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雪華の光

作者: 蒼ノ兎

彼が家にやって来た時のことを今でも鮮明に思い出せる。

あの時の彼は困った顔をしていた。

「Ahh... Nice to meet you.sorry,I don't speak Japanese well」

なんて、ばつの悪そうに挨拶してくれたけど私は彼の話す英語を聴いた時に一層海外への憧れが増した。

私はそんな思いもあって今の彼の不安そうな顔をどうにかしてあげたくてーー。

「Welcome to Japan! It's hard to learn Japanese, isn't it? Let's have fun!」

と、言うと彼は嬉しそうに“アリガトウ”とカタコトの日本語で返してくれた。


夏休みを利用したこの1週間しかない彼のホームステイ。

私が彼に色々してあげるのには期間が短すぎるとこの時にはもう気づいていたのかもしれない。


* * *


「ねぇ、ホントに今日帰っちゃうの?」

「1週間の約束だから」

日本ではお盆休みにさしかかろうとしている時だった。

おそらく彼の国には無い文化だろう。

かく言う私もおばあちゃんの家に帰省しなければならないけど、それは明日からなので今日は特に予定はなかった。

彼の帰国の見送りに行く以外には。

「そっか...それにしてもホント日本語上手くなったよね!」

「毎日君とたくさん話したから」

話を逸らそうとしたのに彼の言葉のせいで目を逸らすことは叶わなかった。

今の彼の笑顔は本当にずるかった。

話し方が少し冷めてる印象だけど彼のその笑顔を見れば私の心は暖かくなる。

真っ直ぐ私の目を見てそんなことを言ってくるので私の頬は紅潮しているのに気づきそこで目を逸らしてしまう。

少し経って落ち着いてから私は誤魔化すように彼に話題を振らないとと、考えーー

「良かったぁ〜ちゃんと日本の伝統とか教えてあげれてたか心配だったんだよ」

「ありがとう いっぱい知れた もっと色んなとこ行ってみたかった」

"彼のために何かしてあげたい"が最初の私の思いだった。

でも、今は何か違う気がする。

初めに感じた1週間の短さは本当に"何かしてあげたい"をやり遂げるためには短いと思った?いや、違う。


ーもっと長く2人で居たいと思ったんだー


「今日さ...夜お祭りあるんだよおっきなね

そのお祭りの最後には花火が上がるの...それをね...2人で観たかったなぁ...って」

「うん...お祭り楽しそう だけど夜はダメ」

「そう...だよ...ね もう空港に行かなきゃだもんね」

そう言われるのは分かっていたはずなのに。

叶わないと知っていたのに。

自分でも言ったら傷つくに決まっていたのに聞いてしまった。

彼にも複雑な思いをさせてしまった。

そんな空気に耐えきれなくて--

「そろそろ出る時間だから準備しなくちゃだから待っててね」

と、言って私は彼に背を向けた。

彼の顔を見ていられなくなり彼から逃げてしまったのだ。

どんな顔をさせてしまったのだろうか?彼はどんな顔で私の背中を今見ているのだろうか?

そんな考えが頭の中に広がると彼とは今までどんな顔で話していたか忘れてしまいそうだった。


結局それから空港に着くまで彼とは上手く話すことが出来なかった。

1週間前に初めて会った時の方が純粋な思いで話せたに違いない。

彼は全く悪くないのに、罪悪感が私にあるせいで気を使わせてしまっているのかもしれなかった。

せめて笑顔で見送りたかったので--

「さよなら!」

と、人目もはばからずに彼に伝えられたのは結局彼が空港の待合室に入るための手荷物検査に並んでいる時になってしまった。

「え... あぁ...またね!」

そんなギリギリのタイミングになってしまったのに彼は手を振り笑顔で返してくれた。


"やっぱり優しいな"


あれだけ罪悪感で満たされていた私の頭も、心も、全てを新しく塗り変えられていくのを感じた。

それと同時にやはり私は逃げていたのだと気づかされた。

それは、まっすぐ私を見つめてくる彼にではなく、彼の瞳に映る私自身に私が逃げていたのだと。

この1週間で彼が日本について知ってもらう以上に私自身について知って欲しかったのだと今さら思ってしまった。


"ホント...私ってバカだなぁ..."


涙がこぼれ落ち、そんなことを思った時には既に彼はゲートをくぐり待合室に入ってしまっていた。

私は言いたいことは伝えられただろうか?

笑顔で彼を送ることは出来たのだろうか?

いくら考えても脳裏には彼の笑顔しかなく、その場で私は泣き崩れてしまった。


* * *


日本の四季は本当に美しいと思う。

夏の日差しは煌々と私たちを照らしその熱気に浮かされ気分も上がる。

秋の風は冷たく私たちに吹き付けてくるが人の温もりを久しく感じられるようになる。

冬の空気はどこまでも澄んでいて遠くで瞬く星すら近くに思えてくる。

でも、季節は移り変われど人の感情はそう容易く変わるものではない。

だから、今の私は四季を美しいと感じたくはない。

私の気持ちを取り残して季節は勝手に変わってしまうのだから。

変わらないこともあるし、変わって欲しくないこともたくさんある。

時間が解決してくれるのは過去の悲しみであり、現在の後悔はつのらせていくだけだ。


* * *


その日は、買い物からの帰り道に少し遠回りをしてから家に帰ろうと思いあてもなくブラブラしていたが街の様子は私の気持ちとは真逆のようだった。

日も暮れたので木々は電飾で明るく彩られ、道行く人達を見ればカップルが多く、忙しない様子だった。

それも今日がクリスマスということで、今年の終わりもすぐそこまで見えている。

あと1週間もすれば今年が終わるというのに私は年を越せる気がしなかった。

あの時抱いた彼への気持ちが既に深雪のようになっていた。

年を越して春になっても溶けるか分からない程までにも。

「あっ...雪か...珍しい」

都内での雪は珍しいし、ましてやクリスマスの日に雪だなんて滅多には起こらないだろう。

そんな奇跡のようなことが起こったのだから周りの人達のようにはしゃいだりするべきなのだろうが、今の私は独りでただ歩いているだけなのが苦痛なので帰宅の足を早めることにした。


「お母さんただいま〜」

「おかえりなさい。迎えに行こうと思ったけど止められてね 確かにこの辺分からないから当然だけど」

「大丈ぶ...うん?」

今日はブーツを履いていたので座って脱いでいたがちょっと引っかかるところがあった。

話してる内容に違和感があったし、何しろお母さんの声ではなく、それよりも低い声だった。

その声の主も歩いて近づいて来ていたみたいなので振り返ると、目の前には変な人が佇んでいた。

全身赤い服で顔は何か白いものがあって良くは見えなかった。

しばらくしてやっと、サンタの格好を真似ているだと分かった。

しかし、じっくり見たので顔にあった白いものがヒゲであり、そこに隠れていた顔も良く見えたのでそのサンタが誰なのかも分かってしまった。

「メリークリスマス ずっと会いたかったよ」

笑顔でそう言う彼の顔を見間違えるはずもなく、私があの別れの日から毎日思い返された笑顔のままだった。

「泣かないで?笑って見せてよ」

「え...うそ? あっ...ほんとだ」

彼に言われて頬を触ってみると初めて自分が泣いていることに気づかされ、私は彼に笑顔で返した。

「久しぶりだね」

「うん...久しぶり いつ日本に来たの?」

「今日着いたよ それですぐ家に来たけど君がいなくてね。でも、サプライズになったよ」

「ほんと驚いたよ...その格好にもね」

「すごいでしょ、用意してたんだよ もちろんプレゼントもあるよ。これ、一緒にやらない?」

彼が差し出してきた物は冬に全く合わない

ー花火だったー

「え...どうして花火?」

「あの時君は一緒に花火を観たいって言ってくれたけど、出来なかったから。

だからあの日、お母さんに頼んでいたんだ 」

「そしたら今日...」

「あの日には日本にまた来るつもりだったよ 君のお母さんにもその時に言っておいた。だから空港では"またね"って。」

「なんで...2人とも内緒にするのよ」

せっかく涙が止まったのに、私はその場で号泣してしまった。

自分でもなぜ泣いているのか分からなくなっていたが、彼とまた会えて嬉しいことだけは確かであった。


私があれから泣き止むまでそんなに時間はかからなかった。

それも、彼は私が落ち着くまで何も言わず背中をさすってくれていたおかげだと思う。

「ありがとう。もう大丈夫だよ」

「そう?なら良かった」

「だからさぁ...今から花火やろうよ」

「そうだねじゃあ、外行こうか」

「あ、ちょっと待ってて」

こんな時期に"アレ"を出すのもおかしな話だと思うけどあの時せっかく花火をするのだから用意するべきことが1つあるだろう。

それに、もう未練は残したくないから。


「お、お待たせ」

「うん? あぁ......浴衣姿とても綺麗だよ」

「ホントに!?嬉しいなぁ ありがとう」

彼とお祭りに行くのはもちろん、この浴衣姿の私もあの時見てもらいたかったのだ。

「じゃあ、外行こっか あなたはそのサンタのままでいいからね?」

「少し恥ずかしいけど分かったよ」

そう言って恥ずかしそうに笑う彼の背中を押して私達は外へ出た。


外は粉雪がしんしんと降り続いていた。

なので、雪も積もってはいないし、私は浴衣を着ているが、流石にブーツを履いた。

「ずっと雪降ってるね」

「そうだねぇ、でもせっかく私も浴衣着たんだし一緒に花火やろうよ」

「もちろんいいよ、どれにする?」

「私これが好きなの 線香花火」

「それはどういう花火なの?」

「え、知らないの!? とりあえず半分あげるそしたらちょっと見ててねぇ〜」

そう言って私はしゃがみ込んで線香花火に火を付けた。

始め、線香花火は静かにパチパチとちいさな火花を散らし始めた。

その光が強く火花を散らすようになると、雪に反射をして辺りを一層明るくその場をぼんやりと照らしだした。

その弾ける閃光も落ち着いて来ると、間もなく来る終わりに抗うように力強くも静かに火花を散らすようになった。

そして最後には力を使い切ったのか火花は消え、やがて火球だけが残り粉雪と共に落ちていった。

光が消え2人には静寂が訪れた。

しかし、その静けさはとても心地よいものに感じられた。

「花火ちゃんと見てた?」

「なんか...見ててとても落ち着いたよ」

「それは良かったよ!でも、寒くない?」

花火をしている時は感じなかったが、何せ今は冬であり雪が降っているのを思い出した。

「ごめんね、僕はこの服結構暖かいよ」

「えぇ〜ずるい!

そしたらさぁ...隣に...来てくれない?」

「そうだね、そうしようか」

そう言うと彼は隣に来てしゃがみこんだ。

肩と肩が触れるくらいの距離まで彼が来ると不思議と何かに包まれるような感じがした。

「寒くない?これ着る?」

「大丈夫だよ。でも、隣にいてね?」

「もちろん。君の傍にいるよ」

「ありがと...じゃあ花火やろっか」

そう言って彼のと自分の花火に火を付けた。

元々はこうして肩を並べ大きな花火を観たかったのだけど、こういう花火も悪くないと思った。

この方が2人の目線の先が近く、2人の距離も近くに感じられるから。

「...ねぇ」

「どうしたの?」

自分から話かけたのに妙に身構えてしまい中々言いたいことが口から出てこなかったが、目の前の花火が激しく火花を散らしているのを見ていると自然と口からーー

「ずっと寂しかった。ずっと会いたかった。ずっと後悔があった。ずっと...好き」

4ヶ月以上溜め込んでたものが花火と一緒に私の中で弾けた。

この火は徐々に弱くなり落ちるけど、私のこの思いだけは今みたいにずっと輝いていてほしいと思った。

自然と出てしまったので、独り言のように呟いてしまい、そんな恥ずかしさから隣を見られなくなってしまった。

そんな風に思い自分の花火をじっと見ていると隣にいる彼が--

「そっかぁ...同じこと思っててくれたんだ」

と言ってくれた。

その時の彼の顔は、ぼんやりとした明かりでしか彼の横顔は見られなかったが、私の中で反芻された記憶の中でも1番ではないかと思える程の照れた様な笑顔をしていた。

手持ちの花火がさっきよりも静かになってくると、それに合わせ彼がゆっくりとした口調になって--


「あの夏から毎日君のことを思ってた。

あれから日本語を勉強して、すぐにでも君に会いに来て、直接伝えたかった。

だから...僕も一緒...好きだよ。

やっと君に言えた」


彼の思いをしっかり受けとめていると、気づいた時には2人とも線香花火は消えていた。

今の彼の顔を見れないのがとても残念だが、今の私の顔を見られないのが少し安心した。

雪は相変わらず降り続いているが、寒さなんて全く感じられなかった。

それも、触れる肩の体温がさっきまでよりも熱く感じられていた。

その温もりでは満足出来なくなってしまいそうなのが怖く思うよりも先に、彼は私を抱き寄せてくれた。

「もう手放したくない。でも、あと少しだけ待ってて。春から日本への留学が決まったんだよ」

耳元でそう囁く彼の言葉の一つひとつの思いが私の心を直接揺さぶった。

顔は見えないが体温は感じられる。

今までは全く別のとこにいた2人なのだからこの距離以上を求めるのも傲慢かと思えた。

彼の温もりも感じるべく、私も彼の背中に手を回し顔を見られないようにした。

前みたいに言いたいことを言えない自分ではもうないのだから--

「待ってるよ。私達の距離はこんなにもなくなってきたんだよ。だからもう悲しくない」

力強くそう伝えると彼は何も言わなかったが手の力が少し強くなった気がした。

私の中で積もっていた雪は春待たずに溶けていた。


あれからどのくらい経ったか分からないが流石に寒くなってきたし、お母さんのご飯も出来る頃だと思ってどちらからともなく私達は腕を離し立ち上がった。

そして名残り惜しさからか自然と手を繋いで帰ることにした。

「そうだっ、いつまでこっちにいるの?」

「う〜ん10日間しかいられないんだよね」

「そっかぁ〜 でも、来週にはね!初詣ってのがあってね、そこでは着物を着るの。それでね、着物ってのはね浴衣とは少し違くて...

正直無理のある設定かもしれないですけど最後のシチュエーションが書きたかったものなんです!

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