皇女の悲しい顔は
「今日もガロと剣の稽古ですか?」
「ああ。最近、魔法剣を試しているんだけれど、中々上手くいかなくてね」
セオドアはフォークとナイフを止めて困ったように笑う。
サクリファイス大帝国に来て早5ヶ月。今日も朝食をアミィール様と食べる。こういう時に時間を取らないと俺が不足して頑張れない、と忙しくなる前に来てくれるのだ。俺も、アミィール様がいない時間は寂しいからこの気遣いが嬉しかった。
で、朝食の時は大抵情報交換をする。俺は教育の話を、アミィール様は執務の話をするのが暗黙のルールのようになっていた。他にも他愛のない話をしつつ楽しい時間を過ごしている。
「魔法剣ですか、もうそこまで教育を受けているのは素晴らしいですわ」
「本当?アミィは使えるのかい?」
「ええ。4歳で全属性を習得してました」
レベルが違う。おかしい。チート過ぎる。俺はまだひとつも身についてないぞ?それを4歳で?……いやいや、相手は稀代の天才と名高い皇女様なのだから比べるのさえ烏滸がましい……
そう自分に言い聞かせるセオドアに、アミィールはにこりと笑った。
「ガロがセオ様をとても褒めていましたわ。勉学、武術、魔法、礼儀、………どれをとっても素晴らしいと大絶賛。流石ですわ。
勉学の方はどうですか?」
「基本教養は身についた……と思いたい。ガロ様もあとは"龍神"について____ッ」
セオドアはそこまで言って言葉を切った。アミィールが悲しげに目を伏せていたからだ。
俺は本当に馬鹿だ。彼女にとって龍神というのはタブーで、1番傷つくワードなのに……
………………龍神。
アミィール様が泣きながら謝るほどの生き物。そして、その血がアミィール様にも流れている。
詳しく知りたいと、思ってしまう。
アミィール様が俺を愛してくれているのはわかるし、俺だって愛している。なのに、この話の時だけ心が通じてないようで……寂しくなるのだ。
だから、最近密かに調べていたりする。ガロに聞いたり、本を読んでみたり。
ガロは、悲しい顔をしながら『その時は幼くてよくわからなかった、戦いには参加したけれど、言葉にするのは難しい』と言っていた。
つまりは龍神と戦っているのだ。でも、その戦う理由がわからなければ意味が無い。
それで文献をひたすら読み漁っていたのだが……2つのことしかわからなかった。
1つ、『龍神はこのユートピアの最上神で崇め称えるもの』
2つ、『サクリファイス大帝国の第1皇太子は必ず20歳で死ぬこと』
どちらも、俺が聞いたことのある話ではなかった。レイにも調べてもらっていたのだが、レイは『大人達は全員それを口にしない』と言っていた。箝口令がここまでキツいと情報は望めない。
でも、このように悲しい顔をするアミィール様の口から聞けるわけがない。また泣いてしまわれたら、俺だって苦しくなる。
………やはり、"あの御方"に聞くしかないのかな………
そんなことを思っていると、かた、とアミィール様が立った。そして俺に近づいて頬にちゅ、と音を立てて唇を落とした。
「セオ様、わたくしは行って参ります。
___今日も愛おしい貴方の1日がいい日でありますように」
「ああ、アミィ、いってらっしゃい。
___今日も愛おしい貴方の1日がいい日でありますように」
俺もアミィール様の頬に唇を寄せた。
ルールを決めている訳では無いけれど、互いにこれをやってしまう。俺はやらないと1日が始まった気にならないから重症なんだと思う。
アミィール様はにこり、と笑みを零してから部屋を出ていった。1人残された俺はナイフとフォークを置き、天井を見る。
_____今日、"あの御方"に会いに行ってみようかな。
そう決めた。