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死神姫と兄

 





 _____"死神姫"という名前を知らない兵士はこのユートピアに居ない。



 けれども、それは所謂"噂"の類で、誰もその姿を見た者は居ないのだ。




 だから、信じていなかった。




 けれど。





 「ぎゃぁぁぁぁっ!」



 「し、死神…………ッ!」





 沢山の血が、舞っている。



 沢山の肉塊が、落ちている。





 沢山の悲鳴が、響いている。





 その中心で舞うように、躊躇なく人を殺していく紅銀のポニーテールの女。



 それを見て___俺は、動けなくなっていた。



 ヴァリアース大国騎士団長、セフィア・ライド・オーファンは目を見開いて、その惨劇を見ていた。



『噂』ではなかった。本当に『死神姫』はいた。




 紅銀のポニーテール、黄金色の瞳、赤と黒の鎧を着て、青紫の剣を操る美しい女。




 それが______最愛の弟の、妻なのだ。


 ……俺は、騎士団育成の一環としてサクリファイス大帝国で行われている『任務』に参加した。騎士団長として、自信があったけれど……弟の妻は俺なんかよりも強く、美しく、___残酷だった。




 「このぉ!」



 「…………ッ! 」




 そんなことを考えていると、後ろから男が襲いかかってきているのに気づく。反応が遅れたせいでやられる___と、思ったが。




 「っえ……………?」



 「…………!」




 俺が動く前に、男の脳天に青紫の剣が貫かれた。顔に生温かい血を被る。そして。




 「____お兄様、大丈夫ですか」



 「あ、ああ…………」



 「怪我があってはなりません。わたくしから離れないでくださいまし」




 女はそれだけ言って剣を引き抜き、人間だったモノを踏み付けて再び殺しに興じた。




 俺は_____恐ろしかった。

 なんの躊躇もなく、人を殺す女___アミィール・リヴ・レドルド・サクリファイスが。



 恐ろしかったんだ______







 * * *





 「…………………………」





 アミィールが血塗れになった頃には、ガロとセフィア、ダーインスレイヴ以外その場に居なかった。



 セフィアは震えていた。自分が騎士団長だと言うことを忘れるくらい、共に戦ったアミィールは強かった。強いという噂は聞いていたというのに、だ。



 呆然とするセフィアの肩に手が乗る。セフィアが振り返ると___全身を赤く染めたダーインスレイヴが。





 「___大丈夫か、セフィア」



 「ッ、ダーインスレイヴ様……彼女は、何故こんな風に人を……ッ」



 「____ここは、奴隷売買国なのはわかるだろう?


 こういう場所を潰し、悪事を働いている人間を粛清するのが……………アイツの選んだ役目だからだ」



 ダーインスレイヴは悲しげにそう言った。

 ガロも下を向いている。



 「……………ッ」




 セフィアは唇を噛んだ。

 女の身でありながら血にまみれる宿命を受け入れそれを熟すのは、簡単じゃ無いはずだ。それでも、彼女がそれを選んだというのか?



 それは___余りにも悲しい決断じゃないか。




 「…………………ぃ」




 「……………?」




 不意に、アミィールが何かを言っているのに気づく。セフィアは震える身体に鞭打って近づいてみた。アミィールはそれに気づかず、放心状態のまま先程から漏らしている言葉を紡いだ。





 「_____セオ様に会いたい」



 「______ッ」




 聞き取った言葉が鼓膜を揺らす。

 涙さえ流さず、血に染るこの少女が望むのは、自分の弟で。


 そう思うと、勝手に涙が溢れた。




 _____帰ったら、セオドアに聞かなければならない。



 _____この悲しく強い少女を、お支えできるのか。



 ___覚悟はあるのか。




 聞かなければならない、と強く思った。
















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