貴方と同じ事をしたい
「うう………………」
セオドアはフラフラになりながら、渡り廊下を歩く。今日も隣にアミィール様が座ってた……それを見る度に周りはザワザワと騒ぎ、あろう事か『もう婚約した』とまで言われている。
実際は、マフィンとの婚約解消は向こう3ヶ月ほどかかるから再び婚約するには3ヶ月も待たなければならない……って、何を考えているんだ俺は!
セオドアは近くにあった柱に額を打ち付ける。ダラダラと流れる血などお構い無しに頭の中で否定する。
相手はサクリファイス大帝国の皇女だぞ!?いくら俺が主人公だとしても高嶺の花だって!無理無理無理、そんな結婚なんてしたら俺はきっと毎朝死ぬ!隣にアミィール様の寝顔があったら緊張死ぬ!
別の意味で周りがザワザワしているのにも気づかずに、何度も何度も否定する。
相手はサクリファイス大帝国の皇女、こんなの一時の迷いみたいなものだ、主人公補正だって学園を卒業してしまえばそれだって…………………
ふと、我に返る。アミィール様の笑い声が聞こえたからだ。少し遠く、中庭で令嬢とお話をしていらっしゃる。その笑顔は自分に見せるものではなく、普段の高貴な控えめな笑みだ。
あの溌剌とした笑顔は、俺以外に見せない……って!煩悩!
セオドアは自分の頬を思いっきりビンタした。自制しろ!自惚れるな!
俺は現実的に生きるんだ!高嶺の花を見上げる存在に留めるんだ!
………こういう時は、花を愛でよう………
セオドアはフラフラになりながら、渡り廊下を後にした。
* * *
「よし!張り切ってやろう!」
セオドアはパァンと両頬を叩いて花壇の前に座る。今日はいい天気だから雑草を抜くんだ。花が元気に育つように、手入れは欠かさない。用務員の人に頼んでおいたスコップを片手に雑草を抜く。
あ~これと、チョコを溶かすのと、マフラーを編んでいる時が1番平和だ。男なのに、と同級生には言われるけれど、こういう地味な労働がとても心地いい。
前世でも自分で花を買って育てたりしていたけど、公爵に生まれたおかげで自分の小さな花壇まで作ったほどだ。金持ちってやっぱりいいよな。主人公より農家とかの方が向いている気がする。
「草むしり?」
「ああ、草が花の養分を取らないために____っ、アミィール様!」
普通に言葉を返そうとして、我に返って立ち上がった。アミィール様がいつの間にか横に居たのだ。やばい、敬語を忘れて「ね、わたくしも手伝っていい?」…………え。
アミィール様は俺の返事を聞く前に髪を縛り始めた…………って。
「ダメです!御手が汚れてしまいます!」
「なら洗えばいいだけでしょう?それに、セオドア様は土だらけじゃないですか。それでもやっているのですし、わたくしがやってもおかしくはないでしょう?」
そう言って草を抜き始めた。皇女が!こんな地味な作業をしてる!
そんな不可解な光景にオロオロしていると、ある事に気づいた。アミィール様の抜いている草……じゃなくて。
「アミィール様……それは花です…………」
「え!?これは花なのですか!?」
平然とコスモスを抜いて気づかないって……花がついてるのに……
「ご、ごめんなさい!これ、もう一度植えたら復活するとかじゃない!?」
「根っこから抜いていたら可能ですけど……根っこを抜いてないので、無理があるかと」
「うう、本当にごめんなさい……………」
しゅん、と肩を窄めるアミィール様。
それを見ていられなくて、言葉を紡ぐ。
「大丈夫ですよ、一輪ですし。気になさらないでください。……ですが、花を抜いてしまうということは、こういう作業に慣れていないのでは?」
「…………お恥ずかしいことに、わたくしはあまり花を愛でることをしなかったので…………。
でも、セオドア様がやっていることを、わたくしもやってみたくて」
「………………」
そう言って目を伏せるアミィール様。こういう所にいちいち鼓動が一際大きく鳴るから困る。………でも、こう言われて悪い気はしないから。
「では、一緒にやりましょう。私もお付き合いしますので」
「!はい!御教授お願いします!」
そう言うとぱあ、と花が咲くように笑う。花に詳しくなくても、花のような人だと思った。