何故?の嵐
それだけでも可笑しいのに、俺に求婚してくるなんて………夢にも思っていなかった。
アミィール様は、まんま俺の理想なのだ。強くて美しくて賢くて………もし女に生まれるのであればあんな女性になりたいと思っていた。だから嬉しくないわけがない。
だけど、嬉しい気持ちよりも戸惑いの気持ちの方が大きい。
いつも攻略対象キャラから逃げていたり囲まれていたりで友達すら作れず、それどころか授業の関係で少し女子と話しただけで、今日ほどとは言わないが「女子を誑かしている」と陰口を言われ、常に男子の中で孤立してる俺を好きってなんだ?
勿論話した記憶もない。男子に嫌な思いをさせるから、というのもあるけれど俺には形だけだけどマフィンという婚約者が居たというのもあって女子とは極力話さなかった。マフィンもその身分の高さ故に攻略対象キャラ以外の女子が近づくと陰湿ないじめをしている。やめてくれと何度も頭を下げ続けてきた。
それ以前にアミィール様は常に沢山の生徒に囲まれていた。その隙間から気高い笑みを浮かべているのを何となく遠くから見ていただけだ。
クラス全員の憧れの的であるアミィール様がクラス全員に疎まれている俺に求婚したんだぞ?全くもってわからない。
接点どころか視界に入ることさえ烏滸がましい程何も出来ない俺に求婚するなんて有り得ない。実はさっきのは夢なのか?
………でも、未だに隣に座った時に鼻腔を掠めたあの甘い匂いを思い出せるし、目が合う度に向けられる笑顔も、白くて綺麗な手の温かさも、手の甲に触れた唇の感触も覚えてる。
それを思い出しただけで顔が無性に熱くなって、無性に恥ずかしくなって、………それでも、アミィール様のことばかりを考えてしまう。
アミィール様が高嶺の花なら俺は雑草のような人間だ。辛うじて挙げられる特徴といえば『ギャルゲーの主人公』というだけだろう。
……これも主人公補正なのか?主人公凄過ぎないか……………?
「……なんで、俺に求婚なんてしたんだろう……やっぱり主人公だから……」
「セオドア様、また妄想ですか」
「うおっ!」
突然の声に身体が跳ね上がる。見ると___ツンツンとした金髪の茶瞳、燕尾服の男………幼い頃から俺の執事をしてくれているレイだ。
「お前、ちゃんとノックしたか?」
「しましたよ、何度も。………まったく、何故セオドア様はそう抜けていらっしゃるのですか」
「悪かったな。…………それより、敬語やめろよ、同い歳だろ」
そう。レイは同い歳なのだ。父、セシル・ライド・オーファンの執事の息子だ。とはいえ、父はレイの父を友のように大事にして、家族ぐるみで仲良くしている。それ故に小さい頃から共に遊んだりしてきた。だから執事というよりは、友達に近いと思っている。
そんなセオドアの言葉を聞いたレイは大きくため息をついた。
「………セオドア、俺たちはもう16だぞ?主従関係はしっかりするべきだろう、形だけでもさ」
「だが俺たちはこの部屋に二人きりだ。なんの問題もない」
「はあ……………それより、何があったんだ?またお菓子のレシピでも考えてたのか」
「………………違う」
「じゃあマフィン様絡み?…………セシル様から聞いたぞ、婚約解消の申し込みが来たんだってな。
でもいいじゃないか、アミィール様に求婚されたんだから」
「………………!なんで知ってる!?」
思わず立ち上がった。もちろん俺は何も言っていない。しかしレイはにやにやしながら言う。
「俺は執事だぞ?情報なんていくらでも入ってくるんだよ。いいじゃん玉の輿、相手はあのサクリファイス大帝国の皇女だぞ」
「……………簡単に言うなよ」
セオドアは再び机に突っ伏した。
俺は公爵家だ。それなりに地位は高いが、相手はあの大帝国だぞ?皇女だぞ?そして玉の輿は本来女性が男性に嫁ぐことだぞ。俺は男だ。
それはともかく、好きだなんだと言う前に身分差がありすぎる。いくら主人公補正があったとしても壁は分厚い。俺が女でアミィール様が男であればアミィール様の一言で娶らされるのは可能だが、何度も言うが俺は男だ。しかも剣の腕もなければ特別頭がいい訳では無い。
チート能力1つでも持っていればまだ救いはあるが生憎このゲームはバリバリのギャルゲーである。
「………詰んでる…………やっぱり無理だ」
「諦めるのが早いなぁ…………でも、なんでセオドアを好きなんだろうな」
「俺が分かるわけないじゃないか……………主人公しかスキルないし…………」
「ぎゃるげー?だっけか、しゅじんこうっていうのはすごいんだなぁ」
「信じてないくせによくもまあ……………」
セオドアは主人公に有るまじき憎らしげな顔でレイを睨む。レイはけたけたと楽しそうに笑いながら、言った。
「まあ、なんだ、とりあえずアミィール様と仲良くしてみろって。そんなに悩むんなら本人に直接聞けよ」
「……………ん、そうする」
セオドアは机に顎を置きながら小さく返事をした。
* * *
次の日、学校に向かうセオドアの目にはくっきりとクマが浮かんでいた。
結局、一睡もできなかった……アミィール様はなんで俺のことを好きだと言ったのか………
「…………?」
そんなことを思いながら歩いていたら、ぽん、と肩を叩かれた。また、ヘイリー辺りか……!
そう思って振り返ると____魔導師を専攻している生徒だけが着れるフードを被ったアミィール様が居て。
「な____「しー」……っぐ!?」
声が出る前に、アミィール様の手で口を塞がれた。