はじめての友達
大幅に投稿,,,遅れましたね。申し訳ありません。
「ねえ、糸川さん。いいかな?」
指定された廊下際の机に座って、少し暗い顔をしていたであろう私に話しかけに来たのは、小動物のような明るい女の子だった。
「え、えっと。な、何で、すか?」
急に声をかけられたので(急にじゃなくても多分こうなるのだが)、露骨に慌ててしまった。
ああ、根暗な子だと思われちゃうかな。嫌われちゃったかな。いや。実際そうっちゃそうなんだけど。
「ああ、ごめん。急に話しかけて。糸川さんは話すの苦手なんだよね。」
でも、彼女はそんなこと気にも留めていないかのように話を続けた。どうして私が話すのが苦手だって知ってるんだろう?
「ねえ、幼馴染に青木くん…だっけな?まあいいや、そんな人、いるでしょ?」
「え、はる…?あ、うん、いる…けど?」
青原だけど。という言葉は飲み込んだ。
「ちょっとその人に頼まれてね。彩葉ちゃんだよね。友達になってよ。」
「え、」
「だから、友達。ね。」
「ともだち…?」
「うん!ってか、なんでそんなにカタコトなの。」
クスクスと笑いながら彼女は言った。
はるに何を言われたんだろう。どんな気持ちで私にこの子は話しかけてくれたんだろう?
いや、そんな事。どうでも良かった。嬉しい。話しかけてくれたし、友達。って。
その意味を噛み締めていた。
「…いいの?」
「うん。だから彩葉ちゃん(って呼んでいいかな)のこと、もっと教えて欲しい。」
「…ありがとう。」
その後、名前を教えてもらって、(宮原夏葵ちゃんと言うらしい。)趣味やはるの事とか、色々な事を話した。途中で話が止まってしまったり、どもったりした事もあったけれど、宮原さんは辛抱強く聞いてくれた。
あの時以来、初めてはる以外の同世代の子とこんなに話したかもしれない。まるで昔の頃に戻れたみたいで楽しかった。
「でも、青原くん…だよね?の言ってたとおりだね。」
「はるに、何か聞いたの?」
「うん。幼馴染なんでしょ。青原くん。一人で柱の前で立ち尽くしてたから、で、それが泣いてるように見えてね。何事かと思って話しかけたら、彩葉ちゃんのことお願いされちゃったの。違うクラスだったらどうするつもりだったんだろうね?」
ふふっと笑いながら宮原さんは言った。
「そっか。」
はるが私の事をそこまで気遣ってくれていたことが、何だかくすぐったい。
回りの喧騒に気づき、ふと皆の方に目をやれば、同じ小学校同士だったらしい男の子がはしゃいでいたり、女の子同士で軽く固まったりしていた。
「でも、大事にされてるね。彩葉ちゃん。青原くん、彼氏なの?いや、そうでしょ。」
……?
「え?」
「だーかーらー、青原くんと付き合ってるんでしょ?ってこと。違う?」
図星なんだろう。と言わんばかりの顔で宮原さんが見下ろしてきている。付き合う…?どこに?
「えーっと…付き合うって…どこに?」
「え、」
突如、宮原さんが雷に打たれたような顔をした。
「待って、ちょっとほんとに…⁉」
口調が変わっている。
「ごめん、ちょっと何言ってるかよく分からない。」
「なんで!?」
待ってましたとばかりにツッコミを入れる宮原さん。急にテンションが上がっている。
「…ふう。ごめん、ちょっとはしゃぎすぎた。で、話を戻すよ。つまり、彩葉ちゃんは青原くんのことが好きなの?」
「ああ、なんだ。そういう事か。はるの事は好きだよ。」
「へー、そうなんだ〜。」
ちょっと満足気で、ニヨニヨした顔でこっちを見てくる。
「ずっと幼馴染だもん、幼稚園の時から一緒にいるし、もう大切な家族だよ!」
家族だよ!といった辺りで、宮原さんが操り人形の紐が切れたみたいに机に崩れ落ちる。それなりに大きな音が鳴ったが、皆、自分の友達との話に集中していて、気づいていないようだった。
「だめだ…こ、の子…」
「え…宮原さん…だいじょぶ…?」
何がともあれ、宮原夏葵さんと仲良くなった。中学校で初日にして一人友達ができた。これで一人で学校生活を送ることはない。そう思えてとても安心した。
「うん、えっと、改めてよろしくね。宮原さん。」
「夏葵でいいよ!私こそよろしく。」
「じゃあ私も彩葉でいい。」
そのあとは、始業式なので授業があると言う訳でもなく、みんなで簡単な自己紹介をすることとなった。
中学校に行く。ということに精一杯気持ちを向けてて、行ったあと挨拶とか自己紹介があるって考えてなかった!
しかし、三番の出席番号は彩葉に考える隙を与えず、瞬く間に彩葉の順番はやってくる。
まずい、何て言おう。焦りすぎて、一番と、二番の人の言ってたことを聞いていなかった。あれ、そもそも自己紹介!?ジコショウカイって何言えば良いんだっけ?
みんなの視線が私に向く。視線が刺さった。怖い。小学校の時みたいだ…。落ち着け、私。落ち着け。半分以上が機能停止した頭からなんとか言葉を絞り出そうとした。
「私…は…
僕の出席番号は一番だった、らしい。僕の絶望したような風体を見て、これは自分の番号を見ていないかもしれないな。と思った緑間が覚えていておいてくれたらしい。教えてくれた。
「別に、一番なんて忘れる方が不自然だろう。一番始めに目に付く番号じゃあないか?」
お前はアホだ。という意志を全面に含んだ目で見られると項垂れざるをえなくなる。
「しかし、そんなにショックだったのかい?あの糸川さんだっけ?と離れた事が。」
「いや、そういうんじゃないんだ。確かにショックちゃショックなんだけど、何より彼女が心配で。人付き合いが苦手だから。しっかり馴染めるかなって。」
まあ、僕も得意じゃ無いんだけど。と乾いた笑いを浮かべる。
本心から言うと、いじめの事は無かった事にしておきたかった。彩葉がいじめられて、それを庇って僕がいじめられたということはこいつには言っていない。
「そうか。」
しかし、いじめの根幹を察したのか推測したのか、緑間はそれ以上は詮索してこなかった。こいつの事だ。この話を人にしたくないことなんてだいたい理解しているんだろう。それにこいつなら人にそんな事を吹聴なんてまさかするはずも無い。ほっと胸をなでおろす。
クラスを見渡すと、隣の席の男子がつまらなそうに机の模様を眺めていた。不真面目そうな軽く乱した髪型の割にピアスも髪染めの形跡もなく、筆箱を軽く覗くと二本のシャープペンシルとしっかり尖った鉛筆が入っていた。一列に六人並ぶから、彼の出席番号は七番か。
「ねえ、名前何て言うの?」
そう聞くと、彼は一瞬驚いたような目をし、そしてすぐに元の少しつまらなそうな目に戻って言った。
「宇佐美実。そっちは?」
「僕は青原陽日。友達とかいないの?」
「別に。」
どうやら、この「別に」は別にいない。ではなく、別に、普通にいるけど?の意味らしい。彼が顎でしゃくった先に、政治家のように椅子の上に立って真顔で話している男子がいた。
「さて、諸君。繰り返そう。エロは?」
「世界!」
「エロは?」
「平和!」
「エロは?」
「世界を救う!」
「分かったか?」
それだけ言って、彼はもう分かっただろ、と訴えるような呆れた目をして見せた。その態度からは諦めすら見て取れた。
「あんなのと一緒にされたら叶わん。」
「実さん、おはようございます!同じクラスになれて嬉しいです!」
ふと、後ろから声がする。見ると、茶髪で碧眼のかわいらしいフランス人形のような女の子が立っていた。
「ああ、ミウか。おはよう。」
「はい!その、そちらの人は何方ですか?」
僕に軽く目を向けて宇佐美くんに問いかけた。
「僕は青原陽日。宇佐美くんの隣人だよ。」
「そうですか、よろしくお願いします。」
「あ、えーと、君は…?」
「ああ、私は佐々木ミウです。…って言っても無理そうですね…」
当たり前だ。その名前を通すにはあまりにも見た目と一致していない。いや、顔立ちは我々のそれなのだが、目の色だとか、髪の色だとか。
「えーっと、私はフランスと日本のクオータなんですよ。」
「え?」
「普通はハーフとか言うじゃないですか?私はどちらかと言うと、向こうよりの血で。四分の一が日本の血なんです。顔立ちにだけその四分の一は回ったみたいですけど。」
「ああ、つまり産まれは日本じゃない?って事?」
「いえ、私は日本語しか話せません。」
「…??」
「まあ、そこはあまり触れてほしく無いんです。すみません。」
「あ、えーっと、まあ、つまるところの普通に接してくれと?」
「そういうことです!」
彼女は笑顔で微笑んだ。
「良かった。悪い人じゃ無さそうですね。」
「ああ、そりゃどうも。」
「と、言うわけで実さん。中学校でもよろしくお願いしますね!」
「はいはい。」
「む、なんですか、その返事。まあ、いいですけど。」
彼女はそう言いつつ向こうの女子と話に行ってしまった。
「悪いな。急になんか巻き込んで。」
「うん。お気になさらず。」
「あいつ本名はミウ・佐々木・ドーリアって言うんだよ。それが気になってたんだろ?」
「え、あ、うん。」
バレていた!そんな大きな素振りしていたのか。もしそうだとしたら恥ずかしいな。
「ああ、いや、あいつに初対面の奴、皆名前知りたがるんだよ。だからお前もそうかなって思っただけだ。」
僕の驚いた顔を見て察したのかそう言われた。察しのいい人だ。
「では、出席番号一番の人から簡単な自己紹介をお願いします。」
先生が来て、皆が席に付く。簡単な挨拶をしたあと、一番初めに先生が言った言葉がこれだった。
「先生、先に自己紹介しないんですか?」
しかし、宇佐美くんが先生に軽く問いかけた。それに触発されるように、皆の緊張の糸が緩んだのか口々にその意見を肯定し始める。
「そうだそうだ!」「先生が先のほうが考える時間があるじゃないですか!?」
「いや、先生は満を持して登場するって、相場が決まってるから。」
初日から声が上がることに驚いた様子を見せつつも、先生は毅然として答えた。
「それに、そんなに物を言えるんだったら自己紹介くらい余裕だろ。」
うわあ、大人気の無い正論。仕方がない。簡単に済ませよう。
「じゃあ一番の人立って。」
「はい。」
「えーと、青原陽日です。趣味は、ありません。部活は…決めてなくて、えーと、みんなと仲良くなれたら嬉しいです。」
適当に言った。少し露骨だったか。
「いやいや、もうちょっと喋ってくれよ…こっちにも教科書が職員室から届くまでの尺が…」
「ええ…」
「じゃあ、部活!部活何入ろうとしてんだ?」
「決めてないです。」
「ぐぬ…好きな科目…」
「理科です。」
「お?理科のどこが好き?」
「実験です。」
「だぁぁぁ、レスポンスの文字数が最低限か!もういい。じゃあ2番の人。」
それからも着々と自己紹介は進んでいく。みんな僕のような淡白な自己紹介をしていた為、先生がその都度時間を引き伸ばしていた。面白い先生みたいで安心だ。
異色の自己紹介が現れ始めたのは、さっきの佐々木さんが終わった頃くらいだった。
一人の男子が立ち上がる。彼はみんなブレザーを着込んでいる中、一人だけ学ランを着込んでいた。…さっきの、政治家みたいにエロを語っていた人だ。
「諸君。エロを愛せよ。」
一言、彼がそれを言い終えた刹那、教室の明かりが彼の下を除いて消える。電球操作板を見ると、普通にもう一人別人が消していた。演出が適当だなぁ。
「我々はこの世界に生として授かり、性として授かった、それ故我々の心はすでにその瞬間からエロという絶対的な存在に傾いている。エロという物にも色々あって何も悪い印象のものだけでは無いのだ。さて、男子諸君、そこの眼鏡の真面目そうな君もチャラそうな君も等しくエロに産まれ、その概念に従って生きている、目を覚ませ。原始、エロは太陽であった。今、エロは月となっている。太陽の光を浴びてしか輝けず、社会の目から葬られ、ネットの詐欺の媒体と化し、はてにはコンビニの隅っこに置くことで男性客の足を止めようという不人情な代物となっている!平安の物語書物を!クリスマスのネットの荒れようを!なろうに掲載されているラブコメを見よ!純粋なエロで溢れかえって居るではないか!?さあ、我らはその太陽を取り戻さなければならない!」
「うむ、熱弁と尺稼ぎご苦労様、次の人」
「え、先生、まだ話すことはたくさん…」
「次の人。」
語調を強めて先生が言う。いつの間にか教室の明かりは元に戻っている。
「俺…まだ何も自己紹介してない…」
そんな呟きは次の人の立ち上がる音でかき消された。
異色の自己紹介が終わった所でそれからは何もイレギュラーな事は起こらず、最後の人の紹介が終わった。
「ああ、じゃあ満を持して先生の自己紹介でもするか。」
黒板に文字を書き込んでいく、
「えーと、先生の名前は 新左 旭って言います、大分珍しい名前だから早めに覚えてくれるんじゃないかって期待してます。教科は国語。で、えーっと、そうさなあ、まあ詳しい事はまだ一年もあるし、お互い授業とか学活を通して知り合って行きましょう。」
ベテランそうな喋り方だ。多分教師歴も長いのだろう。
「じゃあ、なんか質問とか。」
「はい!先生!ご結婚はされていますか!?」
「ああ、来るだろうなって思ってたわ、この質問。結婚はしてます。家族もいます。」
「なるほど!では奥さんの名前は?」
「ええ、そこまで突っ込むか…ああ、嫁さんは美和って言います。」
「へぇー!ちなみにプロポーズの言葉は?」
「だぁー!お前ら自己紹介で全然喋らない癖にこんな所で饒舌になるな!」
こんな賑やかなクラスにちょっとだけ、うまくやっていけるか不安になる。今頃は隣のクラスの彩葉も同じ事を考えてるのかとか、考えたら少し笑ってしまいそうになる。
(きっと、彼女はもっとビクビクしながら自己紹介とかしてるんだろうな。)
心配はしつつも、新しい事をどんどん知っていくであろう彩葉に向けるこの気持ちは友情?
いや、どっちかと言うと親心だろう。
「じゃあ、教科書配ります。」
と、先生が取り出した大量の教科書にネームペンを構える。これからこんな分厚い本で勉強していくんだ。
これからの日常や、まだ始まる新しい事を思い浮かべて胸が熱くなった。
次回は彩葉の自己紹介。彩葉はどうなってしまうのか!?そして新たなキャラクターが、絶対見逃すな!(アニメED風)