表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特攻列島  作者: みやこのじょう
第八幕 光明
90/102

第八十八話・朝靄の別れ

挿絵(By みてみん)

 子ども達を船室で寝かせ、大人達は交替で休みながら夜を明かした。行きのような邪魔が入ることもなく、船は予定通り明け方近くに波間中(はまなか)港へと到着した。


「皆さん無事で良かったぁ〜!」


 船が岸壁に係留されるのを今か今かと港で待っていたのは葵久地(きくち)だ。大きな怪我もなく戻った六人の姿を見て泣きそうになっていた。船から降りた三ノ瀬(みのせ)に抱き着き、心から無事を喜んでいる。


江之木(えのき)さん、おかえりなさい」

「……どうも」


 杜井(どい)の控えめな出迎えの言葉に、江之木(えのき)は少しバツが悪そうに応えた。

 りくとが行方不明になったと報告された時、八つ当たりをして怒鳴り散らしたことを思い出したからだ。保護したという連絡を受けても、実際に自分の目で無事を確認するまでは安心出来なかったのだろう。ここ数日気が休まらなかったのか、杜井はやや疲れているようだった。


「りくと君も、おかえりなさい」

「は、はい」


 急に名指しで声を掛けられ、りくとは反射的に父親の陰に隠れた。

 杜井とは保護された当日にマイクロバスで顔を合わせたきりだ。ほとんど言葉を交わしたことがない。勝手にいなくなったことで怒られるのではと恐れていたが、ここでも肩透かしを食らった。


「お疲れ様、さとる君」

真栄島(まえじま)さん」

「みつる君もお疲れ様」


 出迎えには真栄島も来ていた。

 船から降りたさとるを労い、そして、彼の隣に立つ少年にも笑い掛ける。優しい祖父のような眼差しに、みつるは自然と笑顔になった。


「アリ君、今回もありがとう。助かりました」

「いいよいいよー、楽しかったし」


 そう言いながらも、謝礼入りと思しき封筒と物資をサラッと受け取っている。

 彼はこれからまた何処かへ行くのだろう。身体の怪我のこともある。借り物の船を返しにまた那加谷(なかや)埠頭に向かうのかもしれないし、ほとぼりが冷めるまで何処かに身を隠すのかもしれない。


「……アリ! またどっかで会えるか?」


 再び船を出す支度を始めたアリに向かい、さとるが声を掛けた。

 散々世話になっておいて、悪態ばかりついてまともに礼を言えていない。単なる言葉だけで済ませるわけにはいかないが、今のさとるは何も持っていない。落ち着いたら日を改めて礼をしたいと考えていた。


 デッキの上で作業していたアリが顔だけ振り返るが、朝日の逆光のせいで表情は見えない。


 講演会の会場で、さとるはナイフを抜かなかった。

 極限の状態にありながら怒りと衝動を抑え込んだ。

 無人島での任務中、何度も『あちら側』へ堕ちかけたが、さとるはギリギリのところで踏み止まった。

 それに、彼の隣には弟がいる。

 みつるは兄の手をぎゅっと握り、不安げな表情で見上げている。怪しい男(アリ)に対して警戒をしているのだ。これが普通の人間の感覚。彼らとは見ている世界が根本的に違う。


「坊主とはもう会いたくないなー」


 アリから明確に境界線を引かれ、さとるは少し寂しく感じた。だが、それが彼の好意であると今なら分かる。


「元気でな!」

「ん、じゃあねー」


 初めて会った時と変わらぬ軽い返事を残し、アリは再び朝靄(あさもや)煙る海原へと船を走らせた。







 帰りは二台の車に分かれ、シェルターに向かった。

 ステーションワゴンを運転するのは杜井。後部座席には江之木親子が乗っている。もう一台のバンは葵久地がハンドルを握り、助手席に真栄島、後部座席には井和屋兄弟と三ノ瀬が乗っている。


「君達が出ている間に色々あったんですよ」

「色々って?」

「敵対国に対する国連の制裁が始まりました。一方的に我が国の市街地を破壊して、多くの一般国民に被害が出たことが一番大きな理由だろうね。だから、これ以上攻め込まれることはもうありません」


 渡航禁止、輸出入禁止、そして国家を跨ぐ金融規制。これにより、敵対国の人間は国外に逃れることも資産を海外に移すことも出来なくなった。輸出入を制限されれば外貨を稼ぐことも出来ず、長引けば国力の低下は免れない。敵対国が非を認め、武装を完全に解除し、補償の交渉の席に着くまで各種の制裁は続くだろう。


日和見(ひよりみ)外交なんて言われてますが、日本には長年培った信用と信頼があるんですよね」


 下手をすれば再び戦場に連れて行かれるのではと心配していたさとるは、真栄島の言葉に安堵した。


「疲れたでしょう。少し休んでください。詳しいことはあちらに着いてから改めてお話させていただきますので」


 シェルターに着くまでの数時間、さとる達はずっと眠り続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ホントにあり得るかもしれないと思わせる展開に、リアルな細部の描写、そして三ノ瀬の癒し。 三ノ瀬、アリと同じく82話で撃つかと思った(笑) [一言] 1日半で最新話に追いつきましたー! …
[一言] アリ、さよならなんですか…。心情はわかる。わかるけど寂しいなぁ。 敵対国との決着も、付いたかたちになるんですね。真栄島さんやさとるくんたちの頑張りで守れたものがあって、次の一歩が踏み出せるの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ