貴方を守りたい
しばらくそうしてから、アミィール様の唇は名残惜しげに離れた。そして、俺の涙で濡れた指をぺろ、と舐めた。
「………………塩っぱいですね」
「すみませ、……………」
「これ以上謝ったら、わたくしは貴方を襲います」
「……………ッ!」
直球な言葉に固まる。アミィール様は『そこまで拒まれると残念ですわ』と小さく笑った。
「セオ様。…………セオ様は不甲斐なくなどありません。わたくしはいつも、セオ様の笑顔や赤く染った顔に助けられてきたのです。
多い執務も、国を背負うという重責も、全部耐えられるのは___セオ様が隣にいてくださるからです」
そう言いながら、俺の額に自分の額をくっつけた。子守唄でも歌うように続けた。
「……………セオ様はわたくしの夫になる人。だから教養は必要だと周りも、…………貴方もいいますけれど。
わたくしはそうは思いませんの。わたくしがセオ様の分まで頑張れば済む話です」
「そ、それはなりません!私は、貴方に守られるために此処に来たのではないです、…………貴方をお慕いしていて、そばにいたくて、できれば………お守りしたくて。
その為に、私は強くならねばならないのです」
頑張って、言葉を紡ぐ。本当に男らしさの欠片もない自分の言葉にうんざりした。愛する女性にこんなことを言わせてしまう自分が腹立たしい。
厳しい表情を浮かべるセオドアの顔を、アミィールは優しく自分の胸に埋めた。
柔らかい胸が顔に当たっている。とくとく、と心地よい鼓動に不安がチョコのように溶けていく感覚に襲われる。アミィール様はチョコよりも甘い声で、静かに言った。
「…………では、共に頑張りましょう。
わたくし、セオ様と一緒ならどこまでも頑張れそうです。セオ様と寄り添っていればなんでもできる気になります。
大丈夫です。剣術も、魔術も、武術も、勉学も………全て毎日行えば必ずできるようになります。わたくしも不肖ながら御相手します。
なので____もう、そのような悲しい顔をしないでくださいまし」
「………………ッ、はい、アミィール様」
セオドアはそう返事をして目を閉じた。温もりと甘い気持ちに包まれて、これからの事はこれから考えよう、と思いながら___そのまま意識を手放した。
* * *
「………………すぅ」
セオドア様は寝ていらっしゃる。
わたくしが抱き締めたら眠ってしまったのだ。
長いまつ毛が濡れている。目元は赤い。服も少し解れている。……………この様になりながらも、わたくしを守りたい、と言ってくれたのだ。
愛する男がこのように自分のことを想い悩み頑張る姿をみて嬉しく感じない女などいない。
本当は、ガロの講師をやめさせようと思っていた。ガロはとても気の利く優しい側近で、セオドア様を傷つけるような者ではない。そこは信頼している。
けど、厳しい顔を、青い顔をしているセオドア様には無理をさせたくなかった。………できるのであれば教育なんてやめさせようとまでおもっていた。
けれど。
セオドア様は泣きながらも『頑張りたい』と言ったのだ。…………そのお気持ちを無下になどできない。
講師はガロだけにしよう。他の者は信用出来ない。セオドア様の身分に不満を持っている者もいる。………そんな薄汚い世界を、この美しい緑の瞳に映させたくない。
「よっ、と」
アミィールは軽々と自分より身体の大きいセオドアを姫抱きする。こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまう。
そのままベッドへ連れていき、優しく下ろす。……我儘を言うのであれば、勢いのまま欲望をぶつけて欲しかったが、このように悲しみに暮れている殿方に無理強いするのはよくない。
「…………………セオ様、おやすみなさいまし。
____早く、わたくしを愛し尽くしてくださいね」
そう言って、唇を落とした。




