悲しかったんだ
「はぁ~…………………………」
卒業パーティ_出ていないけど_の夜、セオドアは湯船に浸かりながら大きなため息をついた。
………………今日は本当に疲れた。
卒業パーティで何かあるだろう、と覚悟していたけれど、攻略対象キャラ4人と、悪役伯爵と、男たちに文字通り襲われかけたのだ。
このギャルゲーはソフトな恋愛がメインだったはずだ。他のギャルゲーのように無闇にエロを挟んだりしない。…………だからこそ今日は幻滅した。大好きなギャルゲー、大好きな攻略対象キャラだったのにな…………………
でも。
犯されそうになった俺を、アミィール様は助け出してくれた。それだけではなく、俺を家まで届けてくれたのだ。終始ごめんなさい、と謝っていらっしゃった。……………アミィール様になにも非が無いのに。
にしても……………アミィール様、お強かった。そりゃあ、剣技の授業でも武術の授業でも魔法の授業でも頭一つ抜けて凄かった。けど、それを実践で行うという行為は簡単に出来るものでは無い。否、むしろ今日の方が強かった。授業ではわざと手を抜いていた可能性まである。
そんなお強い人ではあるけれど、殺そうとしたのには驚いた。でも、それ以上に…………悲しかった。
彼女にとって殺すことは『怖いこと』でないのが、とても悲しかった。
俺が殺さないでくれ、と言った時、アミィール様はキョトンとしてた。まるで理解出来ないような顔をしていた。
………………………本当に殺すことになんの躊躇もないのだ。
それが、悲しくて…………………
そんな彼女と明日、彼女の自国であるサクリファイス大帝国に向かう。…………俺は本当に、アミィール様の側にいてもいいのだろうか。
アミィール様の隣はやはりアミィール様のようにお強い人間の方がいいのではないか。
………………"主人公"という肩書きしかない自分が、強く美しく残酷な皇女の側にいて……………いいのだろうか。
「………………俺は、弱いな」
「……………………セオが自分を俺、って言う時は大抵弱っているときだよな」
「わっ」
突然声がして、思わず飛び立つ。湯船のお湯が大分零れた。見ると、俺と同じ群青の長髪の緑瞳、目元に涙黒子がある俺の兄・セフィア・ライド・オーファンが立っていた。
「あ、兄上、ここは私の部屋の風呂場ですよ!?」
「知ってるよ。何年兄弟やってると思ってんだ。…………それより、そろそろ上がらないと逆上せるぞ。レイが言ってたが、もう1時間も入ってんだろ?」
「あ………………」
もうそんなに経っていたか。そんな俺を見ながらくつくつ、と笑って『少し外の風にでも当たろうぜ』と言ってきた。
* * *
「ふっ!」
「うわっ」
風呂から上がり、何故か俺は兄と剣を交えていた。せっかく風呂に入ったというのに汗だくだ。
その才能と努力で弱冠17歳で兵士長となり、ヴァリアース大国屈指の大剣豪と呼ばれるセフィアに勝てるはずもなく、尻もちをついた所で木刀の刃を眼前に向けられた。
「ま、まいりました……………」
「相変わらず、お前は剣がからっきしだな。掌のマメもまだ少ない。…………毎日振っているようだがな」
そう言って兄は木刀を額に乗せ、絶妙なコントロール力で落とさずにいる。凄い人なんだけど、どこかズレているのだ。
それよりも。
「なんで急に剣の稽古を……………?」
「そりゃ、あれだ、…………明日は見送りが出来ないから、話しておこうと思ってな」
「?」




