主人公の乙女心
「……………………ふう、こんなものか」
セオドアは額から零れ落ちる汗を拭う。目の前には___チョコブラウニー。
アミィール様と約束してしまったから、作ったのだ。クッキーやチョコ、マカロンにケーキ…………色々考え、作って、レイや家族に食べてもらって、1番評価の高かったチョコブラウニーを改めて作ったのだ。
それを見ていた赤い髪を緩くまとめた、タレ目気味の優しい黄色の瞳の母・ガーネットはにこやかに言う。
「セオの作るお菓子はどれも美味しいから、いくらでも食べれちゃうわ。
それも頂いていいの?」
「いえ、これは私の………その、友人に作ったものなので」
そう言って顔を赤らめる息子の姿に、ガーネットはくすり、笑みを零す。
「………あらあら、セオ、もしかして…………春が来たのかしら?」
「で、ですから!友人です!べ、別に、私は、その………………」
セオドアは壊滅的に嘘をつくのが下手だ。けれども、裏を返せばとても素直な性格だと言うこと。そんな愛らしい子供の頭を撫でた。
「……………喜んでもらえるといいわね」
「……………はい」
セオドアはアミィールの笑顔を思い出す。高貴な顔で受け取ってくれるのか、溌剌とした笑顔で受け取ってくれるのか、…………度々見せてくれる、頬を染めた顔で受け取ってくれるのか。
そう考えるだけで胸がじんわり温かくなる。はやく、渡したい。
「セオにそんな顔をさせる子はどんな子なのでしょう。セオが選んだ子なら、間違いなくいい子でしょうけど」
「で、ですから違いますって!」
「ん?どうしたんだい、母上、セオ」
「あ、兄上」
そんな話をしていると、この国の兵士長をしている群青色の髪を一つに纏めた緑瞳のタレ目、右目の下にホクロがある兄・セフィアがひょっこり現れた。今日は非番だったのか。
「お、セオの菓子か。私も食べたいな」
セフィアが目の前のブラウニーを見て手を伸ばそうとするのをセオドアは両手で制した。
「ダメです!これはアミィール様に………」
「アミィール?…………って、あのアミィール様か!?サクリファイス大帝国の!?」
「あっ」
セオドアは焦って口を抑えるが、時すでに遅し。セフィアとガーネットは目をキラキラさせてセオドアに詰め寄る。
「これを渡す御方はアミィール様なのですか!?」
「どんな関係なんだ!?逆タマか!?」
「~ッ!包むので!キッチンから出ていってください!」
セオドアは顔を真っ赤にしながら2人を追い出した。追い出された2人はコソコソと話す。
「まさか、本当に、アミィール様なのでしょうか…………」
「……………アミィール様なら大事件だぞ?これはエリアス女王陛下は知っておられるのだろうか……………いやでも、あの生意気なマフィン嬢と結婚するよりは全然百倍マシだけどな。アミィール様は兵士内でも強くてお美しくて、何よりとても優しくて有名だし………」
「…………………とりあえず、さりげなく情報を集めましょう」
………………オーファン家はみんなセオドアが大好きなのでした。
* * *
次の日。俺の心臓はいつも以上に脈打っていた。アミィール様絡みだといつもなのだが、今日はひと味違う。
セオドアは鞄の中を見る。透明な袋にピンクのラッピング。まんま女子がバレンタインに贈るソレだ。男の身でありながら滑稽かもしれないが……………それでも、喜んでもらいたいんだ。
けど、今日は登校を共にしないらしい。いつも待ち合わせ………というか、待ってくれているアミィール様の姿はない。普通に考えればそれが当たり前なのだが…………今日は早く会いたかったのに。
………って!だから俺は!そういうのでは全くなく「セオドア様!」…………!
女の声がして、思わず振り返る。アミィール様だと思ったからだ。…………でも、違った。
くせっ毛の赤毛、緑瞳のロヴェンだった。