お菓子よりも甘い気持ち
「え…………ですが…………」
チョコブラウニーは無残な代物に成り果てたのだ。こんなもの、お菓子とは言わない。
そう言おうとしたけど、アミィールは眉を下げて、懇願するような目を向けた。
「……………だめ、ですか?」
「ッ……………」
この顔は、反則過ぎる…………!
耳と尻尾の幻像が見える。落ち着け、俺………!
セオドアは顔を赤らめながらチョコブラウニーを手に取った。
「だ、大丈夫な部分だけなら……………」
「!やったあ!」
喜ぶアミィールに、セオドアはおずおずと潰れたチョコブラウニーを手渡す。アミィールはそれを受け取ると、静かに、でもとても愛おしそうな顔をして包装袋の上から優しく触れる。
この顔は……………初めて見た。
思わず見蕩れるセオドアを、アミィールは顔を上げて見た。
「ねえ、食べていい?」
「え、で、ですが、ここは道路…………」
「大丈夫よ」
「登校の途中ですし…………」
「遅れて行けばいいわ」
何を言っても口を返すアミィール様。…………これはいくら言っても食べるまで動かないな。
それを悟ったセオドアは、俯きながら口を開いた。
「い、いいですけど……ボロボロなので、……」
「大丈夫。…………いただきます」
アミィールは言うが早いか袋を開けた。
味は大丈夫………な、はずだけど、崩れてるし、それに口に合うか……
恥ずかしさと不安に祈るポーズを取るセオドアをよそに、アミィールはチョコブラウニーの欠片を口に含む。すると、ふにゃ、と顔を緩めた。
「美味しい!すごく美味しいわ!」
「!」
「ありがとう、凄く、凄く嬉しいです」
_____こんなに幸せそうに笑うのか。
チョコブラウニーはぐちゃぐちゃで、嫌な思いもさせたのに、俺のチョコブラウニーの欠片1つで……
胸が、じんわり熱くなる。
さっきの不安がどこへやら、温かい気持ちに包まれる。
_____作って、よかった。
そう思うセオドアを横目に、アミィールはチョコブラウニーをひとつ残らず食べたのだった。
* * *
アミィール様に求婚されて、早3ヶ月。
もう雪がちらほらと降る季節になった。
「セオドア様、四限目の武術では一緒に組んで下さいまし」
「え、で、ですが、私ではアミィール様のお力には到底及ばないですし……弱くて申し訳ないというか……」
「いいえ。セオドア様と組むといつも新しい発見があります。なので、お願い致します」
「……………はい」
………………このように、普通に会話ができるようになった。たどたどしいけれど、受け答えぐらいは出来る、そんな関係。花壇の世話も、昼食も、授業もずっと一緒に行う生活にも少しずつだけど慣れてきている。
それどころか友達もおらず、攻略対象キャラに追われ、婚約者のマフィンと喧嘩ばかりして憂鬱だった学園生活が一変して楽しくなった。あまり意識しないようにしてたけど、孤独で寂しかった学園生活がアミィール様がいて下さってるおかげで楽しくなったのだ。
とはいえ、何をするにも距離が近くてやっぱりドキドキしてしまうけど……
「?セオドア様、お顔が赤いですよ?寒いのでしたら、わたくしの上着を………」
「だっ、大丈夫です!お気持ちだけで……その……嬉しいです。
ありがとうございます、アミィール様」
「___ッ、こ、こちらこそ、です………」
セオドアの照れつつも柔らかい笑みに、耳まで赤くするアミィールは小さな声でそう言った。しかし聞こえておらず、セオドアは聞き返す。
「………?も、申し訳ございません、何か仰いましたか?」
「な、なんでもございません!
それよりも魔術の教室に行きましょう?今日のテストはなんでしょうね?」
「………?は、はい。多分、属性魔法の法則だと………」
2人は肩を並べ、他愛のない会話をする。その様子はどこからどうみても婚約者同士である。
全てにおいて完璧な大帝国の皇女は勿論、他の男子に疎まれる程美しい公爵の子息の仲睦まじい様子は男女問わず学園の憧れの的になっている。
______そんな仲睦まじい2人を見る影。
「巫山戯るな………………」
アミィールの隣は俺だろう。
アミィールの隣で笑っていいのは、俺だろう。
なんでだ?なんで、セオドアなんだ?
______主人公だからか?
巫山戯るな。
"悪役伯爵"の私が、好かれるのが流れだろう。
なのに何故______アミィールは、セオドアを選ぶんだ!
ザッシュは、下唇を噛んだ。