主人公はわかっている
「先生、ここ、もう少し詳しく教えてくださらない?
あと、先程の講義の…………の表現の仕方は間違っていると思うのですが」
授業が終わり騒がしい教室で、アミィール様は休むことなく講師に質問をしたり、指摘をしたりしている。
物凄く頭のいい人だ。俺は半分も理解できなくて黒板とにらめっこするしか出来ないのに、あんなことまで出来るなんて。
剣技も含めて、改めてすごい御方だなと実感する。けど、裁縫や花のことなど、令嬢ならば1度は勉強するような事柄が分かっていなかったり……なんとも不思議な人だな。
………なんて、俺、アミィール様のこと見すぎじゃないか!?いやいやいや、俺は純粋に尊敬として!尊敬の念を込めて見ているだけであって……!
「なあ、やっぱりアミィール様は凄いよな」
「……………?」
前の席に座っている男子生徒の会話が耳に入る。思わず耳を傍たてた。
「だよなあ、一国の皇女だからってあんなに完璧なものなのか?サクリファイス大帝国はやはり凄いな」
「おまけに美人であらせられるし………サクリファイス大帝国の次期皇帝はやはりアミィール様だよな。アミィール様しか子は居ないし」
「その皇女様がセオドア様に求婚なされているんだぞ?どういうつもりなのだろうか…………」
「セオドア様も家柄は立派だが、サクリファイス大帝国の皇女であらせられるアミィール様には不釣り合いでは?………」
………………後ろの席に俺がいるのに、その話かよ…………いや、これは聞こえるように言われているのか?
そんなの……………俺が、1番わかっている。
アミィール様の凄さを知る度に、何度も思うさ。自分はアミィール様に不釣り合いである、と。主人公補正がかかっているがゆえの行動だって………ちゃんと理解している。
なのになんでモヤモヤするんだ。不敬過ぎるだろ。
…………この世界での身分制度は厳しい。
爵位が上がれば上がるほど未来は約束されているが、同時に定められたこと以上は出来ないのだ。日本のような恋愛結婚をできる者などほとんど居ない。
相手は皇女、自分は公爵。父は宰相だし、俺も普通に平凡に行けばその道を歩むことになるだろう。
…………アミィール様と一緒に居ることは、不可能なのだ。
「セオドア様」
そんなことを考えていると、教科書を持ってアミィール様は戻ってきた。自分に熱い視線を向けている男など目に入っていないようで、再び俺の隣に座った。
「どうなさいました?顔色が悪いですよ」
「…………いえ、なんでもございません。
自分の作った菓子の味を思い出して気持ち悪くなってしまっただけです」
「まあ!お菓子を作れるのですか!わたくし、お菓子が好きなのです。何度も作ろうと試みたのですが、父にキッチンの出入りを禁止されてしまって…………」
「…………ああ…………」
アミィール様が使ったキッチンを想像するのはそう難しいことではなかった。アミィール様もキッチンも大惨事なんだろうな………………
「わたくし、…………その、………えっと」
「……………?」
いつもハキハキ喋られるアミィール様がモゴモゴと言い淀んでいる。首を傾げていると、意を決したように俺を見た。タコのように真っ赤な顔で、言葉を発した。
「わたくし、セオドア様のお菓子を食べたいです!」
「……………!」
教室に響き渡るほどの大音量で発せられた言葉。キィン、と鼓膜を突き破られたようだった。その反動で、考えることなくほとんど反射的に答えた。
「わ、私の手作りで良ければ…………」
「!本当ですか!?」
「あ、えっと、今のは………!」
思わず答えちゃっただけ、とは言いにくかった。だって、本当に嬉しそうだったから。…………これは作るしかないな、と諦めた。