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僕は、ヨハン

作者: ジュレヌク







キャッ







一人の女が、猛ダッシュで人の進路に突っ込んできて、手に持った荷物をばら撒いた。




ゴメンなさい、前を見てなくって




哀れげに床に転がり、潤んだ目で見上げられても、ぶつかられた側の痛みが消えることは無い。


『コイツ、殺していい?』


腕を押さえながら、ヨハンは、隣に立つ婚約者、メフィに、目で訴えた。


彼女も慣れたもので、ゆっくりと顔を左右に振った。


『どうしても?』


問いたげに、小首を傾げるヨハンに、メフィは、コクンと頷く。


「ふぅ」


溜息をついたヨハンは、白けた目で女を見下ろした。


ただ、じっと。


微動だにも、せずに。


「え?・・・」


固まろうが、涙目になろうが、知ったこっちゃない。


『蹴飛ばしたら、退くかな?』


不穏な事を考えながら、ヨハンは、ちょっとだけ右足を後ろに引いた。


そんな心の声が、聞こえたわけではないが、彼の目の冷たさに、相手がビクリと体を振るわせた。


「ほ、本当にゴメンなさい」


アタフタと荷物をまとめ、女は、逃げる様に立ち去った。


刺殺さんばかりのヨハンの視線が、余程怖かったのだろう。


「ヨハン」


「何もしてないだろ」


「足」


「目敏いなぁ」


何が嬉しいのか、ヨハンは、メフィに、微笑んだ。


様子を伺っていた女生徒達が、うっとりとヨハンを見つめる。


メフィの存在は憎々しいが、ヨハンの笑顔を引き出せるのは、彼女だけ。


排除したいが、行動に移せば、己が排除されるだろう。


無論、ヨハンに。


彼女達は、腹立たしさを抑えながら、遠巻きに二人を観察する事しか出来なかった。
























「君の名は?」


「メフィ」


「僕は、ヨハン」


「知ってる」


メフィと初めて会ったのは、五歳の誕生日。


『貴方の婚約者よ』


と言って、母に紹介された。


同じ年なのに、この時既に、彼女の目は、死んでいた。


僕も、その当時から、世界がハリボテだって気付いていた。


生まれた時から、次期公爵として扱われ、やる事は全て、分刻みで決められている。


そう、いつ、誰と結婚するかまで。


自分に何も決定権がないと知るのに、五年は十分な時間だった。


僕らは、きっと、同じ境遇。


媚びへつらうことも、褒めちぎる事も必要ない。


二人の間にあるのは、心地よい沈黙だけ。


本を読む彼女の隣に座って、僕は、久しぶりに穏やかな気持ちで微睡んだ。


友好を深める為と、週に一度、キッカリ30分だけ会う事が許された。


何を話す訳でもない。


ただ、自分が本当にしたい事が許される貴重な時間。


そんな生活が七年続き、十二歳になった僕らは、二人揃って、サンクチュアリ学園へ入学した。


入学試験で行われた適性検査で、僕は、錬金術師、メフィは、薬師に振り分けられた。


騎士や、魔術師みたいな派手な判定が出なくて、両親は、がっかりしていた。


判定を僕が弄ったと知ったら、きっと、激怒するだろう。


僕の本当の適性は、賢者。


もう、何百年と出ていない、貴重な存在。


でも、それじゃ、メフィと一緒に居られない。


錬金術師と薬師なら、授業も多く重なる。


本当は、薬師が良かった。


でも、あそこは、女子しか入れない。


無論、メフィの適性も弄った。


彼女の本当の適性は、騎士だったから。


本当に、馬鹿げてる。


誰が、男の居るクラスに、メフィを入れるものか。


朝、一緒に登校して、彼女をクラスまで送る。


同じ授業は、隣の席で。


違う授業は、致し方なく別れるけど、休み時間は、ベッタリくっつく。


帰りも、屋敷まで送って、僕の一日は終わる。


メフィが居なきゃ、生きてる意味もない。


メフィが居なきゃ、こんな世界、消したって良い。


メフィ、メフィ、メフィ。


僕の最愛。


どうか、僕が死んだ後に、死んで欲しい。


じゃないと、僕は、何をするか、分からない。



























ヨハンと出会うのは、これで二回目。


前世で、彼は、私を呼び出し、こう願った。







僕の願いを、全て叶えて。


そうすれば、死後、僕の魂は、君のものだ。








それなのに、願いを叶える前に、ヨハンは、勝手に死んでしまった。


実験中の、予測不可能な暴発だった。


約束を叶えられなかった私は、彼の魂を食べる事を許されなかった。


一度結ばれた契約は、果たされるまで続く。


私は、彼の生まれ変わりを探した。


そして、見つけられぬまま、何度も、何度も、輪廻を巡った。


やっとヨハンに会えた時、私の心には、思慕に近い感情が芽生えていた。


なのに、彼には、私の記憶はなかった。


呼び出したのは、お前のくせに。


私が見つけられぬ間に、何十回と生まれ変わったせいで、擦り切れてしまった彼の魂。


これ以上減ったら、食べる場所がなくなってしまう。


私は、常に彼と共に居る事にした。


そして、どんな些細な願いも叶えてやる。


ヨハンは、女に、よく絡まれた。


持って生まれた美貌もさることながら、正気と狂気の狭間に立つ危うさが、人の目を惹きつけるのだろう。


声を掛けられる度に、殺気を撒き散らす彼を、私は、なだめる。


私以外に時間を費やすなど、許せる事では無かったから。




























「メフィ」


「何?」


「みず・・・」


「はい」


今世、ヨハンは、長生きをした。


狂う事も、殺戮を行う事もなく、ただ、メフィと二人だけの世界で生きた。


しかし、死は、もう、直ぐ側まで来ている。


水を飲み、ヨハンは、ベッドに体を沈み込ませて、メフィを見上げた。


「メフィ・・・最後のお願いを聞いて欲しい」


「何?」


ヨハンが伸ばした手を、メフィが掴む。


「僕が死んだら、魂を食べて欲しい」


「思い出したの?」


ヨハンは、微かに口角を上げた。


「君と一つになって生きたい。もう二度と離れないように」


メフィは、フワリと微笑むと、ゆっくり首を横に振った。


「何故!ずっと僕の願いを叶えてくれたじゃないか!」


死にかけの人間とは思えぬ力強さで、ヨハンは、メフィに縋った。


しかし、メフィの決意は、変わらない。


「だって・・・貴方は一つになれて満足だろうけど、私の話し相手は、一体誰がするの?」


メフィの目に、涙が浮かんでいた。


今まで、一度も見せたことのない涙が。


「それに、契約は、貴方の願いを『全て』叶える事。私は、『一つだけ』叶えられなかったから、又、食べ損なうわね」 


ポトリ


ヨハンの頬に、メフィの涙が落ちた。

 

彼は、絶望と幸福に包まれ、そのまま目を閉じた。





















その後






















「こんにちは」





「こんにちは」





「僕は、ヨハン」





「知ってる」





「君は、メフィ」





「覚えてたのね」





二人の髪を、春の暖かな風が撫でていった。







モデル


ヨハン・ゲオルグ・ファウスト


メフィストフェレス


気になる方は、調べてみてください。


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