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第298話 人工勇者



 ◆◇◆◇◆◇



 レギラス王国の者達が異界にある古代ドゥームディス帝国の宝物庫に足を踏み入れてから約一時間後。

 宝物庫に保管されている財物を回収しに行った者達が戻ってきた。



「……何者だ?」



 宝物庫の入り口がある遺跡の壁画前の空間、その場所を守っていた兵士達が倒れているのを視認した宝物回収隊のリーダーが誰何してきた。

 素早く武器を構える彼らと視線を合わせると、椅子に座って足を組んだまま自己紹介を行う。



「初めまして、レギラス王国の諸君。私は此処の宝物庫を含めた古代帝国の遺産の正統な継承者にして所有者だ。ふむ、そうだな。私のことは〈禍を引き起こす者(ベルヴェルク)〉とでも呼んでくれ給え」



 アビスエルフであるメルセデスから一滴の血を摂取し取り込むことで変化が可能になった〈アビスハイエルフ〉の姿で、偽りの身分と名前を騙る。

 貴族然とした衣装に身を包む俺の横では、魔導具(マジックアイテム)の力で近隣諸国では珍しくない褐色肌の人族へと変身させたメイド服姿のメルセデスもいる。

 彼女を別種族に変装させたのは、万が一にも今回のことが他所に漏れた時の保険だ。



「あの姿は、まさかアビスエルフか?」


「現存していたのか」


「しかも、この感覚は上位種……」



 レギラス王国の者達が期待通りの反応を見せたのに満足すると、指を鳴らすアクションとともに【天威結界術】で遺跡周辺を空間的に隔離した。

 指を鳴らすアクションを見せたのもあって、自分達が結界内に囚われたことに気付いたレギラス王国の者達から殺意と戦意が立ち昇る。



「何のつもりだ?」


「それは此方のセリフだと思うが? 盗人をそのまま見逃してやるほど私は寛容ではないのでね。私の種族を知っているならば、自分達の方に非があることは理解しているのだろう?」



 宝物庫の入り口前で警備を行なっていた兵士達から諸々の情報は入手済みなので、彼らがドゥームディス帝国やアビスエルフについて知っていることは間違いない。



「お前がドゥームディスの末裔とは限らん」


「そうかもしれないな。だが、アビスハイエルフたる私の方がキミ達よりは信憑性がある」


「……」


「此処で得た財物は全て置いてゆけ。そして、これまでに盗んだ我らが遺産を返還し、王国には宝物庫に不法に侵入した賠償金を支払ってもらおう」


「……末裔を詐称する者と交渉する気はない」



 集団のリーダーが片手を挙げると、発動待機状態だった魔法が大量に放たれてきた。

 小手調べはなく初手から殺意一色の攻撃だ。

 迫る全ての魔法を展開した多重障壁で防ぐと、ワイングラス内に残っていた酒を飲み干した。



「交渉は決裂か。王国ご自慢の〈人工勇者〉の数が減ってしまうが、まぁ自業自得だよな?」


「……我々のことについて詳しいようだな」


「私が知っているのは、キミ達が〈機怪王〉の力で造り出された紛い物の〈勇者〉であるという噂ぐらいさ。まぁ、本物の〈勇者〉を知っている私からしたらお粗末な力だがね」


「では、本当に粗末か否かは、身を以て確認するがいい!」



 人工勇者達の内の半分が手に持つ聖剣を振るい、聖なる斬撃を飛ばしてきた。

 直撃コースの五つの斬撃を前にして、【煌血の大君主】の【煌血魔皇サングイス・インペラトル】の力を発動させた。



「ーー煌血装(ブルート)血戦ノ竜公騎聖(アルカード)〉」



 椅子に座る俺の手から大量の血が吹き出すと、右斜め前の位置に血が集まり、黒血製の鎧を身に纏い、聖なる紅槍を携えた黒い長髪に顎髭の偉丈夫が生成された。

 そのアルカードが紅き聖槍を一振りすると、それだけで五つの斬撃全てを粉砕してみせた。

 前衛を生み出したら、次は後衛だ。



「ーー煌血装〈支配ノ鮮血女王(カーミラ)〉」



 アルカードの反対側である左斜め前の位置にも、同じようにして黒血製のドレスを着た無手の紅い長髪の妖艶な美女を生成する。

 これで準備は良し。

 それぞれ一体ずつしか生み出せない特別な駒だが、消費魔力が膨大なだけあって性能(スペック)的には上級Sランクの冒険者に匹敵する。

 相手側にはSランク相当の人工勇者が十名ほどいるが、たぶん大丈夫なはずだ。

 あとは、状況が動かない限りは静観するとしよう。



「紛い物共の身体を調べたいから、出来るだけ原形を残した状態で生かしたまま捕えろ。それ以外は好きにしていい」



 俺の命令を受けたアルカードとカーミラが行動を開始する。

 その様子を眺めながら、テーブルの上に置いてある空のワイングラスを手に取る。

 メルセデスに給仕技能はないので自分でワイングラスにボトルの酒を注ぐ。



「……余裕がありますね」


「俺の正体を知る者なら納得すると思うぞ」


「ご主人様の正体が気になります」


「奴隷解放後も俺の元にいれば教えるとも」


「……」



 無言でジッと見つめてくるメルセデスの視線を身に受けながらグラスを傾ける。

 試しに【時間と洞察の魔権(ヴァサーゴ)】の【時間操主】でボトル内の時間を進めて熟成させてみたが、作ったばかりの頃よりも美味くなっている気がする。

 リンゴっぽい〈黄金星果(イズン)〉で作った酒だから、分類的には林檎酒(シードル)と思ったが、その味わいは葡萄酒(ワイン)っぽかった。

 長期熟成に向かないシードルとは違って黄金酒は長期熟成に向いている点もワインに似ていた。

 まぁ、ワインも種類によって長期熟成の向き不向きがあるのだが、そこについては気にしないでおく。

 今回時間を進めた結果、何故か蜂蜜酒っぽくなっていたのが謎だったが、こういう摩訶不思議な点はまさにファンタジーな果実酒と言えるだろう。

 もしかすると、熟成期間に従って味が根本的に変化するのかもしれない。

 今後も色々と試してみるとしよう。



「……酒の肴に観る見世物としては及第点だな」



 カーミラが生み出した大量の血槍が、レギラス王国の者達へと雨のように降り注ぐ。

 その血の雨の中を疾走するアルカードが、人工勇者達を無視してレギラス兵達を次々と刈り取っていく。

 アルカードに狩られたレギラス兵の血はカーミラの元へ集まり、彼女の足元に広がる血の池へと貯蔵(プール)される。

 カーミラが血の池の血を使って生み出した準Sランク相当の紅色の騎士である〈煌血騎士(ブルートリッター)〉達が戦線へと加わる度に、彼我の戦力差が広がっていく。


 互いに繰り広げられる攻防の合間に、優雅に観戦している俺へと【戦争と射手の統魔権(レラジェ)】の持ち主が矢を放ってきた。

 一息の間に射られた十の矢がカーミラによる迎撃を掻い潜り、意思を持つような動きで俺へと迫る。



「【暴風神魔(ルドラ)】」



 矢が直撃する直前、俺とメルセデスを取り囲むようにして一瞬で発生した暴風が全ての矢を吹き飛ばした。

 宙を舞う十の矢を【強欲神の虚空権手】で確保すると、往路以上の速さを持って射手へと送り返す。



「お、ノーダメージか。それが【代償の贄】だな?」



 全ての矢は確かに射手である【戦争と射手の統魔権】の持ち主に直撃したが、当人がダメージを負った様子はなかった。

 その代わりに、近くにいた十人の兵士達が突然吐血し、身体の一部から瞬く間に広がっていった細胞の壊死により即死した。

 これは、射手が放った矢には細胞を壊死させる【戦争と射手の統魔権】の【死滅兇弾(ネクローシス)】が付与されていたのと、リーダーが持つ【盗奪と形代の統魔権(ヴァレファール)】の内包スキル【代償の贄】によって人工勇者達が負うダメージを周りの兵士達が肩代わりするようになっていたからだ。

 スキルの効果的に試し難かったので、目の前で実演してくれたのはラッキーだったな。



「面倒なスキルだが有効範囲は広くない。周りの兵士達を全て討てば済む話だ」



 とはいえ、そのことは向こうも承知しているようで、全部で十名いる人工勇者達が三手に分かれて攻撃を仕掛けてくる。

 一方は紅き聖槍で兵士達を鏖殺しているアルカードに攻撃を仕掛け、もう一方はカーミラへと攻撃を開始していた。

 残る一つ、というより一人は先ほどの魔権持ちの射手で、遊撃として戦場全体へと援護射撃を行なっている。

 まぁ、妥当な分け方だな。


 人工勇者達が扱う武具も〈機怪王〉によって造り出されたアイテムらしく、一つ一つから聖剣のような聖気が感じられる。

 見た感じでは俺のお手製の聖剣とは違って、一から十までスキルの効果で自動的に造られた聖剣のようだ。

 一流の職人が手作業で作ったオーダーメイド品と工場で大量生産された市販品の違いとでも言うべきか。

 聖剣として使う分には不足はないように見えるので、紛い物とはいえ〈勇者〉が扱う聖なる武具としては申し分ないだろう。



「くそッ! この血の壁、硬えな!」


「血の刃も厄介だぞっ!」


「無闇に突っ込むな! 身代わりが発動し過ぎたら終わりだぞ!」


「分かってるッ!」



 カーミラと戦っている三人の人工勇者の声が聞こえてきた。

 カーミラの周りで流動的に蠢く血の壁を突破することが出来ないようだ。

 その血の壁やカーミラの足元の血の池から放たれてくる血の刃が人工勇者に直撃する度に、戦場にいるレギラス兵達の身体が両断されていく。


 人工勇者達は、〈機怪王〉の神域権能(ディヴァイン)級ユニークスキルの力による擬似的な勇者化のおかげで身体能力は格段に上がっている。

 その身体能力ならばカーミラの血の刃ぐらい躱せるはずだが、時折避け切れずに直撃していた。

 リーダーによる身代わりの守護もあって油断している以外にも、勇者化によって向上した身体能力をまだ完全には扱えていないのだろう。



「そんなリーダーは単独で俺への攻撃か?」


「チッ、喰らえッ!」



 攻撃行動を取ったことで【盗奪と形代の統魔権】の【存在欺瞞】によるステルス状態が解除され、誰もいない場所から宝物回収隊のリーダーが姿を現した。

 彼が両手に構える二丁拳銃からは聖気を感じるので、分類的には魔銃ではなく聖銃ってところか。

 その二丁の聖銃の銃口から魔弾ならぬ聖弾が射出される。

 魔力に対する特効を持つ聖気製の弾丸ならば、先ほど展開した純魔力製の多重障壁を破壊することは容易いだろう。

 まぁ、その土俵に立ってやる筋合いはないのだが。



「〈防げ〉」



 その言葉の直後、聖弾が射線上に突如出現した見えない壁に阻まれ、数メートル手前で消滅する。

 ふむ。本体の方で生み出したばかりの【空想具象(ファンタズム)】を使ってみたが、これが中々扱いが難しい。

 膨大な量の魔力を使用することは別に構わないのだが、発動させる事象の固定化が厄介だった。

 【空想具象】の効果を端的に表すと、『脳内でイメージした事象を現実に具現化する』ということになる。

 つまり、脳内イメージさえしっかりしていれば大体のことは現実化できるスキルなわけだが、このイメージというのが曲者だ。

 なまじ、様々なスキルを持っている所為で、この事象はあのスキルでも可能だという思考が頭を過ぎってしまい、イメージした事象と実際に現実化した事象に微妙なズレが生じてしまっていた。



「まぁ、まだ手に入れたばかりだから仕方がないんだけどな。〈深淵の徒〉」



 取り敢えず、今は繰り出す現象に適当な言葉を充ててイメージ通りの形に固定化させることにした。

 既存のスキルとは慣れてきたらイメージだけで使えるようになるだろう。

 裂けた空間の切れ間から、黒い冒涜的な色合いをした触手の群れが現出する。

 精神力が削られそうなデザインをイメージしたのもあって、見た者の精神にダメージを与える効果もあるようだ。

 この辺のイメージしたモノと、実物に付加されている効果の差異についても要検証だな。



「ご、ご主人様っ?」


「あのまま見続けていたらメルセデスの精神も破壊されていた。許せ」


「い、いえ。ありがとう、ございます?」



 黒触手から放たれてきた波動は味方の精神までも破壊する仕様だったので、傍にいるメルセデスを抱き寄せて物理的に黒触手を見えないようにした。

 それでも不安があったため、彼女を守るためにアビスハイエルフの種族特性である精神干渉能力で放たれてくる波動を相殺しておいた。



「ぎ、キャアがアァあぁーーーッ!?」


「イヤぁァーーッ!?」


「ひ、ヒヒぃッ、ハハっハハハッ!!」



 精神攻撃に対する対抗策のない残りのレギラス兵達が次々と発狂していく。

 人工勇者達は〈勇者〉として後天的に付加された力と、聖剣などの聖気によって耐えていた。

 それでも目や耳から血が流れ出ている者もいるので、全ての人工勇者が無事とはいかなかったようだ。

 それにーー。



「グハッ!?」


「ガッ!?」


「ギャッ!?」



 聖なる武具を盾代わりにして耐えていた人工勇者達へと、横合いからアルカードとカーミラが襲い掛かる。

 生物ではない二体に精神攻撃など意味が無いので、突然現れた黒触手を無視して攻撃を続行していた。

 狙ったわけではないが、どうやらリーダーの精神が乱されたことで【代償の贄】が解除されたらしく、他の人工勇者達に攻撃が通るようになっていた。

 紅き聖槍で二人の人工勇者を串刺しにしたアルカードと、足元から伸ばした血の刃で三人の人工勇者の四肢を一斉に斬り落としたカーミラ。

 ちなみに、大量に生み出された煌血騎士達は、発狂し叫き続けるレギラス兵達を沈黙させながら、遠距離から黒触手へと矢を撃ち続けている魔権持ちの射手を追撃している。



「やはり精神系は強いな。〈魔樹新生〉」



 射手の移動先にある樹々へと【空想具象】を発動し、普通の樹々を植物系魔物へと変化させた。

 既に存在するモノを造り替えるという〈機怪王〉の能力のマネをしてみたが、意外なほどに上手くいったな。

 まぁ、突発的に試したのもあってイメージは弱く、生み出された植物系魔物も弱かった。

 多少の足止めはできたが、あっさりと射手によって掃討されていた。


 ここぞとばかりに抱き寄せたメルセデスの頭を撫でつつ、次に現実化するイメージ事象を考える。

 肉感的なメルセデスを抱き寄せてるのもあって思考が色欲(ピンク)一色に寄ってしまっているので、思考を分割して【空想具象】専用の思考領域を用意することにした。

 主要(メイン)思考の方で空想事象の大まかな要望(オーダー)を出して、専用思考の方で受け取ったオーダーを具体的な形にする感じだな。

 予めプロセスを分けておけば誤って具現化してしまう事故もないだろう。



「〈愚者の鏡影(ドッペルゲンガー)〉」



 まだ無事な五人の人工勇者と同じ数、同じ姿、模倣した能力を持つ偽物であるドッペルゲンガー達を具現化させてから、人工勇者達の元へと送り出す。

 そんなドッペルゲンガー達と入れ替わるようにしてアルカードとカーミラが、瀕死状態の人工勇者達を連れて戻ってきた。



「ご苦労だった。戻れ」



 人工勇者達を近くの地面に寝かせた二体は、一度頷きを返してから身体を血液へと液体化させて、差し出した俺の手を通して体内へと吸い込まれていった。

 


『エジュダハ。そちらの研究所へ送るぞ。本体は今いないから、お前の方で作業を進めておいてくれ』


『かしこまりました』



 使い魔との繋がりを通した思念で連絡を取ると、瀕死状態の人工勇者達を権能【強欲神域】の固有領域〈強欲の神座〉へと送り込んだ。

 残りの五人の人工勇者達は同数のドッペルゲンガー達と大量の煌血騎士達だけで捕えることができるだろう。

 人工勇者以外のレギラス兵達の掃討は済んだし、黒触手はもう用済みだな。

 そのようにイメージすると、ウネウネと動いていた黒触手が魔力粒子となって消滅した。


 跡形も無く消せるのは後始末が楽でいい。

 先ほど射手の足止め、というか嫌がらせのために魔物化させた樹々も、倒されてからは元の普通の樹々に戻っていた。

 どうやら元々ある存在を造り替えても、破壊されるか能力を解除したら元の存在に戻ってしまうようだ。

 【空想具象】は、あくまでも空想したモノを一時的に現実世界へと具現化させるだけであって、本物の存在として〈創造〉するわけではない。

 例え、元々ある存在を造り替えたとしても、その能力のルールからは逸脱することはできないみたいだな。


 既に精神攻撃持ちの黒触手は消滅しているが、人工勇者という敵はまだいるので、全ての敵が無力化されるまでメルセデスは抱き寄せておこう。

 新参超越者である〈機怪王〉によって生み出された人工勇者達からは、どんな戦利品が得られるのだろうか。

 上手くいけば、〈機怪王〉の力の一端でも得られるかもしれないので、今から解析するのが非常に楽しみだ。




 

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