第297話 オートマタと力
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「ーーふむ。全ての個体に異常は無いようだな」
「はい。このまま実働させても問題ないかと思われます」
使い魔であり助手であるエジュダハの発言に頷きを返す。
今いる場所は、異界にある固有領域〈強欲の神座〉内の秘密研究所〈偉大なる秘法〉のとある広間。
その広間に整列している者達は皆一様に壇上にいる俺とエジュダハを見上げている。
彼ら彼女らの外見は一見すると普通の人族のように見えるが、その正体は人型魔導具〈魔導人形〉……だったものだ。
現在の名称は〈魔精人形〉。
簡単に言えば、人型のゴーレムとも言える存在だったドールズに、自我が形成され始めた中級精霊を宿らせたモノだ。
ドールズのゴーレム然とした時とは異なり、中級精霊という一つの個が宿っているため、自然と自己意識が生まれている。
経緯も仕組みも異なるが、道具に魂が宿るという部分だけをみれば付喪神に近いかもしれない。
オートマタ達を生み出した目的は、一言で言えばドラウプニル商会や関連施設の人材不足解決のためだ。
だが、その真の目的はオートマタの本体である中級精霊が、各種業務を通して人や社会と関わることで自らの存在力を高めて、上級精霊へのランクアップを目指す点にある。
六大精霊達の契約者として、下位の精霊達の成長に手を貸すのは吝かではない。
元より確立した自我と存在力のある上級精霊はまだしも、自我の薄い中級精霊と自我の無い下級精霊がランクアップするには、基本的に人類と契約して存在力を高める必要がある。
有象無象の下級精霊達は、人造精霊である最上級精霊〈拠点精霊〉へと融合・昇華されたり、召喚系レンタルスキル【戦霊騎士召喚】を構成するのに使うことで、裏技的にランクアップを目指すという道がある一方で、中級精霊は手付かずの状態だった。
なまじ自我が生まれているから自我をそのまま活かす方法に悩んでいたのだが、エジュダハからエンジュが持っていた式神系の関連知識や技術を手に入れ、この付喪神形式の方法を思いついた。
各種業務を円滑に進められるようにオートマタの頭部には、演算装置である魔導頭脳が積まれており、このパーツが中級精霊の思考力や記憶力を補助している。
魔導頭脳は中級精霊達の自我を育むのにも役立つだろう。
また、中級精霊達が直接宿る核の部分には、エンジュがリンファの力を封じるのに使った符術の技術と、俺が現在開発中のとあるアイテムの技術を組み合わせて作った〈精霊核〉を使っており、精霊の保護以外にオートマタの身体で精霊の力を扱う際の補助機能もある。
宿る中級精霊によって振るう精霊の力の属性は異なるが、オートマタが物質的存在かつ人型故に人類同様に道具や魔導具を使用することができるので大した問題ではない。
ドールズの時よりも十全にアイテムや設備を扱えるので、各々の業務でも活躍してくれるはずだ。
「よし。では予定通り、ドールズの時に配属していた場所で働いてもらうとしよう」
「かしこまりました。身体の新規製造は如何致しますか?」
「一先ず今ある分だけでいいだろう。全ての中級精霊達に魔精人形としての身体を用意したら、通常契約を行う中級精霊がいなくなるからな」
「確かにマスターの仰る通りですね」
オートマタ達に宿る中級精霊達の契約者だが、元ドールズである身体そのものが擬似的に契約者の役割を果たしている。
正確にはドールズの身体を作った俺が契約者に該当するのだが、まぁ些細な違いだ。
「基本的な知識は各々の魔導頭脳に入力してあるが、実際に人と関わっている内に分からないことなどが出てくるだろう。その解決のために周りの者に尋ねたり、自分で調べたりすることもお前達の成長に繋がるはずだから、業務に支障が出ない範囲なら好きにしていいぞ」
「「「かしこまりました、マスター」」」
研究所にいるエジュダハのマスター呼びを真似したらしきオートマタ達からの承諾の返事を受け取ると、各々の配属先へと連れていく。
事前に配属先には話を通しているので、彼ら彼女らの紹介はすぐに終わった。
全てのオートマタを送り終えると再び秘密研究所へと戻った。
「さて、次は解析の終わった丹薬の吸収だな」
「皇室秘蔵のレシピにより作られただけあって非常に興味深い構成でした。新たな丹薬の開発に活かせる部分も多く、これで研究が更に進められそうです」
「それは良かった」
エジュダハからの要望があったので龍煌国から報酬として貰った仙霊級丹薬の解析には時間を掛けたが、丹薬の研究開発の役に立ったなら何よりだ。
「スキルが手に入ったら相性次第でそのまま融合も行うから、俺への解析は続けていてくれ」
「承知しました」
エジュダハが俺に向けて解析装置を操作しているのを確認すると、ジン・オウとして武闘大会に出場して手に入れた霊級丹薬から順番に摂取していった。
[アイテム〈霊級丹薬:豊饒〉を使用します]
[該当アイテムの力を吸収中です]
[吸収作業が完了しました]
[特殊条件〈生命神の加護〉〈大地神の加護〉などを達成しました]
[スキル【豊饒の命種】を習得しました]
[アイテム〈霊級丹薬:登仙〉を使用します]
[該当アイテムの力を吸収中です]
[吸収作業が完了しました]
[特殊条件〈超越思考〉〈超越精神〉などを達成しました]
[スキル【意思拡張】を習得しました]
[アイテム〈仙霊級丹薬:煌核珠〉を使用します]
[該当アイテムの力を吸収中です]
[吸収作業が完了しました]
[特殊条件〈星気熟練〉〈星気適合〉などを達成しました]
[スキル【星気結晶】を習得しました]
[アイテム〈仙霊級丹薬:地龍〉を使用します]
[該当アイテムの力を吸収中です]
[吸収作業が完了しました]
[特殊条件〈大地神の加護〉〈豊饒因子〉などを達成しました]
[スキル【大地吸収】を習得しました]
[アイテム〈仙霊級丹薬:虚宝〉を使用します]
[該当アイテムの力を吸収中です]
[吸収作業が完了しました]
[特殊条件〈造形神の加護〉〈創造の勇者〉などを達成しました]
[スキル【具象の源素】を習得しました]
ふむ。一部の丹薬からはスキルが手に入ることは聞いていたが、まさか全ての丹薬からスキルが手に入るとは……。
まぁ、何はともあれ、コレらも融合素材に使えるようだ。
【混源の大君主】の【始原ノ泥】で生み出した創造補正を齎す同名アイテムを用意してから、【混源融合】にて融合を行う。
[対象を融合します]
[【魔装具具現化】+【自然交感】+【意思拡張】+【具象の源素】+〈始原ノ泥〉=【空想具象】]
[【星気結晶】+【星気蒐集】+〈始原ノ泥〉=【星気宝晶】]
リンファが持つ【神通力】を習得する前提条件の一つである【意思拡張】を融合素材にしてしまったが、【空想具象】はおそらく【神通力】の同格に値する。
効果的に既得スキルと被る部分がある【神通力】よりはコチラの方が役に立ちそうなので良しとしよう。
【星気結晶】は、非実体の流動的なエネルギー体で体内保管していた星気を、実体のある物質的な結晶体で体内保管できるようにする龍煌国の皇族秘蔵のスキルだ。
保管した星気が霧散し難くなるだけでなく、星気の凝縮による物質化により、体内星気の上質かつ高出力化を実現できるため、星気を扱う者からしたら垂涎もののスキルと言える。
【星気宝晶】では更に性能が上がっており、星気の吸収性能も強化されているので、【吸星仙術】との相乗効果にも期待できそうだ。
「良いスキルが出来たな」
「おめでとうございます、マスター」
「ありがとう、エジュダハ。複製した二つの霊級丹薬はエジュダハも使うといい。お前の身体ならば丹薬を吸収することができるはずだ」
「はっ。感謝致します」
エジュダハは〈死星命魂霊鬼〉という新種族の魔物にして、〈生命〉と〈死〉、そして〈星〉を司る〈精霊〉だ。
賢者級の人間の魂を素体に、神域権能級ユニークスキルの内包スキル【死徒創生】にて生み出したイレギュラーな新種族なので、丹薬の吸収ぐらいわけないだろう。
「クランの遠征前にオートマタの配備が済んで良かった……おや。向こうにも動きがあったか」
「向こうと言いますと、どちらの?」
「宝探しの方だ」
大陸中央部の各地に点在する、古代ドゥームディス帝国の遺産である隠された宝物庫を探し回っていた分身体へと意識を傾けた。
直感だが、色々と収穫がありそうな気がするな。
◆◇◆◇◆◇
「敵でしょうか?」
「まぁ、少なくとも商売敵ではありそうだ」
同行者にして俺の奴隷であるアビスエルフのメルセデスからの問いにそう答えると、身を隠している大樹の陰から顔を出して、百メートル以上先にある遺跡の様子を窺う。
森の中にあるかなり古い遺跡の壁画前には多数の人影が見える。
一部の者達を除けば統一された装備なので、彼らが一つの組織や勢力に属していることは明白だ。
「これまでに回った殆どの宝物庫が空だったのはアイツらが原因なのかもな」
「どこの者達なのでしょう?」
「多数いる兵士らしき奴らの装備からしてレギラス王国の者達だろう」
「レギラス王国……最近超越者になった者がいる国でしたか?」
「ああ。次期国王の方の国だな。もう一方の新参超越者の国との戦争に向けた戦力強化のために、ドゥームディス帝国の宝物庫を暴いているのかもな」
この半月でメルセデスも随分と普通に話してくれるようになった。
結局、なんで俺を見て困惑していたかは分からず仕舞いだが、普通に会話ができるようになったから別にいいだろう。
そんなメルセデスと共に遺跡の方を眺めていると、兵士の格好ではない一部の者達が遺跡の壁画に何かをすると、その空間に隠された宝物庫への道が開かれた。
肉眼で眺めるのとは別に【強欲なる識覚領域】で確認したところ、手のひらサイズの球体を壁画に翳したことで空間が開いたようだ。
「どうやら鍵らしきアイテムを使って入り口を開けたみたいだ」
「鍵、ですか?」
「ああ。球体型のアイテムだ」
「……私は実物を見たことはありませんが、過去に紛失したドゥームディス帝国の宝物庫の鍵の形状は球体だそうです」
「ほほう。だから、これまで宝物庫の中身は無くても罠はそのままだったんだな」
これまでに回った隠された宝物庫は七ヶ所。
その内、お宝が手に入ったのは一番目と四番目に回った宝物庫のみ。
この二ヶ所以外はレギラス王国に盗られたのかもしれない。
まぁ、俺達やレギラス王国の者達よりも以前に、ドゥームディス帝国の生き残りとかが大昔に回収した可能性もあるけどな。
「鍵はドゥームディスの直系にしか使えないはずですが……」
「噂に聞くレギラス王国の超越者の力ならばあり得ない話じゃない」
「そうなのですか?」
「ああ。ある意味では反則的な力だからな」
これまではSSランクである超越者達のユニークスキルの詳細は、神域権能級ユニークスキルである【魔賢戦神】の内包スキル【情報賢能】の力を以てしても分かるのは一部の内包スキルの名称だけだった。
だが、約一ヶ月前の龍煌国でのマルベム討伐で基礎レベルが上がったことにより、超越者達のユニークスキルの内包スキル名だけは看破できるようになっている。
相変わらず内包スキルの効果などは解析出来ないが、スキルの名称と集めた当人の噂から大体は予測することは可能だ。
おそらく、〈機怪王〉が持つユニークスキルの力でドゥームディスの鍵を改造したのだろう。
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【戦争と射手の統魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
[ユニークスキル【盗奪と形代の統魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
[ユニークスキル【環境と学術の統魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
それにしても、〈機怪王〉のユニークスキルの力を警戒して近寄れなかった魔権系ユニークスキル持ちまで動員しているとはラッキーだったな。
あの兵士の格好以外の者達の中に魔権系ユニークスキル持ちがいるのだが、彼らの正体については大体予想はつく。
もし最近出回っているレギラス王国の噂が事実ならば非常に興味深い存在だ。
詳しく調査すれば間接的に〈機怪王〉の力も調べられるだろう。
生きたまま捕らえるか否か、そもそも敵対するか否かを悩みつつ、開いた空間の先にある隠された宝物庫へと向かう彼らを見送った。




