シーン1
月の裏側。ダイダロスと名付けられた巨大クレーターにて。
『湾内ハッチを閉鎖、ナサーティアのドック入りを確認。――各員は損傷個所の修復を優先し、改装プランに基づいた作業を実地せよ』
宇宙服に身を包んだ工兵が地下軍港内を行き交い、岩肌から伸びた連絡通路がナサーティアへと接続されるさなか……軍の制服へと着替え終えたクルスは、ショートボブの黒髪を肩先に更衣室から足を踏み出す。
「クルス少尉」
されど艦内通路で待ち受けていた長身の、同年代の少女の姿に瞠目し、
「キャシー・アイズマン少尉……」
「いったい、どういうつもりだい?」
ブロンドのポニーを揺らしたキャシーは、クルスの胸倉を掴み壁へと叩き付ける。
「なにを……」
「あんたの母艦はあの海で沈んだ。しんがりを務めたダリル大尉の連隊も全滅した。……なのに、どうしてあんただけが戻ってこれた?」
「……」
「あたしは知っている。あんたがずっと逃げ回っていたことを。――デブリの陰に隠れ震えていたことを!」
顏をうつむけたクルスに、だがキャシーは青い瞳を燃やし、
「あんたは仲間を見殺しにした臆病者――」
エメラルド色の瞳に怯えが浮かぶ中、なおも責めたてようとするが、
「ヒルデリカ……」
いつのまにか通路にいた十四歳の少女の姿に言葉を失う。
(ヒルデリカ・レオンハート……)
戦女神とも称えられる、地球連合軍最強のパイロット。
感情の読めぬ赤の瞳が二人をじっと見つめ……キャシーは「行けよ」と舌打ちし、肩を落としたクルスは出口へと向かう。
そんなクルスの後ろ姿を見つめながら、
「気になるの? 貴方のライバルのことが」
ヒルデリカは腰元まである銀髪を揺らめかせ、
「ライバル? あんな臆病者の嬢ちゃんをライバルだって? ――はん、サイボーグにもつまらないジョークが言えたなんてね」
鼻を鳴らしたキャシーは、小柄な少女へと矛先を向けるが……。
「彼女は旧式のレイヴンに乗り、三体の異星体に追われながらも生き延びた」
「……」
「貴方に、同じことができるの?」
緋色の義眼にしずかに問われ……感情を乗せた拳を壁にその場を後にした。