シーン2
ダイダロス地下都市、士官宿舎。
「ぁ……」
薄暗い自室のドアを開けたクルスは、テーブルにあるメッセージパネルが点滅していることに気付き、
「澪――」
足元を照らす誘導灯を頼りに、軍と民間の共有サイトへとアクセスし、
「おねえちゃん!」
空間投影された澪の姿に、疲れ切っていた顔をほころばせる。
「よかった……今日は戻ってたんだね」
ひとつに結った黒髪の房を左肩に垂らし、電動車椅子に腰掛けた十二歳の妹。
「……心配をかけて、ごめんね」
かすかに視線を逸らしたクルスは、瑠璃色の瞳に対し詫び、
「ううん、わたしのほうこそごめんなさい。……今日も事務のお仕事だったの?」
ブランケットで義足を隠した澪の問いに、
「まだ仕事に慣れてなくて……」
胸を痛ませながらも、今日も嘘をつく。
「……」
「でもね、本当に戦闘には参加してないから安心して。――ほら、お姉ちゃんって臆病でどんくさいから。軍の人からも戦場では足手まといになるって言われちゃったんだ」
拭い隠された涙の跡に。
「徴兵期間が終われば無事に帰ってこれる。……叔母さんから澪を引き取り、また一緒に暮らすことができる」
ブランケットを握り締めた澪の姿に、クルスは精一杯の笑顔を作り、
「それより……お姉ちゃんは、澪のお話を聞きたいかな」
「うん……」
やさしい嘘をついた姉妹は、束の間の安息に心をゆだねる。
そして――。
「……」
静寂となりし薄闇の中、うなだれていたクルスはサイトに映る件名へと視線を送る。
“いますぐ連絡が欲しい――。
……息子の安否を知りたい”
悲壮なる思いに包まれた、無数の遺族たちのメッセージへと。
「怖いよ……怖くてしかたがないよ」
まもなく、正式に戦死者リストが公表されるであろう。
「今日を生き残れた自分は、たしかに幸運だった」
……されど、明日の自分の運命は?
「兵役を終えるまで、あと半年――」
両の手で顔を覆ったクルスは、大粒の涙をこぼし、
「澪に会いたい……。月の表側にいるあの子に会って、精一杯に抱きしめてあげたい」
右腕のブレスレットから、臨時召集を知らせるアラームが鳴り響く中、
『クルス少尉。至急、作戦司令部まで出頭せよ』
上官の指示に力なく立ち上がり、ひとりぼっちの部屋を後にした。