『穢れた一族』の良心
アルティア皇妃様が俺の目線に合わせてきた。先程まで居なかったのに、とか、この人もアミィール様を止めなかったんだとか色んな考えや感情が浮かんでは消える。
そんなセオドアに、アルティアは静かに、でも力強く言った。
「____アミィールは、私達のせいでそう育った。人を殺すことを『自分の使命だ』と勝手に思い上がって、自分の血を嫌って…………作り物の笑顔しか、作り物の話し方しかしなかった殺戮人形だった。
けどね。
____アミィールは、貴方と出会って変わったの」
「…………え?」
予想外の言葉に、セオドアの涙に濡れた緑の瞳が見開かれた。アルティアは優しく群青色の髪を撫でながら言葉を紡ぐ。
「アミィールが貴方を好きになった、と言った時___あの子の本当の笑顔を見たの。7歳から人を殺して作り物の笑顔しか見せなかったあの子が………貴方の事を語る時だけ心からの笑顔だったわ。
貴方の綺麗な心が、あの子の冷たくなった心を溶かしたの。貴方の優しい心があの子に『人間の感情』を教えたの。
これは、貴方が___貴方の手が、私たちと違って真っ白だったからなのよ?その貴方が自ら手を黒く染めることは、……………今まで貴方が教えた全てのことを捨てることと同義なのよ」
「ッ、そんなこと…………」
「そんなこと、あるのよ。
___私達家族の、従者達の手はとてもどす黒い。何を奪ったのかさえ分からないくらい沢山の命を奪い、沢山の血を浴びてきた。
心もどす黒くなって………もう綺麗な自分には戻れない、引き返せないほどに"穢れてしまっている"。でも、黒すぎて何色にもなれなかった私達家族を少しでも『いい人』にしてくれたのは紛れもなく貴方。
その貴方が血に染ることは__私もラフェーも…………アミィールも許せない」
「わっ」
アルティア皇妃様はそう言って、俺の手を取り引っ張って立たせた。そして、優しく抱き締められる。
「……………だから、貴方まで穢れると言わないで」
「…………っ、ぐすっ…………」
温かい体温は、アミィール様と同じもので。匂いも同じもので………とても、人を殺している、『穢れている』なんて思えなかった。それだけ優しくて、また涙が溢れる。アミィール様に抱かれている錯覚を覚えて、無性に会いたくなった。
____俺は無力だ。
_____アミィール様の御心さえ知らず、沢山の優しさをくれたこの人達に甘えて、綺麗な幸せばかり享受して、この人達の悲しみも使命も何も知らなかった。
______自分に、この人達のように人を殺すことなどできない。自分が誰かを殺すなんてことを考えるのも嫌だ。人殺しなんて怖いと思うのは変わらない。
けれど。
____こんなにも温かくて、こんなにも厳しくて、こんなにも優しくて、こんなにも甘い家族を嫌いになることは到底出来そうにない。
こんなに悲しい道を歩むこの人達を…………嫌いになどなれるはずがないんだ。
気高き人殺しの一族。
『穢れた血』を持つ一族。
……心までも黒く染ってしまった悲しい一族。
それでも、俺はこの人達が大好きなんだ___
セオドアはラフェエルとリーブ、ガロに見られていることも忘れてアルティアの胸の中で子供のように泣きじゃくった。何時間も何時間も時間を忘れて泣いた。
アルティアはそれでも胸で泣きじゃくる優しい我が子を、何時間も優しく、大事そうに抱き締めていた。




