第十一話・ニアミス
土曜日の朝を迎えた。協力者と保護対象者を迎えに行く日である。
真栄島、右江田、三ノ瀬はいつもの背広姿でマイクロバスに乗り込んだ。運転は別の部署から応援に来てくれた男性職員である。これから一軒ずつ訪ねて回収していくのだ。
まず一軒目、堂山ゆきえ宅。
マイクロバス出発前に到着予定時刻を伝えていた為、彼女は娘とともに団地の前で並んで待っていた。事前に伝えてあった通り、動きやすい普段着である。娘のみゆきは背中にリュックを背負い、目の前に停まったマイクロバスを見て目を輝かせている。遠足のバスだと思っているようだ。
「おはようございます、堂山さん」
「おはようございます。よろしくお願いします」
荷物はボストンバッグと手提げ鞄のみ。随分と身軽だ。中身はほぼ娘の着替えなのだという。
ゆきえはみゆきを抱えてバスに乗り込み、運転手や奥に座る右江田達に頭を下げた。そして、みゆきが選んだ席に並んで座った。
二軒目は安賀田まさし宅である。
こちらは到着してから携帯電話に連絡を入れた。妻のちえこは難病で、原因不明の激痛が全身を襲う。薬で痛みを抑えてはいるが、それでもずっと立っていたり歩いたりは難しい。右江田と三ノ瀬が降り、トランク部分から折り畳みの車椅子を用意して玄関先まで迎えに行った。
「あなた、これは?」
「言っただろう。新しい病院の送迎サービスだよ。やあ真栄島さん、お世話になります」
「こちらこそ、安賀田さん。奥様も、今日はよろしくお願い致します」
「はあ、どうも……」
最初ちえこは訝しんでいたが、真栄島の朗らかな雰囲気に飲まれてそれ以上追及してくることはなかった。マイクロバスの後部には彼女専用にリクライニング可能な座席が備え付けられている。そのうち薬が効いてきたのか、ちえこは小さな寝息を立て始めた。
三軒目は多奈辺さぶろう宅。
こちらは建物の前で並んで待っていた。孫のひなたは大きなリュックを背負っている。最初は笑顔だったが、マイクロバスに乗っているのがほとんど大人である事に気付いて表情を曇らせた。しかし、乗り込んでから小さな女の子、みゆきを見つけて再び笑顔になった。
四軒目は井和屋さとる宅。
実家の方ではなく、さとるのアパートの方である。少し前に電話連絡を入れたところ、母親のあやこが家で寝ているという事で急遽こちらに変更した。他の家と違って残していく家族がいる。出発前に引き止められたりしたら厄介だからだ。
警察上層部もこの話は通っている。万が一協力者や保護対象者に対して捜索願いが出された場合でも、一旦受理して捜査しているように見せ掛けることになっている。
アパートの前で、さとると弟のみつるが待っていた。マイクロバスが通るのがやっとの狭い路地だ。みつるは緊張した面持ちで乗り込んできた。
トラブルはその出発時に起きた。さとるとみつるの母親がアパートに向かってきたのだ。
後部座席で周辺を警戒していた三ノ瀬が気付き、すぐに知らせた。さとるは咄嗟にみつるの頭を手で押さえて下げさせ、自分も身体を伏せた。おかげであやこに見つかることはなかった。
しかし。
「さとる、ちょっと! いるんでしょ!?」
ドンドン、とアパートの扉を叩く音と母親の怒声が響く。それを聞いて、みつるはサッと青褪めた。
「……出発してください、早く」
さとるの言葉に、運転手はマイクロバスを発進させた。細い路地はスピードが出せない。大通りに出るまでの間、兄弟は遠くから聞こえてくる母親の喚き声に怯えていた。
今回から第二幕です
ようやく物語が動き始めます