※ギャルゲーはエロゲーではありません
でも、最初は『主人公』として転生したとは思っていなかった。前世の記憶はあるけれど、それでも大事なのは今世で、普通に上位貴族の教育を受けつつ明るく優しい両親に育てられて、無事すくすく育った。
しかし、成長していくにつれて『理想郷の宝石』に出てくるユートピア、ヴァリアース、そして婚約者のマフィン・エリ・コロンブスと言う単語や名前で此処がそのギャルゲーの世界だと分かったのだ。
俺は嬉しかった。3次元で攻略出来るのだから、と学園に通い始める歳になるのを心待ちにしていた。スチルを現実で見てみたい、攻略するなら両親が決めてくれたマフィンがいいだろうか、でも主人公だから色んな攻略対象キャラに声をかけられるだろうと思っていた。
事実、そうだった。
でも俺の淡い期待は見事に裏切られた。
「ねえ、セオ!一緒にランチをしましょう?
………ちょっと!今わたくしの肩に貴方の肩がぶつかったのですけど!?わたくしは王家の血を引くコロンブス公爵家の令嬢よ!」
ウェーブのかかったピンク髪はふわふわで、青瞳が美しいけれど、高飛車で身分ばかりを振りかざす婚約者のマフィン・エリ・コロンブス。
「この後、マフィン様が席を外しますよね?でしたら、わたくしと遊びませんか…………?」
癖のついた赤毛で緑の瞳の色っぽい後輩、ロヴェン・ニール・ハウンドは俺の腕に絡み付いて大きな胸を押し付けてくる。これはエロゲじゃないよ?
「セオ!ねえ!マフィンなんかと別れて私と結婚するって言ってたじゃない!」
こう公衆の面前で騒ぐ茶髪の二つ結び、赤い瞳の幼馴染・ヘイリー・ニーチェ・アルバーノ。そんな約束をした覚えはない。
「…………………私、あなた、すきなの。好きって言ってくれないの………?」
白の短髪の銀瞳の転校生・ターニャ・ニル・ヤフェル。こらこら、片手に持っているナイフをどうするつもりだい?
………………このとおり、ゲームのキャラと言うだけあって個性的な攻略対象なのだ。ゲームをしていた頃こそ、このキャラ性面白い!とドキドキしながら見ていたが、現実にいるとそれはもう厄介というか、絡みづらいというか。
つまり何が言いたいのかと言うと、ゲームの中に転生したとはいえそれが幸せだとは限らないということだ。主人公補正で攻略対象キャラには愛される_森の妖精神というのは出てこないけれど_のは素直に嬉しいけれど、それでも自分以外の人間に優しくない彼女達になんの魅力も感じないのだ。
* * *
「………………はあ」
なんとか、4人を撒いて、学園の裏にある小さな花壇に植えられた花に水をやる。この時間が実際1番心が休まる。
主人公というのは何をやっても好かれる、失敗しても笑って許される、優遇される。けれど、他の人が同じようなことをしたら怒りを撒き散らすような女の子をどうしても好きになれないのだ。
ゲームではあんなに熱中していたのに、とは思うけれど、よく考えればここは現実の世界なのだ。ゲームは綺麗な所を切り取って、プレイヤーが喜ぶ展開を見せるもの。でも、現実は見たくないところまで目につくのだ。
だからもうスチル集めはしていない。寧ろ、こうして逃げ回っている。我ながら情けないとは思うけれど、自分が思い描く可愛いヒロインとかけ離れすぎてすっかり幻滅状態だ。
でも、主人公はヒロインを選んで結婚するという運命が決まっている。こちらがどう動こうが告白イベントが発生して、結ばれる展開が待っているのだ。それを考えると憂鬱すぎる。誰か変わって欲しい。
「よお、セオドア殿」
「…………!」
呼ばれて、振り返る。
見ると_____このゲームの悪役伯爵・金髪赤瞳のザッシュが立っていた。