第279話 風光と取得
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「ーーん?」
武闘大会〈覇龍武闘祭〉の本選会場である闘技場内を歩いていると、ふと脳裏に通知情報が浮かび上がってきた。
[発動条件が満たされました]
[ユニークスキル【神魔権蒐星操典】の固有特性〈魔権蒐集〉が発動します]
[対象の魔権を転写します]
[ユニークスキル【取得と探求の統魔権】を獲得しました]
[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書】へと保管されます]
どうやら俺達から少し離れたところを歩く真古龍人族の男性を視界に入れたことで自動発動したようだ。
事前情報によれば、確か彼は優勝候補の一人だったかな?
今歩いている場所は、本選出場選手とその関係者のための個室の観覧席があるエリアの一角だ。
選手同士のトラブルを避けるために観覧席ごとの距離は空いており、選手用観覧席がある上階への出入り口も複数あるのと闘技場の広さも考えれば、他の選手とかち合うことはほぼないだろう。
それなのに後ろ姿とはいえ優勝候補の一人を目視することになり、彼のユニークスキルをコピーできたのは運が良いのかもしれない。
手に入れた【取得と探求の統魔権】の詳細を確認する。
一言で言うならチート、という感想を抱かざるを得ない性能のユニークスキルだった。
流石は大国の武闘大会なだけあって良い能力を持つ者がいる。
意識をユニークスキルから前方に戻すと、彼の姿は既に見えなくなっていた。
観覧席エリアに向かう前に見たトーナメント表によれば、彼は反対側なので戦うとしたら決勝戦になる。
だが、今のところは黒龍剣の選定基準に引っ掛かりそうな優勝者や準優勝者を決める決勝戦まで進むつもりはない。
優勝するのが目的なら話は別だが、ファロン龍煌国に来たのは〈天喰王〉リンファに呼び付けられたからなのと、少しでも下手に出ないために彼女自身に気付かせる目的で武闘大会に出場しているだけにすぎない。
まぁ、本選トーナメントは勝ち進めば進むほどに賞品と賞金が豪華になっていくため、最も豪華な優勝賞品には興味が惹かれてはいる。
優勝者は仙霊級丹薬の中でも特に貴重な物が二つ、準優勝者は一つ貰えるらしく、丹薬以外の賞品も中々に魅力的だ。
三位と四位でもワンランク下の霊級丹薬が貰えるようなので、狙うとしたら三位か四位だろうか。
準決勝で勝ってから負傷を理由に棄権すれば、続けて行われるもう一方の準決勝がそのまま決勝戦に変わるかもしれないし、ちょうど良いかな?
「どうしましたか?」
「いや、準決勝で勝って棄権すれば黒龍剣による選定からは逃れられるかな、って思ってな」
「無理だと思いますよ。見る者が見れば余力を残して棄権したのは分かるでしょう。天喰王は眼が良いそうですから見抜かれるのは確実ですし、国に囲い込む目的で黒龍剣と対面させられるのでは?」
なるほど。確かに無いとは言い切れないか。
だからと言って、わざと試合で負けるのは性に合わない。
試合に勝った後で棄権するなら別に構わないんだが、試合で負けるのはプライド的にな……。
「まぁ、最悪トンズラすればいいさ。その場合は賞品を貰えないだろうから最終手段だけど」
「リオンくん、その黒龍剣の選定って、剣に選ばれたら必ず受け入れなければならないの?」
「たぶん、そうだと思いますよ。黒龍剣を始めとした四煌剣は自らの担い手を選ぶ気難しい魔剣なので、せっかく見つけた担い手を国が見逃がすことはないでしょう」
「うーん、確かにトンズラするしかなさそうね」
「そうでしょう?」
俺に割り当てられた観覧席の部屋に入ると、軽く室内をチェックしてから各々が好きな席に座る。
「リオン様」
「どうした、シャルロット?」
「リオン様はとある称号の効果によって、凡ゆる刀剣への適性があり支配できるのでしたよね?」
「ああ。実際に全ての刀剣を確かめたわけじゃないから、正確にはおそらく、と言うべきだろうけど」
前の異世界由来の称号と思われる〈星剣の主〉の効果だが、実際のところの真偽は不明だ。
仮に称号効果が無くても【強欲神皇】などの力を使えば刀剣に限らず、使用者が定められている凡ゆるアイテムを強制的に使うことはできるだろうな。
「その力を使って黒龍剣を支配して、適合者だと反応しないように命じることはできないのでしょうか?」
「ふむ。出来るかもしれないが、衆目に晒される中で細工をできるかの自信はない。復元後の紅龍剣に初めて触れた時は、触れた瞬間に刀剣全体が炎気を発していたが、黒龍剣も似たような反応を取るかもしれないからな……」
それ以降、【無限宝庫】から紅龍剣を取り出す度に自分を使ってくれって喚くようになった。
分身体で偶に使うようになってからは大人しくなったが、黒龍剣もたぶん似たような現象が起こるだろう。
「リオン様は紅龍剣を所持していらっしゃるのですね」
「ああ。偶々見つけたんだ。内緒だぞ?」
「かしこまりました」
そういえば、俺が黒龍剣と同じ四煌剣であり龍煌国の国宝である紅龍剣を持っていることはリーゼロッテぐらいにしか教えてなかったな。
シャルロット達にも普通に明かしてしまったが……まぁ、別に構わないか。
取り敢えず、準決勝まで勝ち進んでから棄権するのと、黒龍剣の担い手か否かのチェックからは逃げる方針でいくとしよう。
その後も暫く彼女達と雑談していると、やがて武闘大会本選の第一試合が始まった。
これから全部で六十四名の本選出場者による一対一の試合がこの会場で行われていく。
一回戦だけでも三十二回も試合があるため、一回戦は二日かけて消化されていく予定だ。
二回戦から四回戦まではそれぞれ丸一日かけて全ての試合をこなしていき、準決勝戦と三位決定戦、そして決勝戦の全三試合については午前と午後に分けて一日に纏めてから実施されるらしい。
つまり、今日を入れた六日間で本選トーナメントが行われるわけだ。
とはいえ、試合時間次第ではスケジュールが前後することもあり、過去には終わるまでに四日や七日掛かったこともあるため、六日間というのはあくまでも予定らしい。
「ふむ。やはり仙術使いが多そうだな」
「闘気使いも多いですね」
「そうだな。霊地から齎される星気の影響で生命力に満ち溢れてるから習得しやすいんだろう」
本選試合が行われている舞台は、今いる選手用観覧席の下にある一般用の観客席から更に一段下がった地上部分の全てだ。
上空から俯瞰して見ると円形になっており、周囲は十メートルほどの高くて頑丈な壁に囲まれている。
観客席への被害が及ばないように魔法素材製の壁だけでなく、龍煌国お抱えの結界使いや魔法使い達によって試合の舞台を覆うようにドーム状の障壁系の多重結界が張られており、この結界には様々な効果があるようだ。
貴重な人材である本選出場者の命を守るため、会場には大霊地である旧都の星気を使って発動する迷宮秘宝が設置されており、その力によって選手達の命は守られるらしい。
ただし、アーティファクトが個々人の命を守ってくれるのは一定時間内に一度のみであるため、本選のルール上は生死不問でも、審判の判定により勝敗が決してもなお攻撃を仕掛けたり対戦相手を殺したりした場合は失格になる。
ちょうど眼下で行われている試合では、人族の男性の首が刎ねられていたが、すぐさま青白い光を放つ魔力粒子が首の切断面に集まり、次の瞬間には頭部が元の位置に戻った上で蘇生されていた。
直後、審判が人族の男性の敗北と相手選手の勝利だと判定を下し、司会者による宣言によって試合が終わった。
次は俺の試合だ。
「さて、じゃあ行ってくるよ」
「頑張ってね」
「早く終わらせてくださいね」
セレナやリーゼロッテ達からの声援を受けてから舞台へと向かう。
選手用観覧席から舞台まで徒歩数分の距離なのですぐに舞台手前の選手入場口に到着する。
舞台の簡単な整地が行われた後、司会者の声が会場に木霊してきた。
『続いての試合は、今回が初出場のジン・オウ選手と名門アルブロン家のハスタム・アルブロン選手の対決です!』
開かれた選手入場口から進み出ると、予め決まっている位置で立ち止まる。
向かいの選手入場口からは、白髪の古龍人族の青年ハスタムが姿を現す。
其方をチラッと観た後に、貴賓席エリアの方へと視線を向ける。
煌帝ラウなどファロン龍煌国の重鎮達のために用意された貴賓席エリアの内、最も強い気配を発している貴賓室を注視すると、そこには金髪金眼の絶世の美女がいた。
狐人族の上位種である天狐人族の二十代前半ほどの外見をした美女こそが、ファロン龍煌国の守護神にして冒険者ギルドからは〈天煌貴人〉の二つ名を、そして世界からは王権称号〈天喰王〉を与えられたリンファ・ロン・フーファンだ。
男の欲望が形を成したと言うべきか、それとも女の願望が形を成したと言うべきか。
そう表現するのが相応しくもあり、彼女の本当の姿からは遠くも感じる神秘的な雰囲気と姿をしている。
妖艶な美女であり快活な童女でもありながら、他者を制する女帝でもあるというのが龍煌国の人々の認識だ。
俺個人としては、彼女からはなんとなく〈獣〉の一文字が連想されるのだが、理由は分からない。
いや、正確には分かるのだが、確証はないと言うべきか。
『初出場のジン選手は、予選試合にて他の選手を言葉のみで制圧したという情報があります。まるで貴人様を彷彿とさせる力を示しましたが、本選試合では一体どのような力を見せてくれるのか注目です!』
龍煌国の民から主に貴人様と呼ばれる超越者のリンファだが、舞台上から確認できる限りでは本調子ではないように見える。
パッと見は普通だが、疲労というか病というか、そんな感じの調子の悪さが感じられた。
大陸の各地にある冒険者ギルドの総本部である〈大陸冒険者協会〉からSSランク冒険者に認定された超越者には、鑑定系や解析系といったステータスを調べる類いのスキルや能力は通り難い。
本人が相対する術者に対して心を許しているならば別だが、不特定多数の者達がいる場では超越者の魔力によって凡ゆる情報干渉は阻害・拒絶される。
これはリンファと同じ超越者であるジークベルトやアイリーンと対面して確認し、そして恋人のヴィクトリアから直接聞いた特性だ。
その特性のせいでリンファがどのような症状なのかが分からないが、タイミング的に霊地枯渇の調査が関わっているような気がする。
〈救済の英雄〉としては助けたいが、〈強欲の勇者〉としては上手く利用して実益へと繋げたい。
〈創造の勇者〉としては良好な関係を作り出すことがベストだが……取り敢えず、向こうが俺に気付いて接触してきた時でいいか。
「そんなに貴人様が気になるのかい?」
あまりにリンファを見ていたせいで対戦相手のハスタムから声を掛けられた。
ハスタムの声からは僅かばかりの怒りが感じられる。
対戦相手を無視してリンファに意識を向けすぎたようだ。
「失礼した。噂の貴人様がいたのでね。試合はちゃんとやらせてもらう」
「そうか。貴殿は言葉を武器に使うらしいが、風門である私には通じないぞ」
「だろうな」
『対するハスタム選手は龍煌国の風系仙術の名門アルブロン家の次期当主様です! 国内屈指の風門たるアルブロン家の風を前にジン選手はどう対応するのかに注目したいところです!』
司会者や目の前のハスタムが言うように、風を支配されては予選のような言霊による制圧は難しいだろう。
まぁ、その言霊で風自体を消せば済む話なのだが、予選と同じではつまらないので元より本選では言霊を使うつもりはない。
本選会場のアーティファクトによって一度は殺しても問題ないならば遠慮する必要はないだろうからな。
『それでは一回戦、第七試合開始してください!』
「ーー〈風穿無槍〉!」
司会者による試合開始を告げる宣言と同時にハスタムが風系仙技を行使する。
風の星気によって形作られた不可視の槍が放たれてきたが、その風槍に対して右手を翳すと【吸星仙術】を発動させた。
風槍を構成する要素の内、風の星気のみを強制的に吸収する。
風の星気の喪失によって風槍の仙技も崩壊し、俺へと到達した時には少し強い風と化していた。
「何だとっ!?」
「良い風だった。返礼に光を贈ろう、〈光業指刹〉」
前に翳したままの右手の全ての指先から五つの光線が放たれる。
ハスタムの認識速度を超えて迫る光線に対して魔導具の障壁が自動発動するが、その障壁ごとハスタムの頭部と左右の胸部に肩部を容易く貫いていった。
二の句を告げることなく試合の舞台上へとそのまま崩れ落ちるハスタム。
即死したことを証明するように蘇生のための魔力粒子が集まっていくのを確認した審判が、司会者席へと合図を送る。
『し、試合終了ッ! ジン・オウ選手の勝利です! 試合開始早々にハスタム選手が放った風の槍が消滅させられ、反撃とばかりにジン選手の手から放たれた光線によってハスタム選手が瞬殺されたように見えました。ジン選手は光系仙術の使い手なのでしょうか?』
司会者は中々に目が良いようで、今の攻防が認識出来ていたみたいだ。
蘇生が終わっても頭部にダメージを受けて死んだからかハスタムは気絶したままだった。
予めアーティファクトによる自動蘇生が設定されていることが影響しているらしく、経験値の取得だけでなく【戦利品蒐集】によるスキルの獲得が起こることはなかった。
残念だと思いつつ、試合前に手に入れたばかりのユニークスキルを発動させた。
[ユニークスキル【取得と探求の統魔権】の【取得要求】を発動します]
[対象人物を認識しています]
[ユニークスキル【取得と探求の統魔権】が対象スキルに干渉しています]
[対象人物は抵抗に失敗しました]
[スキル【疾風仙法】を取得しました]
スキル所持者が至近距離にいれば仙法スキルすらも秘伝書無しで取得できるとは……今後も役に立ちそうだ。
そこまで高くない取得確率や再使用可能時間があるなど条件は色々あるが、成功すれば対象人物のスキルをコピーできるのは本当にチートだな。
大会の救護班の担架に乗せられて運ばれていくハスタムを見送ると、沸き立つ会場の者達に手を振りながら選手入場口へと引き返していった。
手に入れた風の星気を使って、目の前で見たアルブロン家の風の仙技を再現する。
誰もいない廊下を歩きながら周りに現れた風槍を確認すると、再び【吸星仙術】で風の星気を回収した。
「ふむ。回収率は半分にも満たないか。まぁ、一部とはいえ仙技から星気を回収できるのは強みだよな」
他者の仙技の構成に干渉できるだけでも厄介なのに、仙技から星気まで回収できるのだから素晴らしい性能なのは間違いない。
少なくとも仙術使いには優位性を持つことができそうだ。
まぁ、それ以外に対してはただの仙術でしかないので油断は禁物だが。
さて、次の試合はどうやって戦おうかな?




