プロローグ2-1【凶刃に倒れた同級生】
◇凶刃に倒れた同級生◇
今日の昼に、そのニュースは放送された。
東京・秋葉原のとある家電屋の前で、一人の成人男性が刺され、命を失ったと。
犯人は未だ逃走中だが、若い女であると言う事。
白昼堂々と行われた犯行を目撃した人は多く、犯人の確保は時間の問題……と、メディアは言っていた。
そんなニュースを、私はテレビで見ていた。
まだ初期の段階の情報だったせいか、被害男性の名前は分からなかったが、もししかるべき対応がされていれば……私のもとに来るはずなのだ。
「……お?漆間さん、ニュースっすか?」
「……ええ。殺人ですって」
「またっすか?怖ぇーっすね……あーでも、この感じだと……」
「そうね。胸を刺され……って書いてるけど、死因が出血死のショック死か、他かどうか分からないわ……来るんじゃないかしら、うちに」
私の居るここは、都内の大学近くにある、解剖センター。
私……漆間星那は……そこの職員。監察医だ。
「そうっすか?死因なんて明らかじゃないっすか……わざわざ持ってきますかね?」
持ってくる……そうね。
来るのは遺体だ。言い方は間違ってはいないけれど……私は嫌いだ。
私に熱心に話しかけてくるこの男は……後輩であり、大学上がりの新人さんなのだけれど。
よくもまぁこんな三十路の女に話しかけてくるものだ。
「確証があっても、ハッキリとさせてからじゃないと報道できないでしょ。叩かれるわよ、そんなこと言ってたら」
「うへぇ~……怖い世の中っすね。でも、この刺殺体の解剖なんて来ますかね?死因が出血性のショック死だったら、一発じゃないっすか?」
「ショック死にも色々あるでしょ?出血性……精神性、神経性……びっくりしただけでも、人は死ぬのよ」
「……へぇ。あ、ところで漆間さん。今日暇っすか?」
「……は?何、急に?」
「――いやぁ、漆間さん美人じゃないっすかぁ……だから、彼氏とかいるのかなって思って」
確かに人に言わせれば、見た目は悪くないらしい。
端正な顔立ち、大きな瞳にツヤツヤな唇。
ただこれを持っていても、実行させるコミュ力があっての物でしょう?
私にはないもの。
そんなつもりもないし、今世にはかけてないのよ。
張り合いのある恋愛なんて、さ。
是非とも来世に起きて欲しいものだわ、心が痛くなるほどの大恋愛ってやつがね。
「……まぁ予定はないけど、キミとはいかないわよ。チャラいし」
「うはぁ……キビシー」
思ってもない事を。
どうせ他にも、たくさん女なんているんでしょうに。
うっすらとそんな事を考えていると、所長が来た。
このセンターの責任者だ。
「お疲れ様です、所長」
「お疲れっす」
「おっすお疲れ、お前ら……ご遺体の解剖依頼だぞ。準備しろー」
仕事だ。
毎日、何件ものご遺体が運ばれてくる。
「どの様な方ですか?」
「ニュース見なかったか?アキバで起きた刺殺事件のご遺体だよ……」
私はとなりの後輩を横目で見る。
ほらね、と視線で言ってやった。
「……マジっすか?」
「おお、マジだ。引き取り人と連絡が付かねぇんだとよ」
無縁仏か……可哀想に。
「――分かりました、行きます」
そうして、私は出会ってしまうんだ。
◇
解剖台に乗せられたご遺体。
私たちチームがご遺体に拝み、所長がシートをめくると、その顔が明らかになった。
「――!?」
え……?
「ん?どうしたっすか?」
驚愕する私と、それを気にする後輩君を無視して、所長が説明を述べていく。
正直、説明されなくても分かってしまった。
だって、この人は。
「ご遺体の名前は……武邑澪。三十歳だな……っと、今日が誕生日じゃないか、残念だったろうな……」
武邑……くん?
「死因調査だが……まぁどう見てもこの胸の傷だろう。それにしても深いなぁ……だいぶ殺意が高いぞ?これ」
「うわぁ……ひっでぇ……心臓まで行ってますね……肋骨貫通っすよ?どんだけの勢いで刺されたんすか、いったい」
「どうだろうな。角度的に、下方からの刺突だ……傷口は右下から左上に向かう裂傷。犯人は右利きで、背が低い……が、簡単には分かるな」
こ、殺された?武邑くんが……女に?
「おい。漆間……どうした?」
「――あ……い、いえ……」
彼は……同級生だ。高校の時の同級生。
三年間、同じクラスだった。
でも、直接話した事は殆ど無くて……
「ご遺体……失礼します」
この仕事を始めて、もう何人もの人を見て、切って来た。
でも、まさか同級生と……遺体で会う事になるなんて。
「やっぱり出血性ショックですかね……」
「しかも即死だろうな。さっきも言ったが、この傷……胸骨を貫通しての、心臓一突き……刺された本人は、何が起きてどうなったのか……分からなかったんじゃないか?」
「運、無いっすね」
そんな言い方。
「それにしてもこの傷……だいぶボロボロっすね、なんていうか」
「……刺された後に抉られたんだわ。奥に突き刺そうとして、思いっ切り刺し込むように」
「うっわぁ……どえらい殺意じゃないっすか。これは怨恨っすかねぇ……女に恨まれるような人には見えねぇっすけど」
あなたに彼の何が分かるの?
「目撃者の情報も、この傷を見ての俺たちの見解も、女である事を証明している……しかし、どうだろうな。怨恨かそれとも他の何かか……ま、それは警察の仕事さ」
「……」
怨恨……?
彼が?女性に恨まれた?……にわかには信じられない。
高校時代、彼は優しかった。
全てを知っている訳ではないけれど、誰かに恨まれるだなんて……思えない。
◇
私は何も言えないまま、淡々と仕事を熟して。
そして、いつの間にか私は……着替えて外にいた。
「……武邑くん……」
夜……雨が降っていた。
ザーザーと、土砂降りだった。
帰ろう……一人の家に。
こんな気持ちじゃ、明日からの仕事に支障が出ちゃう。
切り替えないと……この仕事は支障を出してはいけない仕事なのだから。
「――あの……」
建物の影から、一人の少女が私に話しかけてきた。
暗がりで、顔は見えないが……背の低い若い女性な事は分かった。
「――えっ!?」
ビ、ビックリした……女……の子?
何?びしょ濡れで……いつの間にそこにいたの?
「な、なにか?」
「今日……ここに死体が搬入されましたか?」
死体……もしかして、武邑くんの事?
「すみません……ご遺体の事は口外できないんです……何か御用があれば、受付に」
「――え?でも……あなたからあの男の匂いがします……」
「……は?」
なに?この子……に、匂い?
「――あの男の匂いがっ……するものっ……!!」
え?な――
「――がっ!!ぐぅ……な、に……を……あ……ぁ……ぁぁ……ぅ……ぇ……」
なに?何なの?どうなってるの?
声が出ない――首が痛い――息が出来ない。
絞められてる?この女の子に?
「うひっ……ひひっ……!!死ねぇ!!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
狂っている。
ああ……そうか、犯人か……この女の子……が……
武邑くんを殺害した……犯人。
ボギンッッ――!!
「……」
だらりと垂れ下がる四肢、雨に濡れる身体……折れてしまった、首。
私の意識は途切れた……いいえ、途切れたのではなく……死んだんだ。




