１－９【それは口にしてはいけない(物理)】
◇それは口にしてはいけない(物理)◇
数日が経った、ここ数日は……あのイケメン間男オイジーの野郎も大人しかった。
おかげで俺も、ゆっくり乳を飲んで休めたよ。
母親の身体ってのも精神に影響されるもので、精神的不安が多いと母乳の出が悪いらしい。
そろそろ俺も食事がしたい。なんせ中身は三十の男だ。食の楽しみを知ってるんだよ。
まだ歯も生えてないが、何か齧りたい。なんか痒いんだよな。不思議と口の中に何か入れたいんだ。
そう、こんな感じで。
パクッ――と。
「ああ～！！ミ、ミオがぁぁぁっ！」
おっと、長女のレインが何か叫んでいるぞ？
ははは、きっと俺がおもちゃでも口に入れたんだろうな。
しかし、なんだろうな、この苦さ……なんか……覚えがあるようなないような。
二十歳に成った時、一度だけ吸った記憶のあるものによく似ているが。
「――ミオ！！何してるのっ！！」
え？ママン……？
なんだよ、そんなに怖い声出して……ちょっと待って、今目を開けるから。
気が付くと、俺は右手に何かを持っていた。
茶色い筒状の、乾燥した何か。
うっ……なんだ……急に気持ち悪く……
おえっ――
「ミオっ！？」
「ミオが吐いたぁぁ！」
吐いた？俺、吐いたのか？
自分じゃよく分かんねぇ……どうなってんだ？
「お～い、どうしたんだ～？ひっく……三人共～」
おいおい、ルドルフが酔っ払ってるじゃねぇか。
空気を読めよ、俺がやっちまったとは言え、今……多分やばいぞ？
「あなた！！なんでこんな所に葉巻を置いたのよっ！！ミオが食べちゃったのよっ！？」
「――え」
俺、葉巻食ったの？
寝ぼけてって事？つーか、赤さんのすぐ横に置くなよ葉巻を！！
「そ、そんな……僕は……」
あからさまにショック受けてねぇで！何かする努力をしなさいよ！！
俺は苦しんでるぞ！！
レギンは食っちまった葉巻を吐き出させようと、必死になって俺の背を叩く。ルドルフは慌てふためくばかりだ。
二人の姉も泣きそうな顔で俺を見てくれている。
「――げぼっ！」
「吐いた！！」
「やったっ！」
ボトリと落ちたのは、小指の先ほどの葉巻の欠片だった。
「良かった……」
レギンはホッ――と胸を撫で下ろして、俺を抱いたまま立ち上がってルドルフの前に立った。
ママン？どうしたんだよ、そんな怖い顔して……
「よ、よかったよミオが無事で、本当によか――」
パッーーーーーン！！
渇いた音が、家中に響いた。
レギンが、ルドルフをぶったんだ。
あー、だからやばいって言っただろ？
「――普段からかわいいかわいいって言うくせに……泣いたらあやすのは私、オムツを換えるのも私、夜泣きで散歩をするのも私っ！全部全部全部！昔から全部私じゃない！！」
「……」
やばい。やばいやばい…マジトーンだ！
「なんなの！？葉巻なんて高級な物、どうすれば手に入る訳っ！？しかもこんな……赤ちゃんの前にそのまま置いて……食べたのよっ！？この子、これを食べちゃったのよ！？」
手に持つ葉巻をぐしゃりと潰して、レギンは泣きながらルドルフに叫んだ。
二人の姉も、ルドルフが完全に悪いと分かっているからか、レギンの後ろに隠れてちらりと様子を窺っていた。
俺が招いたとはいえ……完全に悪者だよ、オヤジ。
なら、ここからどうするかだ。親の意地を見せてくれ。
