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特攻列島  作者: みやこのじょう
第三幕 決行
33/102

第三十二話・しがらみからの解放

挿絵(By みてみん)

 山頂に安賀田(あがた)一人を残し、他のメンバーは一足先に港に戻ることになった。


 先ほど小銃(ライフル)の乱射を受けたセダンはフロントガラスがひび割れ、タイヤもパンクしていて走れない。


 多奈辺(たなべ)右江田(うえだ)のオフロード車の後部座席、さとるの隣に乗り込んだ。手にはまだ拳銃が握られている。一言も喋らない。船にいた時と今では纏う雰囲気が違う。

 妙な居心地の悪さを感じたさとるは、多奈辺から目をそらして窓の外を見た。


 視線の先にはゆきえの軽自動車があった。

 これから移動せねばならないというのに、彼女はハンドル部分に凭れ掛かって顔を伏せている。それに気付き、さとるはすぐに右江田の車から降りた。



「あのっ堂山(どうやま)さん、大丈夫ですか?」



 運転席側に回り込み、軽く窓を叩いて声を掛ける。ゆきえはすぐに顔を上げ、窓を開けて笑顔を取り繕った。



「ごめんなさい、ちょっと疲れたみたいで」

「足の怪我のせいですよね。運転すんのキツいでしょ。代わりますよ、俺」

「え、でも」



 返事を待たずに運転席と後ろのドアを開ける。そして、ゆきえの身体を抱きかかえ、後部座席へと運んで座らせた。その時にちらりと左足を確認する。傷口を覆う手拭いに滲んだ血を見て、さとるは下唇を噛んだ。



「シートベルト、しといてください」

「え、ええ」



 すぐに運転席に座り、座席の位置やミラーの角度を調整し、さりげなく後部座席のゆきえの様子を窺う。顔色が悪い。やはり運転を代わって正解だったとさとるは思った。



「それじゃ、俺ら先に真栄島(まえじま)さんとこ行きますけど、すぐに来てくださいね!」

「分かった。みんなを頼むよ」

「はいッ!」



 右江田のオフロード車を先頭に校庭から山道へ向かい、続けて三ノ瀬(みのせ)、さとるの運転する軽自動車がその後を追った。三台の車が走り去る姿を見送り、安賀田はホッと息をついた。


 一人校庭に残った安賀田は、まずボロボロのセダンに乗り込んだ。パンクしていてスピードが出ない。ガタガタと揺れる車体に耐えながら、何とか軍用トラックの側に止めた。

 軽自動車はまだ燃えている。その反対側、トラックにぴったり横付けするようにセダンを止めて給油口のキャップを外し、全てのドアを開け放った。


 その際に、地対艦ミサイルが積まれたトラックを間近で見上げる。軍用車だけあって装甲が厚い。無反動砲(ロケットランチャー)が命中した箇所は僅かに焦げ、凹んでいるだけ。中のミサイルは全くの無傷。手持ちの武器も無く、ミサイル自体を直接どうこうする手立てはもうない。

 だが、ミサイルを積んでいるトラックを壊すことは出来る。


 自分のSUV車に乗り込み、アクセルペダルに右足を置く。



「……うまくいくといいが」



 何気なく呟いた自分の声が少し上擦っていたことに気付いて、安賀田は苦笑いを浮かべた。じわりと滲む手のひらの汗をハンカチで拭い、再びハンドルを握り直す。






 もう帰れなくていい。

 安賀田はそう考えていた。


 大きな仕事を任せられ、喜びを感じた。仲間の命を預かり、陣頭指揮を執り、計画を実行した。まだ成果は出せていないが、久々のやりがいのある大仕事に気力が満ち溢れていた。


 戦争一歩手前の情勢という話は本当だった。例え自分たちの働きで多少改善されたとしても、日本が他国と緊張状態にあるという事実は揺るがない。


 それを知りながら元の生活に戻れるはずがない。

 平穏な日常に戻れるとしても戻りたくなかった。


 もし日常に戻れば、あの生活が待っている。


 上司から疎まれ、同僚から蔑まれ、部下からも冷たい視線を向けられる。家に帰れば難病の妻ちえこがいる。彼女の病は自分の罪の証のように思えてならなかった。家事や病院への送迎は苦にならないが、苦しむちえこの姿を見ている時間が何より辛かった。


 ちえこを安全なシェルターに預けた今、安賀田にはもう何の心残りもなかった。

 あとは目の前にあるミサイルを破壊するだけ。


 彼を縛るものはもう何もない。






「は、はは……」



 思い切りアクセルを踏み込み、安賀田は車をトラックへと突っ込ませた。動く限り、何度も何度もぶつかっては退がるを繰り返す。バンパーが外れ、ボンネットがひん曲がってもエアバッグは作動しなかった。改造時にアリが外していたのだろう。


 そのうち、先に燃えていた軽自動車が激しく爆発し、セダンに燃え移った。トラックの運転席からも煙が上がり始めた。


 それを見て、安賀田の心の(たが)が全て外れた。今まで感じたことのない解放感に自然と口元が緩む。



「ははははは! 私は、……オレは自由だ!!」



 とうとうSUV車の前面がトラックにぶつかった衝撃で潰れ、エンジンルームから火の手が上がった。炎は荷台の筒……ミサイルが格納されている部分を包み、激しく燃え盛った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 枷が無くなると、人はよくも悪くも自由になりますよね 責任感がなくなれば、自分に対しての責任感も…… 相当追い詰められていたという結果なのでしょうね
[一言] 思うんだ。 大事なものって言うのは、背負えるときは進む原動力になる。 だけど自分がしんどくて背負えなくなった時、それはただの重しになってしまうんじゃないかなって。 あがたさん、本当はずっと…
[気になる点] これは……安賀田のおっさん…… まさか……やはり…… [一言] 戻りたくても戻りたくなかった。 がね 疲れ切った心を表していて激しく切なくなりました。 うう……
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