第十九話・共に戦う覚悟
目的の島まではおよそ半日。到着したらすぐに作戦開始となる。それまでは各自休息を取り、体調を万全にしておく必要がある。
しかし、狭い船内の限られたスペースでは寛げるはずもなく、なんとなく全員が畳スペースで座ったまま時間を過ごしていた。
眠っていたさとるも小一時間ほどで目を覚ました。酔い止めが効いているようで、もう気分は大丈夫そうだ。
「……あの女の子、お孫さんですか?」
重い沈黙を破ったのは、ゆきえの小さな声だった。マイクロバスの中での事を言っているのだ。
「ええ、孫娘のひなたです」
「良い子ですね。うちのみゆきと遊んでくれて助かりました」
「いえいえ、こちらこそ。御宅のお嬢さんが居なかったら大人だらけのバスの中で退屈していたと思います」
まだ互いのことを知らない。これから共に命を懸けるのだから、交流を深めておく必要がある。
「皆さん、自己紹介しますか。さっき会ったばかりで名前も知らないですし」
この会話を切っ掛けに、安賀田が場を取り仕切る。もし安賀田が言わなければ真栄島がそう切り出すつもりだった。
「じゃあ、まず私から。安賀田まさしと申します。しがない会社員です」
先に一人が名乗ると次がやりやすくなる。ハイと手で隣を指せば、自然とそういう流れが出来た。
「多奈辺です。見ての通り、この中では一番トシですね。普段は交通誘導の仕事をやっとります」
「堂山ゆきえです。ええと、今は保険の代理店で事務を……」
「井和屋さとる。昼間は派遣で自動車部品工場で働いてて、夜は居酒屋でバイトを」
協力者の次は勧誘員達だ。
「真栄島のぼるです。今は県の職員ですが、この件までは全く別の仕事をしていました」
「右江田しんじです! 体育大卒で教師を目指してたんですが、教育実習で顔が怖いと子供に泣かれて辞めて今に至ります!」
「三ノ瀬りんでーす。堂山さんと同い年かな? て言っても結婚どころか彼氏もいないんだけど。あはは〜!」
右江田と三ノ瀬の自虐的な挨拶で場はやや明るくなった。暗くなりがちなメンバーの中で、二人はムードメーカー的な存在だ。
「あの、失礼ですが、貴方がたも家族をシェルターに入れる為に? その、優先枠とかはないんですか」
聞きにくい内容だが、そこを敢えて安賀田が尋ねた。
「残念ながら一般職員に優先枠はないんです。というか、この件を知っているのは現場に携わる人間以外だと知事や副知事くらいですかね。県議会議員程度の方は知らないと思いますよ。トラブルになりかねませんから」
「それもそう、ですね……」
多くの人に知られれば、立場を利用して身内をシェルターに入れるように画策するだろう。故に最低限の、実際に事に関わる人間にのみ事情が知らされている。
「我々には先月政府の担当者から直に打診が来ました。条件は皆さんと同じです。家族の保護と引き換えに作戦に参加するわけです」
「……」
条件は同じ。つまり、彼らも様々な事情を抱えているという事だ。単なる仕事で命を懸けられるはずがない。家族の為だからこそ、今この船に乗っている。
「警察や海上保安庁の上層部はもちろん知ってます。色々と融通をきかせてもらわないといけないですからね。自衛隊はこの作戦で露払いが終わってから動く手筈となっています」
この怪しい船が平然と一般航路を進んでいられるのも事前に許可を得ているからだ。そうでなければ工業港に停泊する事すら出来なかっただろう。
作戦──近隣の島々に作られた敵国の軍事施設を破壊してあちらの先制攻撃を防ぐ事。それさえ出来れば本土が戦場になる可能性が格段に減る。割り当てられた場所で成果を出せば、あとは自衛隊がなんとかしてくれる。
「全てがうまくいけば、この船で皆さんを回収して戻れます。ただ、これだけは覚えておいて下さい。もし敵方に捕まったとしても、政府は貴方がたを救出する為には動きません。我々は決して公には出来ない特攻隊ですから」
七人のうち誰かが欠ける。
または、全員死ぬ可能性もある。
いざとなれば誰かが助けてくれるという保証はない。そんな中で、初めて扱う武器と今日顔を合わせたばかりの仲間だけを頼りに戦わなくてはならない。
後戻りは出来ない。
やるしかないのだ。