ep21.ファイア?
俺はシグマを追って時計台に向かう途中、過去のことを思い出していた。
会社員時代のことだ。
「使えねー」
これがクソ上司の口癖だった。何十回、何百回言われたかわからない。
「もっとバンバン強い武器出して課金させろよ。キャラもバンバン殺して終わろうぜ。どーせうちのオリジナルIPなんだからさぁ。絞れるだけ絞ってサ終すりゃいーじゃん」
これが、サービス終了が決まった時のクソ上司の言葉だ。
なんの愛もなかった。ああいうやつが関わっていたと思うと吐き気がするな。
「ユウリ!あれ見て!」
ミリアが時計台の上を指差す。シグマはそこから呪文の詠唱をしようと身を乗り出していた。
「やっぱりそこか!」
「どうする!?ユウリ!あいつの詠唱を止めなきゃ」
「魔法の一発でも撃ち込んでやる」
シグマは俺たちに気づいたようで、口角をにやりと吊り上げた。
「集中してないと舌を噛むぞ」
しかし詠唱がやたら長いな。練習したとか何とかシャムムが言っていたが……大したことなさそうだ。
「ヴィオ、ちょっと本を借りていいか」
「うん。使って」
ヴィオの本を開き、詠唱の体制に入る。まあ、俺もこのアカウントじゃ初心者冒険者だ。魔法は大して使えないだろうが……。
「ファイア!」
俺は試しにごく低級の魔法をシグマに向かって叩き込んだ。
「はっ!低級魔法!使えねー!」
シグマが吠える……が、それはすぐにシグマの断末魔に変わった。
「んぎゃあああああっっ!!!!!」
シグマに命中したと思った瞬間、時計台の上で激しい爆発が起こった。
「何……!?今の!?ファイア……だよね?」
目が眩むほどの光と同時に爆音が轟き、街の人々も時計台の上を見上げる。
時計台は焼け焦げたようなススで黒に染まった。
シグマの姿は……見えない。
「なんだ……?」
「ユウリさん!?今何したんですか!?」
ルルが驚いた顔で俺を見る。
いや、一番驚いたのは俺自身だが。あれ?俺のこのアカウントは新規アカウントのはずだよな?
何だ、これ?今のはメラゾーマじゃない、メラだ……って?
急いで時計台に登ると、完全にシグマはのされていてもう立つこともままならない様子だった。
「……使えねーとか……聞こえたけど?」
「……なんでもないでず、ずみませんでじだ」
少し反省してもらおうか。憲兵団を呼び、とりあえずシグマはリリアラの牢獄に入れておくことにした。
俺だって牢獄みたいな会社で働いてたんだ。しばらくはいいだろ。
「それにしても、何だったのにゃ?さっきのユウリの魔法。凄すぎじゃないのかにゃ」
時計台のススを掃除しながら、シャムムが言う。
「……うん。びっくりした」
ヴィオはレンガの壁を拭く手を止める。
「ただのファイアよね?どういうことなのよ……規格外すぎるわ」
ミリアはブラシで床を掃除しながら、ユウリに詰め寄る。
「いや……俺もよくわからなくて……」
ススだらけにこそなったが、時計台が吹き飛ばされたり崩れたりしなくて良かったと心底思った。
低級魔法で試していなかったら……あるいは。
「ユウリさんは休んでいてもいいんですよ。色々あってお疲れでしょう?」
ルルがそういって気遣ってくれる。
「ああいや、俺も掃除するよ。その方が早く終わるし」
俺はブラシを手に取り、水を撒いてガシガシと床を擦る。
時計台からは、夕暮れが綺麗に見えた。
掃除がひと段落したところで、皆でその夕日を眺める。
「はあ〜、綺麗ね。風が気持ちいい〜」
ミリアは大きく伸びをすると、ライフポーションを取り出してひと口飲んだ。
「おい、それ飲むのか……?」
「っはーー!いいでしょ、いつもはこれを飲むときは大体怪我してて、味わってる暇なんてないんだから。飲んでみなよ。すごく美味しいわよ」
ミリアが飲みかけのライフポーションを手渡してくる。
「ん……たしかにな」
ほのかな清涼感のあるハーブの香り。そういえばゆっくり味わうなんてことは珍しいのかもしれないな。
「えっえっ、待ってください……!そ、それって……間接キスじゃないですか…?」
ルルは少し照れながらライフポーションに口をつける。
「よかった。美味しくできてた?」
ヴィオも自身が生成したライフポーションを「まさか、味わって飲む日がくるなんて」と言いながら飲んでいた。
「美味しいにゃ〜」
「ちゃっかりあんたも飲んでるし……」
もうすぐあれから三日目の夜が来る。今日の夜を越えれば、ルルはひとまず守れたことになる。
……今日は一晩中、ルルと一緒にいるか。べつに、やましい意味じゃないぞ。……本当に。
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