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特攻列島  作者: みやこのじょう
最終幕 希望
96/102

第九十四話・人生を左右する決断

挿絵(By みてみん)

 シェルターから出て行く者が増えた。

 住んでいる地域が爆撃の被害を免れ、任務で大きな怪我を負わずに済んだ者は保護対象者と共に家に帰るのだ。

 江之木(えのき)親子も、一足先に自宅に帰ることとなった。


「みつる君、色々ありがとう」

「お父さんと仲良くね、りくと君」


 マイクロバスに乗り込む前、りくとはみつるの手を握り、涙目でお礼の言葉を繰り返した。そんなりくとを見て、みつるも泣きそうになっている。


 尾須部(おすべ)の誘いに乗り、一人で行こうとしたりくとに無理やり同行したのはみつるだ。全ては友人の暴走を止めるため。みつるが居なければ、彼は尾須部の思惑通りに『可哀想な被害者』を演じて世論を誘導する材料にされていた。父親に愛されていないと思い込み、代わりに尾須部を盲信していたりくとだが、今は誤解も解けている。


 二人が出会い、交流を深めた学習塾はもう無い。住んでいる地域も通う学校も違う。ここで離れたら次に会えるのはいつになるか。


 ちなみに、江之木の職場は無くなってしまったが、本社に無事を伝えたところ、別支店への異動が決まった。しばらくは壊れた職場の片付けや残務処理に追われることになるが、職を失わなかったのは運が良い。


「これ、ウチの連絡先。近くに寄ったら遊びに来い。おまえらならいつでも歓迎だ」

「ありがとう江之木さん」


 みつるとりくとが別れを惜しむ隣で、江之木がさとるにメモを手渡した。自宅の住所と電話番号、メールアドレスなどが書かれている。


「帰る家あんのか?」

「それはまだちょっと、考え中で」


 那加谷(なかや)市に向かう途中に船の上で軽く話した程度だが、江之木はさとる達の事情に薄々勘付いていた。もし母親や自宅が無事だとしても帰りづらい状況なのだということも。


「行くとこないならウチに来てもいいんだぞ。一戸建てで部屋は余ってるからな」


 これは江之木の本心からの言葉だった。

 結婚してすぐ戸建てを買い、そこで生まれてくる子どもと三人で暮らすつもりだったのだ。不幸にも、江之木の妻は出産時に死んでしまった。思い出の残る家を手放すことが出来ず、ずっと住み続けている。りくとと暮らすようになってもまだ広い。

 さとるとみつるの人の良さは分かっている。それに、みつるが来てくれればりくとが喜ぶ。


「落ち着いたら絶対連絡寄越せよ」

「忘れなかったらね」


 軽く小突かれ、さとるは肩を竦めて笑った。






 シェルターから出た後には幾つかの選択肢がある。


 江之木親子のように自宅に戻るか。

 ひなたのように保護施設に移るか。

 支援を受けて新しい土地に行くか。


 しかし、それを選ぶ前に、さとる達には考えなくてはならないことがあった。避けては通れない、人生を左右する大きな選択が。






 江之木親子を見送った後、さとるは会議室へと呼び出された。促されて椅子に腰掛ける。向かいに座る男性……真栄島(まえじま)は、さとるの目を真っ直ぐに見据え、口を開いた。


「調査結果が届きました。……井和屋(いわや)あやこさんは無事です。自宅である団地に大きな被害はありません。爆撃のあった時間帯は駅から距離のあるパート先に居て、怪我もないということです」

「……そうですか」


 さとるは深い溜め息をついた。

 もし大怪我をしたと言われたら気持ちは揺らぐだろうし、死んだと言われれば涙を流すだろう。それくらいの情はある。でも、母親が無事だと分かったのに素直に喜べない。


「君達が居なくなった翌日、あやこさんは捜索願いを出しています。もちろんこれは受理だけして、警察は動いておりませんが」

「……」


 あの日の朝、迎えのマイクロバスに乗り込んだ直後、さとるのアパートにあやこが押し掛けてきた。普段なら絶対に起きてこないような時間帯だ。一緒に暮らすみつるの姿が見当たらず、心配したのかもしれない。

 だが、そんな母親の姿にさとるもみつるも怯えていた。


「今なら、今の混乱した状況下ならば、君達の希望通りに対応することが出来ます」


 真栄島は、いつものように穏やかな笑みを浮かべ、向かいに座るさとるに優しく語り掛けた。


「──元の生活に戻るか否か、決めて下さい」

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