ケーキよりも甘い
セオドア様の言葉に、驚く。
だってあのうんち皇帝がそんなことを許すと思えなかったから。そんな気遣いができるなんて……
……いえ、最近、お父様はセオドア様を寵愛し始めています。それはもう嫉妬するくらいに。毎日鍛錬場に顔を出していると聞きますし……
アミィールは小さな嫉妬に顔をしかめる。セオドアはそれを見て、眉を下げた。
「アミィ、嫌だった?」
「ち、違います!……あの皇帝が許してくれるとは思えなくて……」
「私もびっくりしたんだ、けど、本当にいいって言って貰えたんだけど……」
か細くなっていく声、子犬のように目を潤ませている愛おしい御方____本当に、この御方はいつまでもどこまでも可愛らしい。
アミィールはふ、と笑ってフォークを手に取り、食べかけのケーキを掬って、セオドアの口元に持っていく。セオドアはそれに目を見開いて顔を赤くした。
「あ、アミィ?」
「____デートに行きましょう。わたくし、楽しみです。そして嬉しくて…………
甘い、甘い気持ちを共有したいのです」
「…………ッ」
アミィールの嬉しそうな笑みに、セオドアはさらに顔を赤らめながらも差し出されたケーキを食べる。そして、咀嚼する前にアミィールを抱き寄せ、そのままキスをした。
唾液と熱でほろほろと溶けていくケーキと、互いの甘い口内を堪能しながら舌を絡めた。
それは、とてもとても甘くて、……癖になりそう。
ケーキの事など忘れて、そのままソファに倒れ込み、そう思っているアミィールに更に深くて甘いキスをした。
セオドア様はわたくしの全てを喰らい尽くすように荒々しくキスを続けてくださっている。
「ふ、う……………っ」
____この御方のキスに、わたくしはいつ慣れるのでしょうか?
こんなに毎日しているのに、いつも蕩けそうになる。いつも窒息しそうになる。
この御方の唇は、淫魔の魔法よりも魅惑的で誘惑的なんだ。
_____はしたない気持ちが生まれない訳が無い。
唇が離れていく。わたくしは、未だに熱の篭った緑色の瞳を見つめながら___懇願する。
「____セオ、わたくし、……もっと、セオを味わいたいです。
デートの前に……わたくしを食べてくださいませんか?」
「ッ……そんなことを言ったら、デートに行く前に俺が貴方の全てを喰らってしまうよ」
俺の目の前には………乱れた紅銀の長髪、潤んだ黄金色の瞳、赤く染った頬___ケーキなんかよりも、美味そうな女。
______間違いなくケーキよりも甘くて、俺は醜く貪り尽くしてしまうのだろう。
いや、違うか。………だろう、じゃなくて、貪り尽くす。一生をかけて、この人の全てを俺が喰らうんだ。
セオドアはアミィールの服を脱がしながら、味わうようにさらけ出された鎖骨に舌を這わせた。
……………この後、机に放置されたケーキよりも甘く幸せなひと時を、2人で過ごした。
* * *
「アミィ、セオ。
城下町ではちゃんと顔を隠せ、バレるなよ。
騒ぎは絶対起こすな。
もちろん龍化および治癒血を使うことも許さん。
アミィはセオを何がなんでも守れ。
それから……………」
「………………」
「………………」
デートもとい城下町の視察の日。
新婚旅行のデジャヴである。今回は2時間も聞いているのだ。心配してくれているのがとても伝わってくるが……それ以上にラフェエル皇帝様の過保護が凄い気がする。
そんなことを思うセオドア_フードを深く被り、簡素な服装をしている_を横目に、アミィール_季節外れな麦わら帽子を被り、貴族とは思えない簡素な白いワンピースを着ている_は笑顔で言う。
「お父様、とてもくどいですわ。城下に降りるだけで、何故そんなに注意されるのでしょうか。
ああ、皇帝が無能だから治安が悪いのですのね」
「あ、アミィ………」
「…………生憎だがサクリファイスの治安はユートピア随一にいいんだ。皇帝が優秀だからな」
「何大人気ないこと言ってるのよラフェー……」
黒髪、黄金の瞳を持つサクリファイス大帝国皇妃、アルティア=ワールド=サクリファイスは夫の言葉にすっかり呆れ返りながら、新婚旅行の時のようにセオドアとアミィールの頭を撫でた。
「楽しんでおいでよデート~お土産話待ってるからね!」
「……………デートでは無く視察だ」
「うるさい、ラフェー」
そんな会話をする皇帝夫婦を他所に、セオドアはドキドキしていた。………これはもうデート出発していいんだよな?手を繋ぐと言うんだ!俺!今回のデートは俺がリードしなければ___「セオ様」……あ。
「御手を。城下町へ案内しますわ」
「……………………あ、ああ」
セオドアは力なく返事をして、差し出されたアミィールの手をとった。
デート出発からリードを許してしまったセオドアは『このデートをリードするのは無理かもしれない』と凹みながら城を出たのだった。
 




