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第310話 オルウェン



 ◆◇◆◇◆◇



 本体がファロン龍煌国にて外交使節団の一員として晩餐会に出席している頃。

 アークディア帝国に置いている分身体はドラウプニル商会で報告を受けていた。



「ふむ……どこからの提案もパッとしないな」



 場所は神迷宮都市アルヴァアインにある本店の会長室。

 そこの室内にあるソファに身体を預けながら書類の束を捲っていく。

 この書類の束は、〈地刑の魔王〉の支配領域であるゴベール大砂漠の周辺諸国からの購入申込書だ。

 各国からの〈地刑の魔王〉討伐により得られる予定の魔王の支配領域の土地の権利を購入したい旨と、購入に際して対価として支払うモノが記されている。



「一番多いのは各国の君主や有力貴族、有力部族などの娘との婚姻ですね」


「姿絵も同封するほどには本気のようです」


「みたいだな」



 本店支配人であるヒルダと帝都支店支配人のミリアリアからの言葉に相槌を打つと、テーブルの端に山積みになっている姿絵の二つの山に視線を向ける。

 片方は本人の姿をそのまま描いた姿絵で、もう片方は本人を過剰に美化して描かれた姿絵だ。

 前者はまだしも、後者は詐欺行為とも言えるため、〈勇者〉である俺に詐欺行為を働いたという名目で断わるつもりだ。

 すぐにバレる嘘が俺に通じると思っていることが不快だし、俺を騙そうとしたことを許すつもりはない。

 なお、前者に関しては丁寧なお断りの返事を書く予定である。

 ただでさえ、現在進行形で本体の方ではファロンの第二皇女を紹介されている最中なのだから、無闇に嫁をもらう約束を結ぶ必要はない。



「リオン様から任されたのに、有力な取引先を見つけることが出来ず申し訳ありません」


「気にするな。内容が内容だから、取引相手が見つからないのも想定内だ」



 何ヶ月か前にヒルダにゴベール大砂漠の権利の買い手を探すよう頼んでいた。

 その結果、買い手を探しているという情報を掴んだ国々からの、俺にメリットの薄い内容の熱烈なラブコールが殺到することになった。

 他国を出し抜くために好条件を出してくる国がいなかったのは残念だったな。



「にしても、女の紹介が多すぎないか?」


「それはまぁ……」


「周知の事実と言いますか……」


「英雄色を好むと言いますし……」


「少し調べれば事実だと分かるでしょうから……」



 紅く染めた頬に手を当てて恥ずかしそうに言葉を濁すヒルダとミリアリア。

 要するに自業自得だということか。

 まぁ、二人を筆頭に商会の初期メンバーである女性達が俺の女だというのは、いつの間にか外部に知れ渡っていたしな。

 その主な発信源は目の前の二人なのだが、彼女達は頻繁に逆玉の輿狙いの男達から告白されていたため、それらの有象無象を跳ね除けるのに必要なことだったとも言えるため特に何も言うつもりはない。



「ゴホン。それはそうと、魅力的な買い手がいないなら支配領域は俺達で運用するしかないか」


「砂漠のど真ん中ですが、使い道があるのでしょうか?」


「ゴベール大砂漠は魔王の支配領域ではあるが、どうやら大砂漠全てを支配しているわけではないらしい。支配下なのはあくまでも大砂漠の一部のみで、周りの国の人々は長年の経験から魔王の支配領域の範囲をほぼ正確に把握していて、その一帯を大きく迂回するように大砂漠を通る交易路を構築しているみたいだ」



 まぁ、支配下なのは大砂漠の一部のみとは言ったが、その範囲が大砂漠全体の七割ほどなのが問題なのだが。

 そのため、交易路は支配下にない大砂漠の外縁部を大きく迂回するルートになっている。



「なるほど。つまり、迂回しないで済む交易拠点を作るのですね」


「ああ。魔王の居城がある大砂漠の中心部にオアシスでも作ってやれば嫌でも賑わうだろう」


「リオン様の力を使えば簡単に築けてしまえますからね」


「一つ気になるのは、建設予定のオアシス含めた大砂漠はちゃんと俺の領地になるのかどうかだな。元文官としてはどう思う、ミリアリア?」



 祖父がアークディア帝国の文官のトップである宰相であり、自分自身も文官の経験がある知識人であるミリアリアに尋ねた。

 彼女は少し考えた後に口を開けた。



「そうですね……帝国では国外での飛び地の例はあまりありませんが、前例がないわけではありません。陸続きの地ではありませんが、今でも南部のネロテティス公爵は南の海の中にある孤島を領地として所有していたはずです。帝国以外の国に目を向ければ、国外に飛び地を持つ高位貴族は存在しています」


「それなら問題ないのかな?」


「飛び地の周りの国に影響を持ち、世間に力を認められている国や貴族ならば問題ないかと。リオン様は条件を満たしていますし、土地の所有権などにつきましても魔王討伐を果たせば正当性が得られますのでこちらも問題ありません。広義的にはリオン様が未開の土地を開拓したとも取れますので、アークディア帝国の国土が広がってお祖父様達国の上層部はお喜びになると思います」


「確かに、陛下達は飛び地分の税金さえ納めれば簡単に許諾してくれるだろうな」



 ヴィルヘルムや宰相達の仕事がまた増えることになるが……まぁ、そこはいいか。



「大陸中央部に拠点ができるとなれば、商業的に莫大な利益が得られそうですね!」



 ヒルダの発言にミリアリアも同意するように頷いている。

 そのことについては俺も同意見だ。

 〈地刑の魔王〉の支配領域の地理的な価値については気付いていた。

 根回しなどの準備が面倒くさくて他国に高く売り付ける予定だったのだが、思った以上に安く見られていたので、こうなったら自分で活用するしかない。

 大陸中央部の乾燥地域一帯に新たな経済圏と秩序を築き上げるのも面白そうだ。

 ゆくゆくは周りの国をも呑み込む……かどうかは分からないが、それぐらいの力を持つのを目標にするのもいいだろう。

 


「オアシスと都市を作るのは分かりましたが人員は如何いたしますか? 行政の役人や商会の従業員なども問題ですが、何よりも都市に住まう人々を誘致する必要がありますが……」


「それについてはアテがある」



 俺は神塔星教の信者というわけではないが、ある意味ではコレは神の思召しかもしれない。

 二人に少し待っているように告げると、一人の人物を連れてきた。



「……なるほど。そういうことなら任せて欲しい。寧ろ、願ってもない提案。都市に住まう民は勿論、配下には元役人もいるから行政関連でも役に立つはず」



 白銀色の長髪に白い肌、銀灰色の瞳と全てが白い、十代後半ほどの外見年齢をした輝晶人族の小柄な美少女の名はオルウェン・マクリオヴァ。

 数年前まで大陸中央部に存在していた国の元貴族の娘であり、元領民や臣下達からは今もなお慕われている。

 そして、先日のレギラス王国とザルツヴァー戦王国の前哨戦にして代理戦争である戦場にて、魔動機騎の特殊機を駆っていたパイロットでもある。

 戦場に密かに参戦した俺によって特殊機の鹵獲のために殺されたのだが、ユニークスキル【生命宿す貴巧の乙女(ガラティア)】の【神贈製命】の力によって生き返ったため、そのまま特殊機ごと捕まえた。

 それから俺の正体を明かした後、欠損していた腕を治してやったり動かない足の解決策を提示してやった結果、なんだかんだと懐かれたため、取り敢えず商会の装身具部で働いてもらっていた。



「頼んでおいてなんだが、本当にいいのか?」


「何が?」


「都市づくりにマクリオヴァの民ごと関わるとなると、必然的に彼らを率いるオルウェンの生存も明るみになる。そうなれば〈機怪王〉カイ・キリュウが黙ってないだろう」



 国の敗北によって流浪の民となった旧マクリオヴァ領の民達の安住の地を得るために、唯一生き残った領主一族であるオルウェンは〈機怪王〉の元で魔動機騎のパイロットとして働くようになった。

 実績を挙げて領地を賜わるために頑張っていたが、俺に敗北してその夢も頓挫した。

 密かに臣下にだけは生存を知らせることは許可したが、どこにいるかを教えることは許可していないため、仮に〈機怪王〉にオルウェンの生存が知られていても問題はなかった。

 だが、都市づくりのためにマクリオヴァの民が大移動するとなると、彼女の所在がバレるのは時間の問題だろう。



「大丈夫。あの子供よりリオン様の方が断然好み」


「いや、そういうことじゃないんだが……」


「問題ない。戦場で大怪我して死にそうだったのをリオン様に助けてもらい、その恩を返すために私の全てを以て尽くすことにしたと言えばいい」



 命を助けたというか、寧ろ殺したんだが……。



「魔動機騎については?」


「気付いたら放り出されていたから分からないと答えるから大丈夫」



 見事に嘘だらけな内容を平然とした顔で告げるオルウェン。

 流石は孤立無縁の状況から、限定的にとはいえレギラス王国内でそれなりの地位にまで登り詰めただけはある太々しさだ。



「それに、仮にあの子供が私を連れていこうとしてもリオン様が守ってくれるはず」


「……まぁ、命一つ分ぐらいは面倒みるけどさ」


「うん。やはりリオン様は頼りになる」


「そりゃどうも。とまぁ、見ての通り、領民や役人に関してはオルウェンがいるから問題はなくなった」


「「うーん……」」



 だが、俺の言葉を受けたヒルダとミリアリアが悩ましそうに首を捻っていた。

 何に悩んでいるかは想像はつくが一応聞いておこう。



「何か問題があったか?」


「寧ろ問題だらけと言いますか……」


「ご本人の前で言うのも何ですが、あまり一つの他国の、しかも特定の人物を敬愛している民達を新たな都市の主要住民にするのはお薦め出来ません」


「下手すれば乗っ取られる可能性があります」



 ジッと全く笑っていない目でオルウェンを見つめるヒルダとミリアリア。

 商人として濃密な経験を積んできた二人からの圧の込められた視線を受けても、天然娘なオルウェンは涼しい顔をしている……いや、ちょっとは冷や汗をかいているようだ。



「……問題ない。私に権力欲は一切ないし、良くも悪くも民や配下達は私の言うことに従う。数も数百人程度だから、直に都市の民族の中でも少数派に落ち着くはず」


「二人の懸念はもっともだが、いくら俺でもマクリオヴァの民のみに頼るつもりはないぞ。他にも幾つかアテはあるし、あそこら辺の国々で大量に奴隷を買うつもりだ。頑張って働いて自分自身を買ってもらえば解放後も一部は都市に定住するだろうから、住民問題に関しては大丈夫だ」


「……失礼しました。リオン様がその辺りのことに気付いていないわけがありませんでしたね」


「申し訳ありません」



 ヒルダとミリアリアの謝罪を受け入れると、両隣に座る彼女達を慰めるように背中をトントンと軽く叩いた。



「住民関連は大丈夫だが役人関連は門外漢だから、二人にはそのあたりを任せるよ。遠方の地での仕事になるから難しいだろうが、頼りにしているよ」


「はいッ! お任せください。役人雇用だけでなく、上手く新たな商機にも繋げてみせます!」


「お祖父様の伝手も使って品行方正で優秀な人材を確保してみせます!」



 商人気質なヒルダと宰相の胃に穴を空けようとする元文官のミリアリアの発言に苦笑しながら二人の頭を撫でた。

 そんな俺達の様子を眺めていたオルウェンは、徐ろに口を開くと新たな火種を投下してきた。



「大丈夫、お姉様方。住民問題は私がリオン様と結婚すれば万事解決。ちゃんと先輩方の顔を立てるから安心して」



 空気を読んだのか読んでいないのか怪しいラインのオルウェンの発言によって、会長室がまた騒がしくなった。

 あっちもこっちも女性絡みで大変だよな、と自分自身のことを他人事のように思いながら遠い目をするのだった。




 

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