主人公と赤ん坊
保母に連れられ、俺は『乳幼児室』に来た。この部屋は赤ん坊専用の部屋で、子供達の入れない場所だ。
そこで見たのは____
「ふぎゃぁぁぁぁ!」
「きゃあ!」
「…………!」
赤ん坊が泣き喚きながら保母の胸の中で暴れていた。バタバタと小さな手足をばたつかせ、大泣きしている。俺は直ぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「せ、セオドア様………っいた!」
保母が安堵の表情を浮かべた時、赤ん坊は保母の腕から逃げ、自分のベッドであろうベビーベッドの上でハイハイし、隅っこで保母を睨んだ。その目は___とても恨みを含んでいるように見えて。
セオドアはそれを見て、赤ん坊を抱えていた保母に聞く。
「あの子は…………?」
「えっと、今日このリンドブルム孤児院に来た赤ん坊なのですが……ずっとああしていて、触れると暴れ、ミルクさえ飲まないのです……」
保母は困り果てたと言わんばかりに目を伏せた。新しい孤児、か………知らない人だから怖かったのか?
「……………あの子、虐待された事があるわね」
「わっ!」
後ろから声がして、びっくりした。
見ると、アルティア皇妃様が目を細めて赤ん坊を見ていた。そして、独り言のように言う。
「……………ちゃんと愛情を知らず、手を挙げられた子供はああなってしまう。大人が全員怖いのね」
「………そんな………」
その言葉を聞いたセオドアはもう一度赤ん坊を見た。赤ん坊は僅かに震えながらもこちらを睨みつけている。よく見たら体中に内出血がある。
無性に腹が立った。こんな小さな子供が………こんな傷を負って、それで大人全てを敵のように見ているのが………悲しくて。
黙って見ていることなど、出来ない。
「………セオドアくん?」
「あぶっ!」
セオドアは赤ん坊に手を伸ばす。赤ん坊は手を払おうとするが、その前にセオドアの手が赤ん坊の頭を撫でた。そして、優しい声で言う。
「___大丈夫だよ。怖くないよ。
君を傷つけたり、しないよ」
そう諭すように言うと、赤ん坊は目を見開いて暴れようとするのをやめた。しばらくそうしてから、おずおずとセオドアの近くに来る。
セオドアは近くに来ると、優しく抱き上げた。それを見た保母は口元を抑えている。
「すごい…………この子が暴れてない………」
「…………すみません、この子のお名前は?」
「えっと、ヨウと言います」
「ヨウ、か。ヨウくん、偉いね。来てくれてありがとう。
私はセオ。よろしくね」
「……………ぶ」
赤ん坊はこくん、と頷いて身体を預けている。それを見たアルティアは少し考えてから___とんでもないことを言った。
「…………その子、しばらく私達で預かりましょう!」
「え」
「ぶ?」
セオドアと赤ん坊は目を丸くした。
* * *
「………本当によろしかったんですか?」
馬車に揺られながらそう聞くセオドアの腕の中には、未だ髪の毛も生えてない黒目の男の子・ヨウが居た。
アルティア皇妃様の発言により、この子を1週間預かることになった。勿論、アルティア皇妃様が決めた事は絶対で、すんなり連れてこれたけれど………
不安そうな顔をするセオドアに、アルティアは頬杖をつきながら言う。
「他の人を怯えて傷つけてしまう子供を放っては置けないわ。保母達もミルクを飲まないって言っていたし、セオドアくんしか触れられないし。
なら、セオドアくんを通して人に慣れていくことを覚えさせなきゃ」
「それは…………」
その通りだとは思うけれど。
そう思いながら、腕の中にいる子供を見た。子供の黒い瞳は俺を捉えている。不思議そうにして俺を見ている。
俺、この子をちゃんと面倒見れるのかな………?
そんな不安を抱きながら、セオドアはヨウを抱きしめ直した。
 




