第六十五話・海上での戦闘
さとると三ノ瀬が狭い生け簀内でひそひそ話している間に漁船に巡視艇が横付けされた。接近したことで波が起き、船体がぐらりと揺れる。思わず声を上げそうになるが、二人はすんでのところで堪えた。
中古の漁船の速度では巡視艇から逃げることは出来ない。逆らわずに停船指示に従う。
「こんばんは、これから港にお帰りですか」
「いえ、漁に出掛けるところです」
向こうの船の乗組員が直接声を掛けてきたので、アリが応えた。いつもの胡散臭い口調ではなく流暢な言葉遣いだ。
「あんなことが起きたばかりなので巡回を強化してるんですよ。申し訳ないけど、少し船内を改めさせてもらっていいですか」
「ああ、そうなんですね」
乗組員の言い分はごく当たり前のことだ。不安定な情勢下で、担当水域内を航行する船を警戒するのは正当な行為と言える。
本物の海上保安庁の巡視艇だったら、の話だ。
「おい兄ちゃん、アイツらヤる気だぞ」
「黙って通してくれたら良かったのにねー」
江之木に耳打ちされ、アリが目を細めた。
声を掛けてきた乗組員以外の二人が長い鉤付き棒を船縁に引っ掛け、無理やり漁船を巡視艇に固定しようとしている。大人しく停船指示に従っているにも関わらず、船体に傷を付けるような荒っぽいやり方をするのは明らかにおかしい。こちらの船に乗り移って制圧するつもりなのだろう。
「江之木サン、これ貸して」
アリは江之木の腰に付けたホルスターから警棒を抜き取り、真っ直ぐ巡視艇へと駆け出した。そのまま船縁を蹴って飛び移り、一番近くにいた乗組員の首を狙って蹴り倒す。鉤付き棒を持った二人が慌てて身構え反撃してきたが、警棒を伸ばして鳩尾を突いて沈黙させた。
素早い動きに江之木は手を出す隙もなく、ただただ感心するばかりだった。
「強いなァ兄ちゃん」
「どーもどーも」
漁船に戻ろうとした時、巡視艇の船室の陰からもう一人の乗組員が発砲してきた。威嚇射撃のつもりか、銃弾は命中せずにアリのすぐ脇を掠めていった。
「おー怖いこわーい」
笑いながら両手を挙げ、アリは降参のポーズを取り、わざと大きな音を立てて持っていた警棒を甲板に投げた。
先ほどの身のこなしを目撃したからか、乗組員はアリから一度も視線を外すことなく、じりじりと距離を詰めてくる。このまま銃で脅して捕縛したいのだろう。
しかし、そうはならなかった。
アリが注意が集めている隙にさとるがひっそりと巡視艇に乗り移り、乗組員の背後から襲い掛かった。手にはナイフが握られている。
背後から羽交い締めにされ、首元に抜き身の刃を突き付けられ、乗組員は息を飲んだ。驚いた拍子に再び発砲してしまったが、狙いは逸れ、銃弾は夜の暗い海に吸い込まれていった。
「坊主のクセにやるねー」
「うるさい」
全員甲板に集めて縛り上げ、所持していた武器を取り上げる。拳銃と小銃が数丁。ついでに船室から物資も頂戴して巡視艇から引き上げる。
生け簀から這い出てきた三ノ瀬が戦利品の銃に目を輝かせた。
島からシェルターに戻った時に銃火器を全て返却している。国内での移動には不要だからということで、今回は武器を支給されていなかった。持ち出せたのは帳簿に載っていない『敵から奪ったナイフ』と『右江田の私物の特殊警棒』のみ。
「これ追い剥ぎみたいじゃない〜?」
「いーのいーの。船も乗組員もニセモノだから」
「そうなのか?」
「制服も船体も似せてるだけよー。正規の装備品じゃないからね、その銃」
「……確かにどこのメーカーの銃か分かんないのが混ざってるわ。じゃあ貰っても怒られない?」
「大丈夫だいじょーぶ」
その言葉に安堵しつつ、三ノ瀬はさとるのほうをチラリと見た。
あの状況で迷わず動いた度胸に感心すると同時に、少し怖くもあった。怪我は負わせなかったが、躊躇うことなく人にナイフを突き付けた。正常に戻り掛けていた彼の感覚が再び狂い始めているような気がした。




