、共に魔剣の攻撃力を強化する類いの能力なのでSランク魔物の身体にも大きなダメージを与えていた。
このままだとスキルが形成される前にセラフ達を倒してしまうかもしれない。
弱い武器や能力を使えば長く戦えるが、あまりオリジナルよりも弱い力だと【偽・全知全能】のスキル形成能力が効果を発揮しないため、こればかりは仕方がなかった。
やがて、あと一撃か二撃で倒してしまうというところで三度目の通知がきた。
[ユニークスキル【天空至上の雷霆神】の【偽・全知全能】が発動します]
[既知の情報を元に対象の能力の一定以上の再現に成功しました]
[新規に能力が形成されます]
[スキル【剣星公の剛剣術】を取得しました]
漸く目的だった全ての能力のスキル形成が終わった。
最後に残っていた二体のセラフにトドメを刺してからグラムとアルヴドラを収納した。
天使系は何度も倒したことがあるからか、【戦利品蒐集】で獲得した新規スキルはなかった。
「お疲れ様でした、リオン」
「ああ、ありがとう。戦闘行為だから特に疲れてないんだけどな」
「精神的には疲れたのでは?」
「まぁ、言われてみれば多少は疲れてるか」
【神魔権蒐星操典】の【天悪顕現之書】で生み出したセラフ達との戦闘を観戦していたリーゼロッテが蒸れタオルを差し出してきたので、礼を言ってから受け取り顔を拭く。
俺は補助系スキルの【疲弊無き戦闘行動】によって、限度はあるが基本的に戦闘行動で肉体が疲れることはない。
戦闘時に限らず肉体と精神の両方で効果を発揮する【疲労軽減】があるので精神面でもあまり疲れていないが、精神的に全く疲れていないわけではないからな。
「これで超越者候補の技は四つ目ですね」
「実際に使うかは分からないけどな」
【天空至上の雷霆神】を取得して間もない頃に【偽・全知全能】のテストがてら、以前ファロン龍煌国で行われた〈武闘覇龍祭〉に変装して参加した時に対戦した超越者候補のベラム・フィスターの技の習得を試みた。
記録していた通りにベラムの武術を再現した結果、【闘仙公の武氣術】の取得に成功していた。
そんなベラムを含めた四人の技能スキルだが、持っていれば何かに役立つ時が来るかもしれない。
「この後のご予定は? 魔王でも倒しに向かわれますか?」
「そんな近所に出掛けるような感覚で魔王討伐に行くわけないだろ」
「リオンなら行きそうですけどね。教皇から許可をもらっていますし」
「〈地刑の魔王〉じゃなくて封印されてる魔王達のことを言ってるのか?」
「はい」
三日前にあった神前試合の後。
アルカ教皇から公式に〈地刑の魔王〉討伐の許可を出されたのだが、その際にエリュシュ神教国で封印・管理している魔王達も討伐する許可が出た。
正確には〈地刑の魔王〉を討伐した結果を以て出されるのだが、リーゼロッテの頭の中では既に許可を得ている認識らしい。
「〈地刑の魔王〉を倒さないと許可は出ないぞ」
「倒せるのでしょう?」
「まぁ、現在進行形で倒す準備はしているし、自信もあるけど。封印されてる魔王達についてはまだ保留だな」
今もアビスエルフのメルセデスと行動を共にしている分身体が、彼女と共にゴベール大砂漠の外縁部で仕込みを行なっている最中だ。
そんな段階だから、封印されている魔王の討伐については今のところ特に何も考えていない。
「ふぅん。準備と言いますと、話に聞く例の超希少なエルフ種と、ですか」
「そうなるな。まぁ、宝物庫探しのついでにやってるだけだよ」
古代の大国であるドゥームディス帝国の隠された遺産の回収作業もいよいよ大詰めに入っている。
残りの遺産がある隠し宝物庫は、位置座標的にゴベール大砂漠内やその近辺にあるモノしか残っていない。
異界に隠されている宝物庫への入り口がある座標の目印となる構造物が、砂漠化によって失われているが、レギラス王国の回収部隊から奪った宝物庫の鍵にあった機能のおかげで方角と大体の距離が分かるため、いずれ到達することができるだろう。
そういった事情からゴベール大砂漠の近くにいた分身体で魔王討伐の仕込みを行なっていた。
「どのくらい仲が良くなったか聞きたいですね」
「うーん、主従関係みたいなものだから正確には言えないが……友人以上恋人未満?」
「秒読みじゃないですか」
「そんなことはないと思うけど」
最近汗を流す際に手伝おうとしてくることは黙っていよう。
断らずに湯浴みの手伝いを受け入れていることも、本名こそ名乗ってないがリオンとしての素顔は既に晒していることも黙っておく。
「彼女は此方に住まわせるのですか?」
「いや、確定じゃないんだけど」
「どうなんです?」
「……まぁ、彼女の種族、という一族のルーツはあの辺りみたいだし、魔王討伐後に作る都市に住むんじゃないかな」
「そうですか。では屋敷に新たな側室部屋を用意する必要はありませんね」
「なんだよ側室部屋って……」
「そのままの意味です」
「……リーゼ、そろそろ城に向かう時間じゃないのか?」
「そうでした。では少し出掛けてきますね」
「ああ。いってらっしゃい」
帝都の屋敷の地下にある鍛練場から出て行くリーゼロッテを見送りながら、既に一ヶ月を切っている婚約発表について考える。
アークディア帝国の年末行事の場では俺の婚約者が発表されるのだが、そこでは皇妹であるレティーツィアだけでなくユグドラシア王国の姫であるリーゼロッテとの婚約も発表される。
正体を明かした上での出会った順番と過ごした時間、あと実家の歴史の長さといった諸々の事情を考慮した結果、リーゼロッテが第一正妻、レティーツィアが第二正妻という立ち位置になったらしい。
ただし、帝国が絡んだ何かしらの式典などに一人だけ正妻を連れて行く必要がある時はレティーツィアが出席するなど、細々とした取り決めが行われているとのこと。
そのあたりのことに関しては俺は口出ししないつもりなので、好きに決めれば良いと思っている。
まだ決まってないことを話し合ったり年末の準備をするために、リーゼロッテは皇城に向かったわけだな。
程なくしてリーゼロッテが屋敷を出て行くと、メイド服を着たエリンが地下へ降りて来た。
「リーゼさんが皇城へ発たれました」
「そうか。ありがとう、エリン」
「いえ、お気になさらず……失礼します」
俺に一言断ってから、エリンが自分の頭を俺の胸元に擦り付けながら匂いを嗅いでくる。
ブンブン振られている尻尾を見ながら彼女の頭を撫でてやると、尻尾の動きが更に激しくなった。
狼人族だけど、ここだけ見たらまるで犬みたいだな。
最近の彼女の流行りなのか、リーゼロッテが俺の近くを離れると密かにやって来て甘えてくる。
鬼の居ぬ間に洗濯のようだが、実際にはリーゼロッテも気付いている。
見て見ぬふりをしてやっているわけだな。
〈地刑の魔王〉を討伐して更に正式な婚約発表も済ませたら、内外で女性絡みのことで色々ありそうだ。
今後のことに思いを馳せていると、鼻息の荒いエリンが俺の首筋に顔を近付けてきていたので、地下に人が来て途中で邪魔されないように無言で結界を張るのだった。




