シーン4
建材の匂い真新しい格納庫。
「香奈枝さん、これは……」
通信ヘッドセットを装着したクルスは、真紅と漆黒で彩られた巨大な機体を見上げ、
「これは、マシーンと呼べるものなのですか?」
「コードネームは“亡霊”。――機械生命体、といってもピンとこないわよね」
強化ガラスの向こうにいる香奈枝は、苦笑しながら疑問に答える。
「ゴースト……」
まるで彼岸花であるかのように十二枚の翼を――否、金属と細胞が融合したかのようなX形状の主翼を広げた異形の機体。
「……」
操縦室と呼べる箇所は見当たらず……。
機体後部に回り込んでみると、動力炉とおぼしき青白い球体が浮遊しており、
「どこにも武装が見当たらないが、機体内部に収納されているのか?」
双翼の、刃を連ねたような尾を持つ別機体を一周したキャシーは、
「んー、それは自身で理解してもらうことになるわ。たぶん説明しても、常識の方が追いつかないと思うから」
香奈枝の意味深な返答に眉をひそめる。
「はぁ? 意味わかんねーし」
「ところでキャシー。この機体を見た感想はいかが?」
楽しげな声に嘆息したキャシーは、
「ああ、がっかりだよ。こいつを設計した自称“エイリアンさま”とやらは、どこか精神を病んでいるに違いない」
両手を軽く持ち上げ、設計者であろう香奈枝に向けうそぶく。
「あらあら、ひどい言われようね」
「こんなの、まっとうな技術者が考える代物じゃないからね。航空宇宙工学を無視した、実に無意味で無駄な設計。――まともに宙を飛べるかも怪しいもんさ」
得意顔となったキャシーは先を進めようとするが、
「そもそも、こんな異星体のような……うおおっ!?」
橙と白色で彩られた触手によって、まるで水面に引きずり込まれたかのように機体に飲まれ、
「アイズマン少尉!? って……えええーーっ!?」
同じくしてクルスも、紅の機体の内部へとさらわれてしまう。
そんなふたりの様子に苦笑しながら。
「は~い、ふたりとも大人しくしてね。別に取って食おうってわけじゃなく、その子たちはじゃれているだけだから」
ペンの端を口にくわえた香奈枝は、コンソールを素早く操作し、
「そ、その子たちって!?」
無数の触手に囲まれたクルスは、思わず声をうわずらせる。
「ああ、紹介が遅れたわね。――クルスが搭乗している子はアイン、キャシーが搭乗している子の名はツヴァイよ」
「アイン……」
「ヒルデリカが搭乗しているのはドライ。――ちなみに主任権限を活用し、私が命名しました。シンプルで知的で、とっても可愛いらしい名前でしょ?」
「名付け親はあんたかよ! ドイツ語で一、二、三とか適当すぎるだろ――じゃなくて!」
おそるおそるクルスを突いては、即座に触手を引っ込めるアインとは異なり、
「まずはこいつを、なんとかしろォォーーッ!」
積極的に絡みついてくるツヴァイに、キャシーは声を張り上げるが……。
「パイロットスーツが……形成されていく?」
呟いたクルス同様、衣服と同化し形成されゆく異形のスーツに唖然となる。
「生体装束。アインたちの生体組織から作られたリンクユーザー専用のスーツよ。――加速Gを大幅に抑えたり、戦闘で負傷しても治癒してくれるわ」
脈動する肉壁は操縦桿や計器へと変わり、格納庫内の光景を映し出し、
「そんな魔法みたいな装備、あるはずが……」
紅と黒のスーツに包まれたクルスは、まるで理解が追いつかぬ現象に言葉を失う。
されど肩裏から伸びた二対の触手が、操縦席の裏側へと接続された途端、
「おい、クルス……」
キャシーのこわばった声が、形成されたヘルメット内に届き、
「お前の機体……なんかそれ、浮かんでねーか?」
「え?」
吸気音とともに上昇した視界。
隔壁が強制開放されると同時、航空電子情報と思われる奇怪な数値群がバイザーに表示され、
「うそ……なんでいきなりアインを動かせるの?」
香奈枝の声が高周波音に掻き消された直後、
「~~~~ッ!」
緑玉色の六つ眼を開いたアインは、爆音を置き去りにクルスを闇の彼方へと連れ去り――。
「あの子、想像以上だわ……」
くわえペンを落とした香奈枝は、紅の亡霊が消えた格納庫を呆然と見つめていたが、
「ヒルデリカ!?」
藍と黒で基調されたスーツに身を包んだ少女の姿に――ゴースト・ドライを浮遊させたヒルデリカの姿に瞠目し、
「ドライ、アインを追って」
制止する間もなく飛び出した青藍の機体は、逆デルタを示すかのような三枚羽からスラスター光を爆発させ、稲妻のような速度で月の海を駆け抜け、
「雪坂クルス。貴方の真価をみせてもらう」
凍てついた炎のような義眼には、電子とは異なる光が浮かんでいた。