卒業パーティ前日
「……………………よし、こんなものか」
セオドアは額に伝う汗を拭いながら、沢山の梱包された荷物を見る。衣類にお気に入りの調理器具、菜園セットに前世の知識を使って試行錯誤を繰り返し作ったミシン的なもの。その他にも、手放せない物を纏めたのだ。
………………明後日には、俺はこの家を出る。先日婚約をしたアミィール様とサクリファイス大帝国に行くのだ。
そりゃあ、不安が無いわけじゃない。サクリファイス大帝国は軍事国家と言われるほど屈強な兵士は多いらしいし、その中に放り込まれるなんてライオンの村の中にうさぎを投げるような所業である。
それだけではなく、皇女の婚約者としてご両親にしっかり挨拶をしたいのだ。できれば好かれたい。『アミィール様の隣に立っても恥ずかしくない』男になりたい。……………道のりはすごく遠いけれど、オーファン家を誇る騎士であり執事のレイに剣術や魔術を教わるつもりだ。
主人公パワーなんてなくても、アミィール様が頼りたくなるような男を目指すのが今の目標なのである。
「よし、剣を振るか!」
「セオドア様…………………いや、セオドア、お前は馬鹿か?」
「あでっ」
立ち上がってガッツポーズを作っていると頭を叩かれた。見ると、レイが心底呆れた顔で言う。
「こんな夜更けに剣を振るう馬鹿がいるか」
「レイ、私は一応お前の主人だぞ?」
「敬語を使えば使うなと言われ、普通に話せば自分は主人だ、だなんて俺は一体どうすればいいんだ」
「そんなのはどうでもいいんだ、アミィール様のお力になれるくらい強くなるんだよ私は!」
「はぁ……………あんなに美人な皇女様に選ばれたのだからお前が浮かれるのもわかるが、サクリファイス大帝国に行く前にまずは明日の卒業パーティだろう?」
「あ」
すっかり忘れていた。明日はゲームのエンディングである学園の卒業パーティの日だ。……………とはいえ、俺は攻略対象の好感度も上げてなければ恋愛イベントも起こさず、スチルすら見ていない。
ゲームのエンディング通りであれば悪役伯爵であるザッシュが攻略対象キャラに応じて変わる様々な理由で断罪され、その上でマフィン以外であればその攻略対象キャラに告白をされる。マフィンも「幸せになってね!」なんて言って婚約を解消し、俺はそれを受け入れる。
マフィンが相手なら改めて愛を誓う………という、ゲームと言うだけあってご都合主義の、現実味の無い流れなのだ。
しかし、俺はその条件を誰1人満たすどころかもうゲームに出てこなかったキャラ、サクリファイス大帝国の皇女であるアミィール様と婚約をしている。
間違いなくこの流れにはならないだろう。…………でも、このゲームは元々俺がゲーム通りに動いてすらいないし、予想通りの展開にならないのは必至である。
明日は何かが起きるのかもしれない。気を引き締めて行かなければ……………
「卒業パーティではアミィール様をエスコートするんだろう?しっかり正装をしなくちゃな。まだ起きているなら服を当てるが、どうする?」
「……………頼む」
……………とりあえず、卒業パーティでアミィール様が恥をかかないように、振る舞いに気をつけなければ…………
そんなことを思いながら、明日着る服を当てられていた。
* * *
「アミィール様がパーティに遅れる?」
次の日、黒い落ち着いた正装を身に纏ったセオドアは素っ頓狂な声をあげた。目の前には、アミィール様の侍女・エンダーが深深と頭を下げている。
「左様でございます、申し訳ございません」
「…………本心を交えて理由をお聞かせください」
セオドアがそう言うと、ぴくり、と反応してから顔を上げて淡々と言う。
「アミィール様は冷酷非道理不尽なお父上・ラフェエル皇帝陛下と伝達魔法を用いて大喧嘩している最中です。……全く、あのずぼら皇女、わたくしを使いパシリにして、給料上乗せで貰わなくては……」
「………………」
最近、エンダーとアミィール様と会う機会が多かったからエンダーの性格は少しわかっている。忠誠心はほとんど無く、給料のことしか頭にないからお金をチラつかせれば大抵の事は話すのだ。このとおり。
ともかく、アミィール様は遅れてくるらしい。
「……………そうか」
こればっかりは仕方ないな、と残念そうに目を伏せた。