皇女は想う
＿＿＿＿＿わたくし、今、セオドア様に抱き締められている………………？
アミィールはセオドアの胸の中で状況を整理する。少し内向的なセオドア様がこのように抱きしめてくれると思っていなかった。
……………彼の事を好きになったのは、本当に些細なきっかけだった。
いつも美しい女性に囲まれていた彼はひとつも嬉しそうな顔をしていなかった。周りの男達がその美しい女性に目を奪われていて、みっともないと思っていたわたくしにはそのような顔をする男が新鮮に映った。けどそれは、本当にそう思っただけで。
父の命で各国に留学し始めてから何度も逃げ出す場所を探していた。未熟なわたくしは、皇女だということを自覚しつつも、それでもその誉高い重責から一時だけでも解放されたかったのだ。
それはヴァリアースに留学してもそうだった。図書館、テラス、御手洗…………見つかる度に転々として、最終的に小さな花壇のあるあの場所を選んだ。大きな、人1人座れる枝があったから。それだけだった。
その場所で＿＿＿彼を見た。
男児なのに、花を弄っていた。泥だらけになりながら花の苗を持って、柔らかい笑みを浮かべていた彼を見て……………世界が、彼が輝いて見えた。
＿＿＿＿もっと見ていたい、この笑顔を。
けれど、彼にはたくさんの女性が居る。婚約者もいらっしゃった。わたくしがはいる隙間なんてなかった。それに、わたくしには誰にも言えない『秘密』がある。恋をしてはならない、と自分に言い聞かせていた。
花を愛でるように、見ているだけの存在だった。その笑顔を見る為だけにあの場所に通い続けた。
木の上から見続けて半年、彼がクラス全員に責め立てられ、婚約解消をされ、あろうことか処するとまで言われていた。
土下座をさせられかけた彼には悪いけど………わたくしにとっては僥倖だった。たとえクラスの全員が言うように不貞の輩だったとしてもいいと思った。だから求婚した。
最初は、実らなくてもいい、関わるきっかけが欲しいだけだった。
それからは遠慮せずに近づいた。話せば話すほど、関われば関わるほど彼は不貞どころかとても心の優しい、腕っ節ばかり強いわたくしとは違ってか弱い男だと知っていった。そして、その男に＿＿まるで、泥沼に沈むようにゆっくり、でも深くハマっていった。
実らなくていい、『秘密』を抱えているわたくしは本当に結婚は出来ない……それらの思考が、彼と関わるだけで消えて、浅ましく卑しい気持ちばかりが募っていった。………結ばれたい、と思ってしまった。
けれど、彼はとても礼儀を重んじているからわたくしが話しかけると萎縮する。それを一概に悪いとは言わないけれど、距離を置かれているようで悲しかった。
そんな、彼……………セオドア様が、わたくしを抱き締めたのだ。
心臓が、五月蝿い。これではセオドア様に不快に思われ＿＿＿？
押し付けられた胸から、わたくしの心臓の音とは違う、別の心臓の音が聞こえた。…………セオドア様も、胸が騒がしい…………？
「アミィール様。………アミィール様は私などより素晴らしい御方です。菓子作りや花の世話が出来ずとも、貴方には貴方の良さがあるのです。
＿＿＿＿＿＿自分を卑下しないでください」
「……………！」
そう言って、身体を離される。
視界に入ったのは、群青色の髪にエメラルドのように淡い緑の瞳。……………知らない、男の顔。
こんな顔も＿＿＿＿できるのですね。
見蕩れていると、セオドア様はハッ、と短く声を出して顔を紅くした。耳まで赤くして勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ございません！出過ぎた真似を……！
アミィール様、不快な思いをさせてしまい……その……！」
頭を下げながらそう言葉を並べるセオドア様。不快な思いなどしていない。寧ろ……温かくて、少し硬い身体が心地よかった。
わたくしは、下を向く愛おしい御方の頬に手を伸ばした。
