これは悲恋じゃない
「え……………?」
ダーインスレイヴ様は可能だ、と言ったのに実らないとも言った。言葉の意味がわからなくて呆然とする。今の俺は間抜けな顔をしているだろう。
しかしダーインスレイヴはそんなの気にもとめずにしゃがんで、花を指先で撫でた。
「フランのように面白く明るい女性と結ばれるのは大歓迎だ。…………けどな、俺は幽霊なんだ、幽霊は人を愛せない」
「な、なんでですかっ!幽霊が人を愛してもいいじゃないですか!なんでっ…………!」
セオドアは大きな声を出す。だって、おかしい。幽霊だとしても、人を愛することが悪いわけないじゃないか。少女漫画でもなんでもそういう展開があるし、なによりお互いが愛し合えるならそんなこと問題じゃない!
俺だったら…………アミィール様が幽霊でも、俺が幽霊でも、アミィール様を愛する事を自重しないだろう。
そう憤りにも近いセオドアの心の声を聞いて、ダーインスレイヴはふ、と笑った。
「愛し合う………か。少し頭を使ってみろ、セオドア。俺は幽霊でいつまでも生き続ける。成仏しようにも俺の体には初代龍神の力が僅かながらあり、剣として生きている。剣が壊れたら死ぬのかもしれないが、今まで俺を壊せるものはなかった。
つまり、半永久的に生き続けるだろう。
けれど____フランは聖女である前に人間だ。…………いずれ、死ぬ」
「……………ッ!」
ダーインスレイヴ様は『死』と言う言葉を使った時、とても悲しそうに目を伏せた。木陰のせいか、心持ちのせいか、顔は暗い。
「フランが死んだあとも俺は生き続けるだろう。愛してしまっては____別れが惜しくなる。
それに、今の俺の役目は"友が未来に残した希望の子供達"を助け、見守ること。それを疎かにしたくない。…………これは俺が、今は亡き友に出来る最大の餞だ。
______俺の人としての物語はもう5000年前に幕が下りているんだ。今の俺は、"魔剣"さ。サクリファイス大帝国皇族専用の魔剣。
魔剣が人間に恋するなど滑稽だろう?」
「……………………」
そう言ってダーインスレイヴは乾いた笑い声を出した。…………話は全くわからないのに、胸が締め付けられる。だって、あまりにも悲しいじゃないか、そんなの。好きなのに好きと言えないのは___俺だったら、無理だ。
でも。
俺の愛するアミィール様のお身体の事を知ってるから、ダーインスレイヴ様の言うことも分かるんだ。
いつ死ぬかわからない人を愛するのは____怖い。
「そうさ。…………俺は、もう大切な人間の死を………………見たくはない。
臆病な幽霊だろう?」
「…………っう…………」
俺に向けられたダーインスレイヴ様の笑み。それをみて、俺の目から熱いものが流れた。その言葉に熱を帯びていたから。ダーインスレイヴ様は___謎だとか、ミステリアスとかじゃない。
とても、とても情熱的で、…………途方もなく優しい人なのだ。
「……………俺の為に泣いてくれて、ありがとうな。お前はやはりサクリファイス皇族の中で一番優しくて、一番人間臭くて………一番綺麗だよ」
「ダーインスレイヴさ、ま………」
ダーインスレイヴ様は俺の頭を撫でた。体温を感じない筈なのに____その手は、温かくて。
俺は、ダーインスレイヴ様が消えた後も花に囲まれて泣いていた。
_______悲しい選択、というのは俺の思い上がりな勘違いなんだ。
ダーインスレイヴ様は我慢して気持ちを抑えているのではない。
クリスティド国王陛下と同様自分の『幸せの形』に満足していて。
その『幸せの形』を壊さない為に、フラン様の想いを知った上で……………自分の気持ちを知った上で、選んだんだ。
俺が泣くのは間違っている。わかっているんだ。だってダーインスレイヴ様はそれについて悲しんでいない。むしろ誇らしいと思っている。
その人の誇りを、俺の涙で穢してはダメだ_____
俺は服の裾で、目が痛くなるまで目を擦った。




