第307話 キトリニタス
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無事に中継拠点都市〈アインブルク〉での仕事を終わらせた翌日。
俺はアークディア帝国の帝都エルデアスにある皇城に来ていた。
「こちらが国からの銀行業と保険業への参入許可証とその書類になります。実際に開業なさる時は此方にご一報いただけると有り難いです」
「ありがとうございます。その際はよろしくお願いします」
宰相から書類の束と許可証を受け取ると、その場で一気に速読していく。
約二ヶ月前にアインブルクの開拓へと向かう前に宰相とは新規事業への参入許可を得るための話し合いをしていた。
審査といった手続きには時間の掛かるのは分かり切っていたので前もって行なっておいたのだ。
十秒ほどで書類の内容を全て頭に叩き込むと【無限宝庫】へと収納した。
「確認は終えたか?」
「はい、陛下。内容は全て把握しました」
どことなく落ち着かない様子のヴィルヘルムに身体ごと向き直ってから端的に言葉を返す。
ヴィルヘルムのこの反応の原因については思い当たる節がある。
というよりも、今日ヴィルヘルム達にアポを取った主な理由なので思い当たるのは当然なのだが。
「うむ。して、今日の謁見は先ほどの二つの事業の許可と、新たな魔王討伐についての話だったな」
「はい。ゴベール大砂漠が支配領域である〈地刑の魔王〉の討伐を考えております」
「〈地刑の魔王〉か。種族は砂漠地帯特有のアンデッドであるマミーと聞いている」
「はい。砂と風を操る日の光を苦にしないアンデッドの魔王だそうです」
「〈錬剣〉や〈悪毒〉とはかなりタイプが違うようだが自信はあるのか? 噂では物理攻撃も魔法攻撃も効き難いという話だが」
「勿論です。これまでに集めた情報から勝利までの道筋は幾つか構築済みです」
「ふむ……リオンには魔王討伐の実績もあるし、そこまで自信があるならば許可しよう」
「ありがとうございます」
「手に入る星域干渉権限で活動拠点のアルヴァアインとその近辺を霊地化するという話だが、他にも使う予定はあるのか?」
「アルヴァアインとその一帯以外に使う予定はありません。ですので、星域干渉権限の残りの力の使い道は陛下達にお任せします」
「そうか? では、そうさせてもらおう。ゴベール砂漠の周辺国との折衝や説得については任せておけ」
「ありがとうございます」
無事に談合が纏まったので、会話の流れで出てきたゴベール砂漠の周辺国についての話をヴィルヘルムから教えてもらった。
それらの国々のことを頭の片隅で吟味しつつ話を元に戻す。
「陛下から許可をいただけましたので、明日以降にエリュシュ神教国へ行ってまいります」
「魔王討伐に向かうための通達だな。確かに、他国からの干渉を避けるには神教国からの許可も得ておいた方が良いだろうな。後で余からも一筆書いておこう。リオンの方からアルカ教皇に手渡しておいてくれ」
「かしこまりました」
「……ところで、今日はリオンから今後も〈勇者〉として魔王討伐へ赴く代わりに献上するモノがあるそうだな?」
「はい。帝国に属する〈勇者〉である私の他国での魔王討伐を今後もお許し頂くために、対価となるモノをご用意させていただきました」
事前に今日の謁見の用件は書簡で伝えていた。
新たに開発したとあるアイテムを献上するぐらいしか書いていなかったが、その内容を読んだ時から気になっていたようだ。
【無限宝庫】の固有収納空間から黄金色に輝く六角柱型の金属塊を取り出した。
「こちらは私が製作した〈聖金霊装核〉という名称の魔導具です。このキトリニタスを〈勇者〉としての暗黙の了解がある故に制限のある私に代わり、帝国の繁栄のために用いていただければと思います」
「キトリニタスか……成型された金塊のような見た目だが、コレはどのような魔導具なのだ?」
「こちらのキトリニタスは初期状態になります。どのような性能を持つかについては、これより実演させていただきます。陛下、私の指に黒と金の色合いの指環があるのが見えるでしょうか?」
「うむ。かなり高位の魔導具のようだな」
「実はこの指環はキトリニタスです」
「……何?」
俺の発言にヴィルヘルムだけでなく、同席している宰相や近衛騎士団団長のアレクシアの頭の上にも疑問符が浮かんでいるようだった。
給仕のために室内で待機しているメイド達は言うまでもない。
皆に見えるように指環を嵌めた手を掲げながら説明を続ける。
「簡単に申しますと、このキトリニタスは所有者が予め設定した複数の形態に自由に切り替えることができるのです。一つは待機形態と言って、普段持ち歩く際の形態になります。私のキトリニタスはこの指環が待機形態です。そしてーー」
俺の意思に反応した指環形態のキトリニタスが一瞬だけ黄金色の結晶体に変化すると、次の瞬間には結晶体は分解されて黄金色の粒子となり、俺の身体へと纏わりつく。
更に瞬き一つ経った時には、俺の身体は黒地に金飾のローブを羽織っていた。
そして、展開されたローブからは薄っすらと〈聖気〉が放たれており、これは聖なる武具である〈聖装具〉の証だ。
「こちらが戦闘形態になります。キトリニタスの使用用途からくる形態名ですね。各形態でもキトリニタスの等級である伝説級を引き継いでいるため、このような布製の衣服や金属製の鎧であっても、各種材質が伝説級の範囲内で発揮できる最大限の性能を持たせることが可能です。勿論、武器形態であっても同様です。それと、お気付きかと思いますが、キトリニタスは聖気を発することができるため聖装具に属しています。誰もが扱える聖装具というわけですね」
「……また凄い物を生み出したな」
「恐れ入ります」
どうにか言葉を絞り出したヴィルヘルムに会釈すると、キトリニタスを元の指環形態へと戻した。
「持ち主によって伝説級の様々な形状の聖装具へと形を変えるというのもキトリニタスの特徴ですが、持ち主によって形を変えるというのはアイテムとしての形状だけではありません」
「……まさかと思うが、有する能力までもか?」
「そのまさかです。能力の全てではありませんし上限もありますが、所有者として登録する際に一部の能力欄のみ能力を任意で構築することが出来ます。自分専用の形状の聖装具に変化し、更に自らに適した能力まで実装することができる……これらが〈賢者〉であり〈創造の勇者〉である私の傑作であるキトリニタスになります」
ハンノス王国の錬装剣からアイディアを得て、六大精霊達の力と【大勇者】の純聖気、そして霊地の星気や精霊達の力も封入して製作した精霊装具であり人工聖装具。
権能【獄炎神域】〈星禍の獄炎〉の獄炎を素材にして、権能【錬星神域】〈虚神の錬星工房〉で神域級アイテム〈星禍の獄炎結晶〉を生み出し、それを【星の天秤】で等価値の神域級アイテム〈星福の聖炎結晶〉へと等価交換してキトリニタスの製作素材に使用している。
また、微量ではあるが〈星鉄〉も使用しているが、〈星福の聖炎結晶〉などの神域級素材はキトリニタスに使われている素材量の数パーセント程度であるため、キトリニタスの等級は伝説級止まりだ。
「アークディア帝国の新たな守り手を生み出すために製作したキトリニタスには三つのタイプがあります。一つは一般的な〈通常仕様〉、そして陛下に献上するこちらの〈皇帝仕様〉。最後の一つは私が持っているこの〈試作仕様〉です」
インペラトールとトライアは一つずつしかないので、この二つ以外は全てレガトゥスタイプのキトリニタスになる。
レガトゥスは伝説級中位、インペラトールとトライアは伝説級最上位という二段階の等級の差があるため、実装できる能力の範囲など一部の仕様が異なっている。
「つまり、このキトリニタスは量産が可能ということか?」
「量産が容易とは口が裂けても言えませんが、素材や資金、時間さえあれば生産自体は可能ですね」
「……先ほど誰もが扱える聖装具と言っていたが、使用制限などはないのか?」
「今回献上致しますコチラのキトリニタス=インペラトールは陛下、正確にはアークディア帝国皇帝専用という使用する際の制限があり、私のキトリニタス=トライアは私専用という制限を付けております。ですが、私達以外の者達が扱うことになる予定のキトリニタス=レガトゥスには今のところ制限は付けておりません」
キトリニタスの仕様上、使用制限ではなく契約条件というのが正しい気もするが使用制限の方が分かりやすいだろうな。
「ですので、陛下にはレガトゥスに取り付ける使用制限を決めていただきたく思います」
「今後もキトリニタスを献上するということか?」
「そうしたい気持ちはありますが、一つのキトリニタスを製作するのに莫大な資金に多数の超々希少素材、長い製作時間が必要となります。今回献上致しますインペラトールと、後日献上を予定しております三個のレガトゥス以降のキトリニタスにつきましては、相応の対価や費用を受けての受注生産になります」
「ふむ。伝説級かつこの性能ならば当然か。費用も他の伝説級の平均価格よりも高額なのだろう?」
「はい。誰でも使える聖装具であり、所有者の望む形状と能力で使用可能という能力を持つという点を考慮しまして、最低でも百億オウロ以上を想定しています。こちらがレガトゥスの仕様書になります。皆様からご意見いただけますと幸いです」
返答とともにキトリニタス=レガトゥスの仕様書をヴィルヘルム達三人に手渡していった。
まず始めにアレクシアが質問してきた。
「レガトゥスには専用鎧を具現化する能力があるのですね」
「はい。レガトゥスで現在想定している使い方は、近衛騎士団以上に人数が限られた超少数精鋭です。全員同じ格好の方が一目でキトリニタスの使い手だと国内外の者達に分かりますので」
「確かに心理的な効果が期待できますね。伝説級の金属鎧の防御力をいつでも自由に具現化できるだけでなく、物理・魔法・属性ダメージを大幅に軽減する効果が得られるのも良いと思います」
「ありがとうございます」
次に意見を述べたのは宰相だった。
「レガトゥスの仕様では全身鎧を具現化するなら戦闘形態は必然的に武器になりますね」
「盾やローブといった選択もありますが、基本的にはそうなるかと」
「なるほど。一つのアイテムで伝説級の武器と防具が手に入ると考えれば百億オウロ以上という価格はお得ではありますね」
最後にヴィルヘルムからも意見を聞いた。
「レガトゥスではこの【能力構築】というのが一つ少ないのだな」
「一枠を専用鎧を具現化する【帝聖霊鎧】に使ってるからですね。それでも二枠あるので十分だと判断しました」
「最初の【聖霊錬装】は二つの戦闘形態と一つの待機形態の登録と固定化を行う能力だから必要なのは当然として、第二能力の【聖金の加護】も確かに必要か」
【聖金の加護】には全属性耐性と状態異常耐性、そして身体能力を強化があり、この能力は両形態でも自動的に効果を発揮する。
使用者の生存力を高めるには必要な能力のはずだ。
「キトリニタスは自由な形と能力が特徴とは言ったが、この三つの能力を見るに使用者登録時にその場で【能力構築】の内容を決める以外にも、予め決めておいてリオンに設定してもらうことも可能なのだな?」
「インペラトールとトライアでは可能ですね。レガトゥスは他の二つよりも質が劣るので、これ以上能力を事前に設定すると他の能力にも影響が出てしまいます」
「ふむ。つまり、インペラトールは可能なのだな?」
「可能です。ただ、その場合は使用者自身で決めるわけではないため、複雑すぎる能力を設定すると想像していた能力とは微妙に違う能力になってしまう可能性がありますが」
「なるほど。ならば、レガトゥスの意見ではないが、インペラトールは余の要望通りの能力をリオンに設定してもらうとしよう」
「よろしいのですか?」
「ああ。そこまで複雑な能力ではないしな。本当に実装できるかは分からぬが」
「後ほどお伺いします」
「うむ、頼む。さて、二人もキトリニタスの性能とコストに問題はないようだな?」
ヴィルヘルムの言葉にアレクシアは頷きを返したが、宰相は渋い表情をしていた。
「陛下、予算にない百億以上もの費用を捻出する余裕なんてありませんよ」
「国防のためだ」
「有用性は理解しましたが、まだ使用制限の設定も実戦能力の確認もしていないうちは追加のキトリニタスを受注する必要はありません」
「相変わらずお堅い奴だな……」
宰相の正論の前にヴィルヘルムは反論の言葉が見つからないようだ。
まぁ、ヴィルヘルムのインペラトール以外にも三個のレガトゥスは献上すると言ってるのだから、コストの面からも当然の判断だよな。
それからレガトゥスの使用制限について話し合っていった。
キトリニタスには帰属特性があるが、アークディア帝国にとって悪しき者の手に渡る可能性は出来るだけ減らすに限る。
となると、今代皇帝かアークディア帝国への忠誠心や愛国心を基準にして設定するのが妥当だろう、という話になった。
だが、その使用可能のラインも決める必要がある。
どうやら、まだまだ時間がかかりそうだ。




