2-56【夜の先行商談】
◇夜の先行商談◇
その日の夜、スクルーズ家にミーティアさんを招いた。
ミーティアさん自身は昨日、村長の家で身分を話しているから、父さんだって頭の片隅では分かっている筈だ。た、多分……
「お邪魔いたします……」
「いらっしゃい……ミーティアさん、だったかしら」
礼儀よく頭を下げるミーティアさんに、レギン母さんが言う。
それに対して、ミーティアさんは笑顔で返した。
「はい、奥様。私はミーティア・クロスヴァーデンと申します……隣国【リードンセルク王国】で商会……【クロスヴァーデン商会】の長をしている、ダンドルフ・クロスヴァーデンの娘です……」
「あらあら、これはご丁寧に……」
綺麗に頭を下げるミーティアさんに、レギン母さんも負けじとお辞儀をする。
これあれだ、日本人あるあるだな……二人とも全然日本人じゃねぇけど。
「……ぷっ……くく……」
あー、クラウ姉さんも同じ事考えてんな。
肩を震わせて我慢してる……俺は顔に出さないけどさ。
「……今日はお招き、感謝致します……ルドルフ様は」
「こちらですよ、ミーティアさん」
父さんが来た。おっ……くそ似合ってなかった髭を剃ったのか。
偉いじゃないか、父さん。
「お邪魔いたします……無理を言ってお時間を頂戴しまして、申し訳ございません。今日は、取引の御相談に参りました……」
やっぱりか……でも、本当にいいのか?
親父さん、国の大商人なんだろ?娘が勝手にそんな事を言って、破談にでもなったら……俺等からの信用も、父親からの信頼もなくす可能性があるぞ?
「ええ。息子から話は聞き及んでおりますよ……お聞かせいただきたい」
「……」
(えらくクールじゃないか父さん。どうした?アボカド食っておかしくなった?)
「はい、では……失礼いたします」
ミーティアさん、その立ち振る舞いが完全にどこかの令嬢なんだが。
奴隷として出会った時の弱々しい雰囲気もないし、別人みたいだ。
◇
リビングでは、父さんとミーティアさんが対面。
俺がミーティアさんの隣に座る形で、父さんは一人だ。
狭い台所には、母さんとクラウ姉さんが。
子供部屋ではレイン姉さんが、コハクを見ててくれている。
「率直に申し上げますと……【スクルーズロクッサ農園】のお野菜……大変すばらしいと思います。私は……奴隷として捕まっていた身ですが、商人の娘として……素直に感動しました……」
「それはそれは……どうも」
よし。出だしまずはいいな。
「個人的には……【クロスヴァーデン商会】と専属契約をして、国外に売りに出すべきと考えています」
「そ、そこまでですか……ですが、会長さん……ミーティアさんのお父上の事は……どうするのですかな?あなたは娘さんではあるのでしょうが、商会のお仕事をなさっているのですか?」
父さんらしからぬ発言!意外としっかりしてんな……何度も騙された経験から来てんのか?もしかして。
「そう、ですね。私は若輩者です……ですが、目利きは持っていると自負しております。決して……スクルーズ様の損害になる事はありません……」
「……保証は?」
そりゃそうだ。実は父さん、昔に一度、畑を奪われそうになったことがある。
確か、俺が五歳の時だったから、相当前だな。
「……ありません」
それじゃ話にならないのが、商談ってやつだ。
言葉は全部用意していると思ったけど、まだこう言う所もあるのか……いや、これが普通か、十五歳なんだからな。
ミーティアさんは少し俯きがちになるも、意を決すように言う。
「――ですが……自信はあります」
自信?自分の目利きにか?
大した自信だけど……それじゃあ理由にならないんだよ。
これは、ミーティアさんにだって分かっている筈だ。
どうする、ここから……話は始まったばかりだぞ。




