第十話・連絡
情勢が動いた。
それを情報担当の葵久地から聞いた真栄島は、すぐさま協力者達に連絡を入れた。
敵国が本格的に動き出す前に、日本近海に点在する軍事施設を潰さねばならない。その為に確保した人材に協力を要請する時が来たのだ。
「明後日、土曜の午前中に迎えにあがります。その時に保護対象者を預かりますので、自分で持ち運びできる範囲で着替えや貴重品などの支度を済ませておいてください。保護対象者とはシェルター前でお別れとなります」
反応は様々だった。
シングルマザーの堂山ゆきえは意外にも覚悟が完了していた。真栄島からの連絡に淡々と相槌を打ち、短く「わかりました」と返してきた。
難病の妻を抱える安賀田まさしは最初の着信に出ず、後から折り返し電話を掛けてきた。平日の昼間はまだ仕事中だ。職場のロッカーから小声で話す彼の声は、まるで何かに怯えているようだった。
遺された孫を育てる多奈辺さぶろうも日中は仕事で電話に出られず、連絡がついたのは夕方だった。伝えた内容を何度も復唱し、頭に叩き込んでいた。緊張しているのか、声は震えていた。
母に代わり弟の面倒を見ている井和屋さとるは、たまたま休みの日ですぐに電話に出た。シェルターでの保護環境をしつこいくらいに確認してきた。それだけ弟みつるの事が気掛かりなのだろう。
全員、予定通り参加可能。
伝えた日時に迎えに行き、その場で保護対象者を預かる。それまでに心の準備と別れを済ませてもらうための事前連絡だ。今回の件は誰にも話さないようきつく言い含めてある。保護対象者に事情を説明するのはシェルターに入った後となる。
「私達も支度しておかないとな」
真栄島の言葉に、部下である右江田と三ノ瀬が頷いた。保護政策推進課の職員で、勧誘を担当してきた彼らも今回の作戦に参加するからだ。
「いよいよですね、杜井さん」
「そうね。まあウチは襲撃する場所が違うから迎えも別になるけれど」
声を掛けられた女性は、手元の書類から視線を上げて真栄島達の方を見た。目元の涼やかな、いかにもキャリアウーマンといったキツめの女性である。
「そちらの協力者さんたちはどんな感じですか」
「三十代から四十代の働き盛りの男性ばかりよ。頼もしいけど、代わりに襲撃先が難易度高めにされちゃって」
「それはそれは……」
「真栄島さんに無理させられないですから。まあ、たぶん大丈夫ですよ」
「助かります」
襲撃先は協力者たちの身体能力を鑑みて振り分けられている。難易度が高ければ高いほど任務の危険度が増す。真栄島率いるチームは年配者と女性がいるので、比較的楽な場所が割り当てられたことになる。
「お国の為になんてガラじゃないけど、守る存在があると自然と覚悟が決まっちゃいますよね〜」
「わかりますッ!」
どこか暢気な三ノ瀬の言葉に、右江田がウンウンと頷いた。背が高いから、小柄な三ノ瀬と並んで立つとまるで親子のようだが年齢はそんなに変わらない。
「明日は支度があるだろうから作戦に参加する人はみんなお休みだ。葵久地さんにはまだやってもらう事があるから出勤してもらうけど」
「皆さんの『跡を濁さない』工作、頑張りまーす!」
一般の国民には戦争云々の話は広まっていない。当然、協力者や保護対象者達が姿を消す理由も明かせない。後腐れなく居なくなれるよう裏から色々と手を回す必要がある。葵久地は担当地域の裏工作を一人で全て担っている。
保護が完了してから、学校や職場には急病による入院だと親族を装って連絡し、長期間休む手続きを取る。残す家族がいる場合には捜索願いが出された場合に警察が捜査しているよう見せ掛ける。
戦争が回避出来た場合を考え、住居や籍は残しておく。維持にかかる費用は全て国が負担することになっているが、細々とした手続きは情報担当の仕事だ。
小さな雑居ビルの一室。
保護政策推進課の事務所は、明日から葵久地ひとりのオフィスとなる。取り残されることに寂しさを感じながら、彼女は裏工作の為の書類を黙々と作り続けた。
次回から新章『第二幕・招集』が始まります