プロローグ
三年後、月と地球の中間宙域にて。
『統合司令部より、作戦行動中の全部隊に通達!』
静謐たる星の大河を、無数の閃光が切り裂くさなか、
『主力艦隊は壊滅。地球奪還作戦は失敗! 速やかに撤退せよ、繰り返す――』
直上より粒子ビームを受けた宇宙空母が、竜骨から二つに折れ爆沈してゆく。
「散開しろ、カモ撃ちにされるぞ!」
火球となりし母艦。
残された戦闘機隊は復讐心を燃え上がらせるが、
「だめです、捕捉しきれない!」
自動照準をも振り切った異星体は、黒いガスに包まれたクラゲ状の姿から球体に。球体から単眼の巨人へと目まぐるしく変化し、
「た、隊長――」
回避行動に移ろうとした僚機がビームに貫かれたのは一瞬だった。
「ライアス? ライアス少尉!?」
燐光にも似たスラスター光が爆ぜる中、部下たちの悲鳴はノイズへと変わり、
「三年だ……。三年もの間、俺たちは耐え忍んできたんだぞ」
後方から迫り来る幽鬼の姿に。
「艦隊を再建し、最新鋭機であるこのグリフォンをも投入したというのに……」
雷剣へと変わりし触腕に、宇宙塵の中で大尉は絶望し、
「なのに、まるで通じないなんて……」
逃れえぬ死を悟った彼は、かなたにある地球を凝視する。
惑星サイズの怪物に抱かれた……
奪われし故郷を。
「俺たちの地球を、返せぇェーーッ!」
怨嗟の叫びは届かずとも、思念は届いたか。
漆黒の九頭龍は六つの赤眼を輝かせ、闇のかなたへと命の灯は消えさり、
「後続部隊からのレーザー通信……途絶しました」
中破した戦艦ナサーティアの艦橋にオペレーターの声が消失する中、
「離脱できたのは、全軍の三割にも満たない、か」
撤退先の月を見据える壮年のアレックス艦長は声をにじませ……乗員たちの胸中に、もはや反抗はかなわぬという思いが影を落とす。
そんなさなか、
「後部警戒レーダーに感あり!」
オペレーターからの急報に、アレックスは指揮シートから腰を浮かせる。
「ファントムたちの追撃か!?」
「いえ、識別信号は味方……クルス少尉の機体です!」
されど正面パネルに映し出された機体に安堵の溜息をつき、
「艦を減速。……少尉を回収してやれ」
「よろしいのですか?」
異星体の攻勢を警戒した女性副長は忠言をおこなうが、
「奴らもこの宙域までは追ってこれんさ。それに……」
官帽を目深に被りなおした艦長の姿に、
「もう充分に、我々を殺しただろうよ」
力なく独白された言葉に、しずかに口を閉ざす。
そして原初の闇の中――。
「光……」
ひび割れしヘルメットバイザーに映るは、白亜の船体から伸びるガイドビーコンの灯。
『クルス少尉、第一カタパルトは大破している。第二カタパルトデッキへとコースを変更されたし』
「了解。――雪坂クルス、着艦コースを変更します」
孤独の海の中、繊細を形にしたかのような指がコンソールを操作し、
「澪……」
壁面に貼られた幼き妹の写真に、十六歳の少女は涙をこぼす。
「お姉ちゃんは……生きて戻ってこれたよ」
月の水が枯渇するまで、残り二年――。
母なる地球を奪われた人類は、いま、滅亡の危機を迎えていた。