第六十三話・更に汚れる覚悟
「阿久居が他の国に有利なことをしてるってのが本当だとして、りくと達が連れ去られたことに関係あるか? そんな奴の講演会行ってどうするんだ」
江之木の問いに、アリはわざとらしく腕を組んで悩む素振りを見せた。
「例えば、子どもを使って『裏切り者』を殺すとかー?」
「……はァ?」
「子どもなら警戒されずに近付ける。万が一捕まったとしても、未成年だから少年法で守られるしねー」
こんな時期にも関わらず阿久居せんじろうが講演会を中止しないのは、恐らく今回受けた沿岸地域の被害について政府に責任を問うつもりなのだろう。自分が仕組んだにも関わらず素知らぬ振りをして、民衆を味方につけて政府の支持率を減らす。もしくは、敵国に恭順の姿勢を見せて戦争を終わらせるべきだと説くつもりなのかもしれない。
裏切り者を始末するために尾須部が二人を連れ出したのではないか、とアリは言っているのだ。
「わざわざ子どもにやらせなくても、やりたきゃ自分でやりゃあいいものを」
「捕まるリスクを避けたいか、別の意図があるのかも? ま、ぜーんぶ想像だけどねー」
今の話は全てアリの推測に過ぎない。ただ、他に情報がない以上、この推測を元に考えた方がいいだろう。
「いま葵久地さんが尾須部の情報を調べ直してくれてるから、そのうち報告がくるはずよ〜。とりあえず私達は那加谷市に行ってりくと君とみつる君を探す! これだけ!」
そう言って三ノ瀬は胸元から衛星電話を取り出してみせた。連絡手段はある。新事実が判明すれば、すぐに知らせがくるはずだ。
「三ノ瀬さん、アンタ明るいなァ」
「あはは、これくらいしか取り柄がないんで!」
談笑する江之木と三ノ瀬の後ろで、さとるは黙って先ほどの話を考え続けていた。
みつるはまだ中学生。りくともそうだ。江之木は父親としては不器用で、うまく接することが出来ないと悔いていた。二人とも頭は良いが人生経験は少ない。もっともらしい理由で説得されれば信じてしまうかもしれない。悪い大人に唆されて罪を犯すなど絶対にあってはならない。
もし尾須部が二人を使って阿久居を始末させようとしているのなら止めなくてはならない。
いや、それより確実な方法がある。
「……オレが先に殺せば、みつるがやらずに済む?」
ぽろっと洩れたさとるの呟きに、三ノ瀬と江之木が驚いて振り返った。
「なに言ってんだ、正気かおまえ」
「ちょっとちょっと、さとる君大丈夫〜? やっぱりまだ疲れが取れてないんじゃない?」
昨日体調を崩したことを知っているからか、三ノ瀬が心配そうにさとるの顔を覗き込む。
島から出てから人を殺した事実を認識して、精神状態が不安定になったのは確かだ。しかし、あの殺人は必要な行為だったのだと思い込むことで乗り越えた。今はもう吹っ切れている。
しかし、みつる達はどうか。
言われるがままに人を殺して平気でいられるほど彼らは強くないはずだ。思い悩んで自分を責めたらどうなるか。そう考えただけで胸が痛くなる。
「オレ、やりますよ。別にあと一人や二人殺しても」
「おいおい、島とはワケが違うんだぞ。相手は同じ日本人だ。しかも国会議員なんかに手を出したら」
「命に人種や国籍は関係ないっすよね。だったらもう、おんなじです」
「さとる君……」
さとるは諦めていた。
三ノ瀬の言うように疲れているのかもしれない。
昼夜問わず働き、母親に搾取され、弟の世話をして。若さと体力で何とか乗り切ってきたが、こんな生活は長く続けられない。それでも、弟に不自由な思いをさせたくない一心で日々頑張ってきた。
みつるはさとるの唯一の希望だ。
奪われ汚されるくらいなら、既に汚れている自分が身代わりになってやる。さとるはそう考えた。
「……イイ顔になったねー」
「うるさい」
下から睨み付けてくるようなさとるの眼を見て、アリは心底嬉しそうに笑った。




